京都 〜私的趣好寺院図鑑〜


                     

翌日、あっという間に最終日。部屋の荷物を片付けて、エスに乗り込む。それほど早い時間ではないけど、ひんやりとした空気の中、堀川通を北上する。
朝イチで動きが渋いサスは、京都の町の決して良いとは言えない舗装面の状態を、忠実にコックピットに伝えてくる。
走り始めであることを差し引いて考えたとしても、いつものセッティングだと京都の街乗りはやや厳しい。

上賀茂神社前から賀茂川沿いに北上し、完全に町外れになった後、府道38号&40号で江文峠越え。京都市街からほんのちょっと出ただけの割には、結構立派なワインディングだった。
国道367号に出たら、そこが大原だ。

                     
                     

三千院とは何と平凡な、とは思いつつ、訪れたことがなかったので、経験のため(!?)とやってきたのだ。

京都の街からかなり山奥に分け入った山里である大原は、寒さも一段と厳しい。
そんな静かな里に広大な敷地を持つ三千院は、名実共に大原の代表的門跡寺院。

元々は最澄が比叡山延暦寺を開いた際の草庵が起源だとか。その後場所を転々としながら、最終的にこの地に落ち着いている。

 
 

朝も早いため、敷地内にはまだ人もまばらだったが、入ってすぐの客殿には、既に何人かがお茶を嗜んでいた。

三千院には、これまでの寺院には無かった明確な拝観ルートがあって、それに従って進まざるを得ない。
建物内を拝観するものの、これといった見所も無く、再び外へ。

         

外に出ると、木立に囲まれた小さなお堂があった。

往生極楽院。平安時代の創建で、かつては極彩色の華やかな建物だったと伝えられているが、現在の鄙びた姿からは想像もつかない。

この中に鎮座しているのが、国宝の阿弥陀三尊像。

中央の阿弥陀様の両脇を固める、観音様と菩薩様。特徴的なのはこの両者の座り方で、前屈みに正座している姿勢をとっているのだ。
「大和坐り」と呼ばれるこの姿勢、今にも立ち上がり、天に向かって舞い上がっていきそうな、動的な表現がなされている。静かな往生極楽院の雰囲気にあって、仏像のアグレッシブな体勢は、不思議な空気感を漂わせている。

往生極楽院の前庭は苔むしていて、その中に埋もれるようにして、わらべ地蔵が待っていた。
その可愛らしい姿、穏やかな表情に魅了される。

階段を上っていくと金色不動堂。更に上段には観音堂。
金色不動堂の前には休憩所があって、お土産用のお茶の試飲とセールスが行われていた。
お寺を静かに散策している中でこういうのを見てしまうと興醒めしてしまう。 別に悪気はないんだろうけど。

観音堂から鎌倉時代の石仏を拝んで、紫陽花苑を通ってもと来た階段を下りていき、宝物殿。
内部をさらっと見て進めば、もうそこが出入り口だった。

大きな敷地で見所が多い観光地の割には、これといった見所は少なかった。
阿弥陀三尊像とわらべ地蔵は良かったが、その他は・・・

うーんイマイチ(良さが)わからない。僕のココロに響かなかっただけなんだろうけど。。。

 
           

そんなわけで、三千院は早々と撤収と相成った。本当に来たことがあるという事実形成だけが目的になってしまった。。

大原からは国道367号を京都市街に戻る方向へと進路を取った。
比叡山の麓の谷間を走る快走路。大原女って、こんな距離をいつも都まで歩いて売り子してたのかな。

宝ケ池で白川通に入り、前日訪れた詩仙堂と曼殊院の辺りを通過して、北白川別当交差点で左折。府道30号山中越えに進路を取る。
比叡山南山麓を越えて琵琶湖湖畔に至るこの峠越えは、2車線確保はされているものの車線幅はギリギリまで狭く、厳しいコーナーが連続する。大津側から走ってくる対向車も多くて、かなり賑やかな峠道だ。

この山中越えの峠付近から、比叡山ドライブウェイが分岐している。
迷い無くこの道へとノーズを向ける。目指すは当然ながら、比叡山延暦寺なのだ。

           
           

8世紀後半、最澄が比叡山頂上近くに草庵を結び、やがて天台宗を開いた後、その総本山として隆盛を極めることになる延暦寺。空海の真言宗高野山と並ぶ、密教文化の中枢だ。

鎌倉時代には、法然、親鸞、日蓮など、後に各派の開祖となる僧が若き日に学んだのもここ延暦寺。
また僧兵を従え、その力を背景にして時の権力者をも脅かすほどの政治力を持っていた時代もあった。
そんな強大な力を恐れたのが織田信長で、延暦寺の焼き討ちを行い、その力の大半を奪い去った。それ以後、延暦寺が歴史の表舞台に躍り出てくることはなく、山中の修験場としてひっそりと時を刻んでいる。

実は、延暦寺という建物は存在しない。
延暦寺とは比叡山そのもので、京で「山」と言えば比叡山のことを指し、比叡山が信仰そのものの対象だった。
日本人は古来から、山とか石とか自然そのもの神として崇拝する民族で、それがわかりやすい形で現れたのが神社なのだが、仏を信仰する寺が山と通じているというのはちょっと面白い。

       

ウンチクはそのくらいにして、実際の「延暦寺」の建物を拝観してみよう。

延暦寺は比叡山の中に建つ200近く(!)の建物で構成されているらしい。こんな山の中のどこにそんなに建物が建っているのか、と疑いたくなるが、実際はいくつかの場所に固まって存在する。

まずは一番大きい「東塔」地区。比叡山頂上に最も近い、現在も延暦寺の事実上の中枢となっている地区だ。

右の写真は大講堂。でもここがメインじゃない。

 
         

メインは何と言っても根本中堂だろう。
延暦寺の総本堂であり国宝。最澄が一番最初に草庵を結んだ位置に建っている。

写真の門は、回廊の入り口。ロの字型の回廊を伝って本堂へ入ると、驚愕の空間が眼前に現れる。

闇に支配された大空間。その天井高は計り知れず、それを支える構造体の重圧に、空気が軋む音が聞こえてきそうだ。

そして本堂の中央。まるで底無し沼のような深淵の無空間が存在する。
まるで無重力空間のような漆黒の空間に、ぼんやりと浮かぶ灯火。この灯火こそ「不滅の法灯」であり、延暦寺が始まって以来、およそ1200年もの間、消えることなく光り続けているという神秘の炎だ。(行く年来る年でよく出てくるアレ)

この無の空間は、建物の中央部、内陣の床が他より2.5mも下がって土間になっていることによる効果だ。しかもこの暗闇である。それをまるで異世界を覗くかのような意匠で演出してあるもんだから強烈なのだ。

こんなにワイルドで厳かな空間はこれまで体感したことがない。単純な空間構成と暗闇による効果だけで、これほどの衝撃的空間が成り立っていることに言葉を失ってしまった。

         
   
根本中堂の内部空間を体感するだけでも、延暦寺には訪れる価値がある。
内部は一切撮影禁止だったので、言葉でしか紹介できないのが残念。しかしこの衝撃は、実際体感してみなければわからないだろう。
密教の表す世界観そのままに、恐ろしいまでの空間的効果を体感することが可能なのだ。
     

根本中堂を見たら、もう延暦寺はいいような気がしてきた。(それくらい衝撃が大きかった)
東塔はそこまでにしておき、売店でおしるこを食べつつ休憩。

あと主な場所としては、「西塔」「横川」という地区があるらしい。
どうしようかなとは思ったけど、一応ここまで来たんだし、全て立ち寄っていくことに。
今回の京都の旅も、この延暦寺で最後だから。

 
 

東塔の駐車場を出て、ちょっと走るともう西塔だった。

西塔のエリアは、先程のように広くはない。
にない堂を潜り、階段を下りると、↑の釈迦堂があった。そんなくらい。

 
         

広い駐車場にはちーっともクルマが停まっていなかった。やはり東塔が観光のメインなんだろう。売店とかも東塔にしかない。

そう言えば、東塔の駐車場にR35GT-Rがいた。
都内では見かけるが、こんなとこにいるとは。。
納車してすぐのドライブが延暦寺だとしたら、なかなか風流だ。

 
                     
 

続いて「横川」へ。(「よかわ」と読む)

こっちも寂しく、数台のクルマが停車しているのみ。
山道を歩いていくと、朱色も鮮やかな横川中堂が見えてくる。まだ新しいお堂のようだ。

この建物の内部も、中央の内陣を取り囲むような構成。
あぁ、だから「中堂」っていうのかなぁ?

           
 
           

更に奥には、元三大師堂がある。おみくじの道場とある。おみくじ発祥の地だとか。

それとここにはもうひとつ、よく見かける(よくも見ないか)こんな絵のお札が売られている。

 
           
     
   
  昔、疫病が流行った際に、この絵の書かれた札を持ってしてそれを鎮めたという言い伝えのあるもので、玄関等に外に向けて貼っておくことで、魔除け的な意味合いを持たせるお札である。
意匠的にもとてもチャーミング。当然1枚購入しておいた。
         

延暦寺は以上のような感じ。やはり根本中堂が最大の見所で、その空間性には驚かずにはいられなかった。

横川を巡って、延暦寺の拝観は終了。そして今回の京都の旅も、これで帰途を残すのみとなった。
横川から裏比叡ドライブウェイで琵琶湖へと下っていく。比叡山山麓を走るワインディングロードは、景色こそ楽しめないものの、しっかりと整備された路面に適度にコーナーが連続して楽しい。

比叡山ドライブウェイから延暦寺を経由して裏比叡ドライブウェイを抜ける縦走ルートは、距離も長くて楽しめるものの、通行料金が2320円とかなり高価。それゆえの交通量の少なさで、だからこそ楽しめるのだが。
延暦寺へはロープウェイで登った方が安上がり(ただし東塔だけになるだろうけど)だが、ツーリングというスタイルを標榜するなら、是非とも有料道路経由で到達したいところである。

         

琵琶湖湖畔に出たら、琵琶湖大橋を渡ってそのまま直進。ここを走っている時に、サイクリングを楽しんでいた友人に目撃されていたことを後で知る。

国道8号を横切り、県道27号経由で国道1号。そのまま1年ぶりの鈴鹿峠を越えて(やっぱり三重側のダウンヒル楽しい)、東名阪亀山ICから高速。伊勢湾岸道から東名に入って帰京した。

   
・・・・・・・
   
 

京都という街には、おそらく僕の中に潜む空間体験の原型なるものが多く含まれているようだ。
懐かしくもあり、新たな発見もあり。どちらにせよ、居心地のいい何かがこの街には存在するのだ。

今回訪れた個々の場所は、訪問したことのあるところ、そうでないところ様々だ。建築や庭園で興味のある寺院をピックアップし、京都の雰囲気を感じられる町並みを時間が許す限り歩いた。

また、気付いた人もいるかもしれないけど、今回は敢えて意識的に「寺」だけを選んで巡っている。
つまり「社」や「住居」といった類いは敢えて外しているのである。
まぁ限られた日数なので、絞り込むことが必要だっただけなのだが。。今度はそういった他のジャンルも訪れてみたいと思っている。

 

始めに書いたように今回の京都の旅は、ほとんどクルマの出てこない、ただの観光旅行という捉え方もできる内容だ。

だけど、歴史的建造物や町並みがつくり出すシーンや空間を独自の視点で観察し、感じ入るということは、いつものやり方とあまり変わりはないのだ。普段のツーリングでは風景や景色がメインということになるが、対象が異なるだけで、得ようとするモノは根底では通じ合っているような気がする。
手段は違えど、やっていることはさほどいつもと変わりない。帰ってきてから、不思議とそんなことに気付いたのである。

 

味わい深かった2008年最初の旅。たまにはこういう旅もいいとは思いませんか?(^ ^)

 
   

おしまい

 

※ 本文中のウンチクは、拝観時にもらえるパンフとかを参考にしてますが、単純に僕の記憶によるところも含まれています。要するに、正確じゃない部分もあるかもしれないということで、あんまり鵜呑みにしないでください(笑

   
3日目 / Touring S2000
   
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