■利尻富士


翌日、まだ薄暗い時間から、サイトの中を通る登山者の足音が、テントの中まで聞こえていた。

利尻山登頂には、途中で泊まれる山小屋が存在しないだけに日帰りするしか術はない。しかも登山道は限られている。(この鴛泊ルートか、もうひとつ上級者向けの沓形ルートしかない)
そのタイムは、一般的に9時間とも10時間とも言われている。一日の登山時間としてはかなりマックスに近いほど立派なものであるため、登山者は朝早くからその頂を目指すのだ。

遅れてはならぬと登山の準備をする。
ツーリングもそうだが、最近は登山の方もすっかり手慣れてしまい、準備でアタフタするようなこともない。道具は出発前にしっかりパッキング済みなので、水だけをしっかり用意して、あとは身に着けるもののチェックをし、ストレッチを行えば出発である。

とその前に、登山届を忘れずに提出。昨日の管理小屋にあったポストに投函する。

それはそうと天気である。
雨は気になるほど落ちてはいないが、道はしっとり濡れていた。このまま降らずに済んでくれればいいのだが。。

 
                                               
   

予定通り5時過ぎには出発。
サイトを貫く登山道は、途中の甘露水という湧き水のポイントまではしっかりと整備されている。

甘露水を過ぎると、そこからはどこからどう見ても登山道で、自然の香り豊か、というか、ただひたすら山中を歩いていくことになる。
いつしか雨が降り始めていたが、雨具を着るほどの量ではない。時折、登山道を覆う木々の葉から落ちてくる大粒の雫が冷たかったが、歩いているうちに暖まった身体が、暑い雨具を着て歩くことを許さなかった。

しっとりと濡れる森は、一層濃くなっていく。道端ではリスが木の実を頬張っている。

 
                             

いつしか周囲には、うっすらと霧がかかってきた。
それが雲の中に入ったということに気付くには、それほど時間はかからなかった。

あまりに高度の低い位置に雲が漂っていたのには少々戸惑ったが、徐々に上り坂を登り雲が薄らいでいくにつれ、雨が止んでいくのに気付いて、それは期待に変わった。

 
                 
   
                   
 

歩き始めてからそれほど時間が経たない四合目辺りで、雨は止んだのだ。
代わって周囲は明るくなりつつあり、木々の隙間から徐々に景色が見え隠れしてきた。

登山道には多くの登山者がいた。「晴れてきそうですなぁ」と期待を込めた声をかけられる。
皆が一様に天気の好転を確信しているようで、登り坂の苦しみの中でも誰もが笑顔だった。

                                           

さらに登り6合目まで到達すると、視界が開けた。
まだ周囲は完全に晴れてはいなかったが、一定の方角の視界はきくようになっていた。

適度に小休止を取り、水と行動食を口にする。
さっき道を譲ってもらったグループに先を行かれると気まずいので、少々の休憩時間で再び登り始める。

利尻山の登山道は幅が狭く、追い越しにも気を使う。本当に人一人やっと通れるくらいの藪道みたいな感じなのだ。
あまりの狭さにストックがジャマに感じる所もある。

 
                 
           
                                     
 

登り坂の勾配は、最初のうちは緩やかだったが、高度を上げるにつれて徐々に急登が立ち塞がる。ただ今回は、荷物が軽いのでそれほど苦にはならない。

昨年の屋久島の宮之浦岳の際とは、途中で1泊を控えていた(結局使わなかったけど、テントも担いでいた)のが大きな違い。
でも屋久島の場合は途中にいくらでも水場があり、たくさん水を持つ必要がないのに対し、利尻では逆に水場がなく大量に水を担がなければならないので、結局荷の重さは均衡するのだが。。

                                     
     
           
 

北の果ての島での登山は、夏だろうがきっと寒いだろうと思っていたが、歩いていれば本州並みに汗はかくので、結局半袖Tシャツ1枚で充分だ。
登るにつれて勾配は急になり、さらに息も上がってくるので、体感する暑さは上昇する。

歩いているうちに、あんまり北の果ての山に登っているという感覚が薄らいできた。
厳密に言えば植生も何も本州とは異なるはずなのだが、必死に登っている途中の感覚では、いつもの登山とあんまり変わりがない。

     
     

ただ、いつもと違うのは、徐々に道端に増えてきた高山植物の類。
多くの花が道端に咲き、単調に続くはずの登山途中の時間を楽しいものにしてくれるのだ。

利尻山は花の山である。次に目指すことになる礼文島の方が花の島としては有名だが、「リシリ」という枕詞が付く固有種がいくつも存在することからもわかるように、この島でしか見られない貴重な高山植物が何種類も存在する。
緯度が高いため、さほど標高が高くなくても、通常高山で咲く植物が育つのだ。

     
     

登山道の道端に咲く花の名前を特定できるほど詳しくはないので、可憐さで目に止まった花を撮影して歩く。
小さな花ばかりだが、それぞれに個性があって意識して見ると面白い。花に注目しながら歩くことがこれまでほとんどなかっただけに、いつもと違う感覚で登山道を歩くことができた。

登り中盤の胸突く急坂を難なくクリアできたのは、そういった小さな楽しみを見付けたということにも理由があるかもしれない。

     
視界はスッキリ晴れないものの、谷間は雲が切れて高所感を実感する。  
     

そうこうしているうちに、9合目まで登ってきた。

開けた平地にはいくつかのベンチとトイレが設置されていた。
トイレと言っても便器があるわけではなく、携帯トイレを使用するための目隠しブースである。

 
                       
     
     
   

9合目からは、特に足場が悪くなった。9合目手前も、崩落していく登山道を補修している区間が続いていたが、ここからは崩落が進む斜面そのままの登山道を登っていくことになった。

頂上へと続く道は勾配がキツい上に、足場は細かく砕かれた石が堆積していて、足を踏ん張るとそのままズルッと流されてしまう。
ソールと地面が接する部分の力加減に細心の注意を払っても足元を取られてしまう。非常に歩きにくい。

 

勾配はどんどんキツくなり、それにつれて山肌は赤みを帯びてくる。
エンジ色に染まった岩石の道は美しかったが、それ以上に足を滑らせて転倒しないよう注意深く歩くことに集中せざるを得なかったので、あまりのんびりと景色を楽しむことはしなかった。

   
 

利尻山の頂部に近い斜面は非常に脆く、崩落が続いているようだ。
所々、崩落によって登山道が痩せ、地面が雪庇状にオーバーハングしている危険箇所もある。

登山道はさらに人の足によって削られ、山肌はえぐり取られているかのよう。山に登ることによって山の形状を崩している事実は疑いようもない。それと自然破壊と何が違うのかと、思わず自問してしまう。

 
     
   

大きな岩の谷間を通り抜けたら、いつの間にか頂上はすぐ目の前に迫っていた。

最後の登り坂を進んでいくと、険しくそそり立った岩の地形が目の前に迫り、そのもっとも高い位置に、小さな社が建っているのが見えた。

 
     
 
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利尻山頂

9:40、利尻山山頂に到達。所要時間は約4時間40分。それなりにペースは良かったかも。

山頂は登頂した人で賑わっていた。頂は踏み均されて平地が形成されていたので、それほど狭いという感じではない。
それよりも、山頂は明るく晴れ渡り、頭上は突き抜けるような青空が広がっていたのだ。
麓を見下ろすと、果てしなくどこまでも続く雲海が。

 

低くたれ込めた分厚い雲の大海原の中に、ぽつりと漂う孤島のように佇んでいるであろう独立峰、利尻山の山頂部からの景色。

晴れていればおそらく、サロベツ原野を始めとする道北の大地が一望できたに違いないが、雄大な雲海も素晴らしい景色である。

 
                       

直下の山肌には色とりどりの花が咲き、ちょっとしたお花畑を形成していた。険しい斜面の一角に、可憐な花が咲き誇る光景に目を奪われる。

斜面だけでなく、頂上の足元にも無数に花が咲き、まさに雲上の楽園といった感じだ。

         
   
   

頂上中央の社は立派で、登頂を果たした人の格好の記念撮影場所になっていた。珍しく記念撮影をしようという気になり、近くにいた若い男女に頼んで、数枚撮ってもらう。

この男女、利尻山に登っている最中に唯一と言っていいほど、自分より明らかに若い2人で、いかにも今風のアウトドアルックなファッションをして目立っていた。

利尻山は年齢層が高い(笑
まぁ百名山はどこでもそんな感じではあるけれど。。

この2人とは、後日礼文島でも再会することになるのであった。

   
     
 

頂上でじっくり景色を楽しんだ。
時間が経つにつれ、無限に広がる雲海が明瞭になり、その果てしなく広大な宇宙の景色に酔いしれた。

それほど空腹でもなかったので、昼飯はパスしようかなと思ったが、途中で食べたくなっても困るので食べることにする。
そんなこんなで頂上には50分近く滞在してしまった。

     
     
  登山途中は晴れ間はなく、涼しく歩きやすかったのに対し、頂上は快晴で、とても暑かった。
標高差1200mもありながら、麓より頂上の方がよっぽど暑いという事実。 おかげで汗に濡れたTシャツもすっかり乾いて爽快そのものだった。
     
     
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  下山ルートは、登頂のそれと全く同じルートを辿ることになる。
どちらかと言えば、出発も登頂も早い方だったので、下山直後から多くの登山者とすれ違うことになった。
             
     
         
頂上~9合目のガレ場は、登りよりも下りで神経を使った。
脆く崩れた山肌は細かい砕石となって路面を覆っている。荷重をかけるとすぐに崩れてバランスを失わせる。
勾配もそれなりにあるので、緊張感を保ちながら下っていく必要があった。
 
         
 
         
 

9合目を過ぎれば、ペースは通常通りになった。

景色は登りで見てきたものとほとんど変わりはないので目新しくはなかったが、雲が晴れ、そこそこ遠くの地形まで見渡せたので、時折立ち止まって写真を撮る。

それ以外はあまり立ち止まることもなく、どんどん下っていった。

                 
                 
                 
                 
                 
                 
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下り始めて4時間程度、14:30頃に麓の山麓野営場に帰還。最後の方は結構長く感じた。
登りでこんなに長い道を歩いたかな?、道間違えたのかな?と疑ってしまうほど、森の中で長い道が続いた。同じ道を往復しているのには違いないのだが、つい数時間前とはいえ記憶なんて曖昧なものである。

野営場でサンダルに履き替え、ドロドロになった登山靴を洗う。
駐車場に停めたエスの側で着替えて道具片付けながら、下山者を待っているタクシーの運転手と会話を交わす。往復タイムを話すと「いいタイムだ」というお褒めの言葉を頂いた。

                     

その後、温泉へと赴いた。山麓の野営場から鴛泊の集落に向かうまでの間に日帰り入浴施設があるのだ。
離島で気軽に温泉に入れるというだけでありがたいハナシだが、この登山口直近のアプローチも絶妙である。

利尻富士を眺めながら入れる温泉施設ということだが、当然ながら利尻山は雲の中。でも、9時間歩き続けた後すぐに汗を流せるというのは本当にありがたい。

この日は普通に平日だったが、明らかに旅行者っていう風情の人より家族連れがなぜか多かった。広い露天風呂に浸かり、上がった後は休憩所でしばらく横になった。すぐに睡魔が襲ってくる。

温泉後はそのまま鴛泊へと向かう。夕方になったこともあり、曇った7月の利尻は本当に肌寒かった。

セイコーマートで酒の買い出し。夕食には味付きジンギスカンと野菜炒め用のカット野菜を購入。その他にもつまみをいくつか買って野営場に戻った。

テントの傍らで夕食を作っている間も、下山者がパラパラと下りてきていた。下山するにはちょっと遅過ぎる時間である。
頂上で眺めを楽しんだりする普通の登山なら、往復10時間程度はかかる山である。途中に泊まる所はないので、このコースタイムを念頭に登らなければならない。
ただ、登山自体は容易で、誰でも登れる山という感じだ。長時間歩けるちょっとした体力と、キチンとした登山装備があれば、最北の独立峰も確実に制覇できる。

なかなか訪れることができない遠い山だけに、登頂の余韻は格別だった。

 
2日目 / 4日目
 
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