海の日連休の前夜。仕事を終えた後、中央高速を西へ疾走する。
クルマは相棒S2000・・・・・じゃなくて2号車HR-V・・・・アレ?

いつもなら当然ツーリングに費やす貴重な夏の連休なのだが・・・・
愛機S2000で出撃したい気持ちを抑え、淡々と夜の高速で距離を稼ぐ。
2号車出動は、目的地への移動と割り切る走行だから。
今日はクルマの旅ではなく、自らの足で思いが募ったとある山へと向かうのだ。

目指すは北アルプス、立山連峰。。。

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立山は、僕にとって特別な場所だ。

富山県生まれの僕の幼少期の記憶には、いつも立山連峰の風景があった。
透き通った大気を通して眺める荘厳な冬山の風景、雪解け水が音を立てて流れる水面の光景、生活水として触れる天然水の冷たさ・・・・
幼い頃にはまったく意識することなど無かったが、思い起こせば日々の生活にこの3000m級の峰が関わっている場面は思いのほか多かった気がする。

かの地で生まれ育った者として、立山の峰峰が精神的に特別な存在であることに、いつしか気付き始めていた。
旅を続けてきて、様々な風景に出会い、見て感じ、知ることで、原点にあるものへの思いが一層引き立ってきたのかもしれない。


そんな「特別」な立山なのに、実は未だ一度も訪れたことが無い。

立山は、富山に住んでいれば一度は登る山だ。学校で登山があったりするのでイヤでも登る羽目になる。
ところが、その年齢になる前に富山を離れてしまったので、立山に訪れる機会を失ってしまっていた。

立山に登って初めて一人前の越中男児!なんて古臭いハナシだけど、、、少なからず故郷を大切に思う者として、どこかで何かやり残している感じがあった。

そう思い続けて十数年。
ようやくその空白のページを埋める時が来たのだ。

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2号車HR-Vの後部座席で目が覚める。
数時間しか寝てない割に目覚めはいい。

ここは長野県大町市扇沢。
立山黒部アルペンルートの長野側の出発点だ。

                   
 
                         
深夜到着した時には、ひな壇状の駐車場の半分くらいしか埋まってなかったけど、目覚めてみるといつの間にやら隙間無く満車状態。前夜移動は正解だった。
                                           
 

扇沢は黒部ダムへと至るトロリーバスの発着場だ。
それ以上に立山室堂を経由し富山へと至るアルペンルートの東の起点なので、観光客の数が違う。6時前現在でこの人である。

長蛇の列になっているのは、始発の切符売り場の順番待ち。
ここで室堂までの合計4本の交通機関の往復切符を購入する。

往復8800円。運賃も立派である。逆に言えば、立山では装備次第ではこのくらいしかおカネを使うところが無い。

扇沢〜黒部ダムを結ぶ「関電トロリーバス」。トロリーバスとは、架線から電気を供給してモーターで走るバスのこと。振動の少ない路線バス、ってな感じだった。

これに揺られること約15分。あっけなく黒部ダム駅に到着。
全線トンネルで後立山連峰を突っ切っていくのだが、地下をまっすぐ走ればこんなにもあっけなく日本の屋根の一部を通過してしまうのには驚く。

 
                                           

トロリーバスのトンネルを抜けて展望台へと出ると、そこには日本一有名なあのダムが迎えてくれた。
黒部第四ダム、地元では略してクロヨンと呼ぶことが多かった気がするが、一般には単に黒部ダム、と呼ばれてるようだ。

高度成長期の昭和30年代に、関西地方の慢性的な電力不足を抜本的に解決するために着手され、多大な労苦と犠牲を払いながら完成したダム。当時ダム工事と言えばまさに国家的プロジェクトで、携わった技術者、労働者は数知れず。完成後相当の年月が経っているにもかかわらず、その情熱がヒシヒシと伝わってくるようだ。
そんなダムを間近にして、脳裏には中島みゆき「ヘッドライト・テールライト」が鳴り止まなかった(笑

当時の電力開発の切り札として構築された黒部ダムは、現在も現役で水力発電が行われている。
その発電所は、なんと全て地下に存在するのだ(東京ドーム1個分とか)。ダム本体と言い、超豪雪地とはいえ凄まじい執念である。

それにしてもこのダム、コンクリートの固まりたる土木建造物ながら、優美な曲線と豪快な自然が見事にマッチして、最高の景観を構成しているではないか。陽が低いこともあって、後立山連峰の影がクッキリ刻まれているのも印象的。
写真で幾度も見たことのあるダムだが、実際にこの目で見てその迫力と美しさに改めて胸を打たれた。

 

ダムの上を歩いて次の駅を目指す。
目指す室堂までは、まだ3本の交通機関を乗り継がなければならない。

後立山連峰が県境なので、黒部ダムは富山県にある。けれど交通的にはどう考えても長野県から入る方が近い。

しかもこのダムは関西電力のものなので、発電されている電気は全部あっちの方に行ってしまう。

富山県にありながら、富山県と縁遠いダムなのである。。

それはさておき、見上げると雪を被った荒々しい峰が目に飛び込んでくる。
周囲を山に囲まれた黒部湖だが、その中でも一際高く、存在感のある山塊。

あれが立山だ。きっとそうに違いない。

7月でも山頂付近は岩と雪の世界。険しく厳しい自然が支配している。
明日はあの稜線を辿るのだ。ますます胸が高鳴ってくる。

 
 

黒部湖からはケーブルカーである。

またしても全線地下トンネル。
地上を走らないワケは、第一に積雪時のことを考えてのこと。第二に自然景観を重視してのことだそうだ。

切符は既に持っているが、手回り品切符(荷物券)を購入する必要がある。10kg以上の荷物には別途運賃がかかるのだ(かといって代わりに持ってくれるわけではないのだが)

黒部平駅までの所要時間はわずか5分。

           

黒部平に着いたら、またまた展望台だ。

黒部湖を見下ろすよりも、立山の絶壁を眺める方が迫力があって見応えがあった。

黒部平駅はケーブルカーの駅と同時に、立山ロープウェイの発着駅でもある。
黒部ダムからも小さく見て取れた、立山中腹のコンクリート構造物は、ロープウェイの発着場だった。黒部平から立山へまっすぐ伸びたケーブルは、そのコンクリートの「穴」に向かって吸い込まれていっている。

 
ケーブルにぶら下がった朱色とクリーム色のツートンの車体がゆっくりとこちらに向かって進んでくる。

アルペンルートの交通機関はどれも搬送能力が高く、思ってたよりもずっとゆったりと乗車することができたが、このロープウェイだけは大きさが限られていることから、整理券で乗車順を指定していた。

トロリーバスのように数台連れ立って発着できないので仕方ない。そう思って待ってる間、持ってきたおにぎりを食べてようとしたら、すぐに順番がきてしまった。
ケーブルカー同様、便数は多いのである。

約1.7kmの駅間に、1本の支柱も無いロープウェイに揺られつつ大観峰駅へ。所用7分。
どの乗り物も乗ってる時間はすこぶる短い。ただそれを乗り換えたり、荷物をいちいち上げ下ろしするのが大変なだけである。

大観峰からは再びトロリーバスに乗る。
またしても全線トンネル内のバスで、今度は立山直下を突き抜けるという豪快なルートを通る路線である。
最初のはダムを造るために掘られたトンネルの転用だが、こちらはアルペンルート開拓のため、つまり観光のために掘られたトンネルだ。

       

トロリーバスを降りると、ようやく室堂に着く。立山散策の拠点、オーバー2000mの別天地が室堂高原。駅の大きさも今までとは違って群を抜いていた。

外に出て最初に目に入るのは人の多さ。
ともうひとつ「玉殿の湧水」。玉殿とは室堂にある洞窟の名前だが、湧き水は正真正銘立山の地下水で、名水百選にも入るほど有名なもの。

多くの観光客に混じって、持参の水筒に詰められるだけ詰め込む。
常時2〜5℃の水温を保った状態で湧き出ていると書いてある通り、水に触れる手がかじかむほどの冷たさ!
雑味の無いピュアな飲み口は最高で、市販のどんなミネラルウォーターよりも飲みやすく沁み渡る水だった。

                                         

そして立山である。

今日は室堂まで来て、高原を散策し、早めにテン場で幕営して明日の立山登山に備える予定だ。

早速、室堂高原へと繰り出す。
先程黒部から見た立山の後ろ姿は、トロリーバスでその中腹を突っ切ったおかげで、巨大な山塊として目の前に横たわる形となっていた。

 
                                         
 

相当量の観光客が全国から訪れる場所らしく、2000mを軽く越える高原地帯でありながら、散策路はしっかりと石畳で舗装されている。
案内板も完備され、広大な高原でありながらも迷いように無いほど。

明らかに下界の空気、景色とは異質な空間が広がっているのだが、おせっかいなまでに整備が行き届いているというギャップが目につく。

                         
                                         

室堂山荘に向かいながら、立山の南東側の浄土山(写真左の山)を仰ぎ見る。

山腹はもちろん、室堂周辺も残雪が豊富で、所々雪を踏みしめる登山道もあるようだ。
東京にいれば35℃を超えたであろう酷暑の日なのに、なぜか自分だけは雪を踏みしめ歩いている。不思議なカンジ。

明日はあの浄土山から稜線に取り付いて、立山を縦走しようと思っている。

 
                                         
 

程なくして室堂山荘に到着。
風化の進んだ白木の建物は、日本最古の山小屋として知られる。重要文化財。厳しい環境に耐えるために屈強な造りになっていて、古いとは言え朽ちる素振りすら見られない。

現役の山小屋は、後方にある茶色い建物である。

                         
   
                     

室堂山荘の周辺には、お地蔵様がたくさん安置されていた。

立山は信仰の山だ。
立山曼荼羅という独特の山岳信仰が広がり、長い年月にわたって全国から登山者を受け入れてきた。

その名残だろうか。立山を眼前に仰ぎ見るここ室堂の山荘付近の丘には、山そのものを崇拝し、極楽浄土を夢見た人々のの積み重なった気持ちが、そこかしこに刻まれている。

現在は登山道から逸れ、人もまばらな山荘付近。山に登る目的も変わったのだ。

   

山荘の先にある「玉殿の岩屋」という洞窟にも訪れてみたかったが、雪渓を下りる必要があった。

危険そうだったので途中で諦めて引き返す。
見上げると、先程の室堂山荘が崖上に立っていた。

 
                     

山荘付近まで戻って、ベンチで小休憩。
立山が眼前に迫る素晴らしい展望に気分を良くし、コーヒーを入れて景色とともにゆっくり味わうことにした。

背負っているザックの中にはテントやらシュラフやらが詰め込んであって決して軽量なものではないのだが、こういう時間を潤すものは嵩張って重くても手放せない。
ジェットボイルにコーヒーミル、コーヒー豆、フィルターに水に・・・一時の贅沢な時間を過ごすためだけに、ザックに忍ばせておくのだ。

   
                     
   
多くの人が次々と一ノ越経由で立山に登っていく姿を見ていると、今日のうちに登ってしまおうか、という気持ちになりかけたけど、せっかくだから縦走したいし、何も重いテント背負ったまま登ることはないだろと思い直し、アタックは予定通り明日としておいた。
         

散策再開。室堂山荘からミドリガ池の方向へ向かう途中、山荘の裏手で草むらに向かってカメラを向ける数人の人が・・・

・・・・雷鳥じゃないか!

まさかこんなに簡単に、しかも至近距離で見られるなんて思わなかったから、興奮を抑えつつ撮影を試みる。

人間なんて全く興味を示さず、一心不乱に草をついばみ続けている。

 

そのうち石畳の上にまで出てきてしまった。

室堂の草地に同化するような茶色い夏毛。雌雄と季節によって毛の色の違う雷鳥。これはおそらくメス、だろう。

それにしてもカワイイのだ。こっちを向いてクゥ〜クゥ〜鳴くのである。

夏の室堂高原に生息する神秘の鳥は、別天地に相応しいまるで天使のような鳥。

萌えてしまった。

     

気を取り直して(?)、散策を続けるのだ。

室堂山荘前から立山と反対の方角を見ると、室堂の高原越しに大日三山が見えた。
手前から奥大日岳、中大日岳、大日岳。

富山市街から立山を見ようとしても、この大日三山に隠れて、立山そのものは見られないことが多い。

 
その下界からはなかなか見られない立山が、ミドリガ池に浮かんでいた。
まだ半分以上が雪に覆われている池に、くっきりと立山の全容が映り込んでいる。

立山の存在感は、室堂の中でも別格である。

説明が遅れたけど、立山とは複数のピークの総称であり、「立山」という単体の山が存在するわけではない(八ヶ岳や八甲田山もそう)

右から雄山、大汝山、富士ノ折立の3つのピークがほぼ一列に並ぶ。
主峰と呼ばれるのが雄山で標高3003m、隣の大汝山が最高峰で3015m、富士ノ折立が2999m。

昔から雄山が立山の主峰であり、山頂の社もこの3003mの頂上にある。
上の写真では遠近感から雄山が一番高く見え、頂上に建物が建っているのが肉眼でも確認できる。

明日はあそこに登るのだ。
はやる気持ちを抑えて、今日の散策を楽しむよう気分を落ち着かせる。

 

ミドリガ池の先には、みくりが池があった。
似たような名前だが、違う池である。

みくりが池もまた、雪解け間もない姿だった。
ここのところの気温上昇で、急激にその姿を現したのだろうか。

気温上昇と言っても知れていて、コレだけ晴れていてもほとんど暑いとは感じない。
日差しは鋭いけど、空気は爽やかで、まさに別天地の装い。

みくりが池からは、血の池地獄から雷鳥荘へと向かう散策路を選択した。
室堂にはいくつもの散策路があり、様々なルートを選択できる。高原であって見た目も一見なだらかで平坦な室堂だが、歩いてみると結構小刻みにアップダウンが続き、このルートもそういう意味では少々遠回りと思われるほど目に見えて起伏が続いている。

ただ今日の行程は、この先にある野営場に辿り着くことなので、時間にはすこぶる余裕があるのだ。
明日の立山縦走に備えて、多少の準備運動くらい必要だろう。そう考えて一見遠回りなこのルートを選んだのだ。

立山の稜線に比べれば小さな小さな尾根筋を歩いていく。
周囲には血の池地獄と雪渓。大きく回り込んでいくと、やがて眼前に大きな山塊が迫ってきた。

別山乗越(べっさんのっこし)と呼ばれる山塊であり、幾筋もの急峻な雪渓がとにかく目を引く。

そしてその麓には、今回の立山縦走の拠点となる雷鳥沢キャンプ場が見えてきた。

 

目指すところが見えても、そこまでの道のりはまだ多少あるようだ。
途中、室堂名物のひとつである地獄谷の看板に出会う。実はここまでの道のりでも地獄谷は大きく眼下の視界に入ってきていたが、後ほど散策する予定なので詳細は後回し。

さらに進むと、雷鳥荘、雷鳥沢ヒュッテ、ロッジ立山連峰と、立て続けに山小屋に遭遇する。
山小屋とは言いつつ、そのどれもがかなりの規模だ。
立山室堂と言うと、一般的にはかなり名の通った観光地ゆえ、登山者以外の観光客も受け入れているのだろうか。ただ冬場は超豪雪地帯なので、それなりの堅牢さを求められるため、かなり質実剛健な造りではある。
写真手前の雷鳥沢ヒュッテなど、立地もその形も、積雪時を考慮した必然といった佇まいである。

雷鳥沢ヒュッテ付近からは、登山道は雪が被っていた。

足跡をたどれば問題無かったが、斜面なので当然ながら足下を取られる。
慎重に下って、さらに沢を渡ると、ようやくキャンプ場へと到着した。

雷鳥沢野営場は、立山室堂で唯一のテン場である。
それだけに正午前でありながら、既にかなりの数のテントの華が咲いていた。

早速、野営管理棟で受付をする。
何泊しても500円!というのが有名な野営場だったが、今年から1泊500円に変わったとのこと。ま、それがフツーなんですが。

こんなに標高が高く(2200mくらい)、車道から遠く離れた場所にありながら、水(湧き水)は豊富で、清潔なトイレまである。ヤマのテン場としては異例なほどに充実した野営場だ。

受付を済ましたら、重いザックを下ろして幕営の準備に取りかかる。
今回持参したテントは、今年から導入した漆黒のテント「クローカー2」。購入時から、今回のようなテント山行を想定していた。
それまで使用していた「ムーンライト3」は、ザックに入れて歩くには重くて嵩張り過ぎるのだ(八ヶ岳で撃沈した経験有り)。せっかく軽量コンパクトなツーリングテントを手に入れたのだから、ヤマでも使ってみたいと思ったのが、久しぶりにテント泊登山を実行した理由のひとつだったりする。

テントは、威勢良く立山に向かって張ることにした。
立山の偉容を常に目に入れながら、幕営をするこの贅沢。。。立山に特別な想いを抱く自分には堪えられないシチュエーションだ。

     

テントを張り終わったら、空腹に気が付いた。
丁度お昼時だし、ラーメンを作って食べることにした。

調理と食事の間に周囲の景観を確認する。

雷鳥沢という現状雪渓となっている沢の麓にあるこの野営場は、立山連山に囲まれた類稀な景観に恵まれたキャンプ場だった。
ここまで来る道筋の豪快な展望の連続にマヒしてしまっていたが、よくよく考えればとてつもない景色に囲まれたキャンプ場である。

その一方、雷鳥沢とその頂点の別山乗越に注目する。

雷鳥沢にはまだまだ豊富な残雪が残り、急峻な雪渓となって山肌を覆い隠している。
その沢の頂点が別山乗越。そこには山小屋が建っていることが肉眼でも確認できる。あれが劔御前小屋。劔への前衛基地のひとつである。

 
     
 

話は雷鳥沢に戻るけど、この沢、よく見ると、幾人もの登山者が登っていくのが見て取れる。
ここから見てるととんでもない勾配の坂だ。それをさらに雪の上を登っていくなんて!!

次の日に実感することになるのだが、実はこの雪が溶け切って岩場が露出してそこを登っていくよりも、雪の斜面の方が歩きやすいのである。

この事実が、別山乗越の更に奥に鎮座する劔岳を、明治期に初めて登頂される際の鍵となるのだが・・・・・

それはともかく今この時点で確かなのは、明日立山縦走の折に、あの沢を下ってテン場に帰ってくる予定になっているということなのである!

ホントに大丈夫なんだろうか・・・

                 

腹ごしらえが済んだ後は、テントでお昼寝タイム。
早朝から重い荷物背負って歩いていたから眠くなって当然。

昼食時に隣にテントを張った家族連れが騒々しい。
子供は仕方ないが、周囲に休息中のテントが多い中で、親が一緒になって大声で喋り続けているのは耳に障る。
騒ぎたいなら、広い野営場、もっと遠く離れたところでテントを張っていただきたい。

それでも疲労と睡魔が勝って、短い時間だが眠ることができた(豪快なイビキで強烈に反撃(爆)

ちょい寝が済んでも、時刻はまだ14時を過ぎたところ。まだまだ暗くなるには時間があるので、温泉に入りにいくことにした。

雷鳥沢から地獄谷の方へと散策路を歩く。
地獄谷では、火山ガスが豪快に吹き上げている中を横切るように散策路が設けてある。

天然の硫化水素ガスを味わいながら(!?)歩いていく。
立山は休火山だが、地獄谷という火山特有の地形があるため、これを利用した温泉が山小屋で楽しめる。

そんな温泉山小屋のうちのひとつである「みくりが池温泉」で、日帰り入浴を楽しむのだ。

 

山小屋というにはちょっと立派過ぎるみくりが池温泉。なかなかの人気宿で、この日は既に満室の様子だった。

人気のヒミツは、室堂ターミナルからのアプローチ性だけではない。
一般的に、日本最高所にある温泉宿として認知されているのがこのみくりが池温泉なのだ。
標高は約2400m。これだけの高所でありながら、豪雪に耐えるしっかりとした内湯で温泉が楽しめる。
地獄谷の火山ガスから生成した温泉が源泉。

その内湯に早速入ってみると、真っ白に白濁した硫黄泉が出迎えてくれた。
ややレモン色がかった湯は酸性を示す。素晴らしく濃い温泉。そして窓の外には眼下に広がる地獄谷の景色。その向こうには大日三山。文句無しの大展望である。

埼玉から来たという同年代と見える青年と話をした。今朝夜行で大町から入り、アルペンルートを抜けて、今晩は富山で1泊と言っていた。

風呂上がりは待望の生ビール!
ビールは冷たい生が断然美味しいので、素直に山小屋の力を借りる。
近くまでアルペンルートが来ているため、運搬費がそれほど問題にならないのか、ジョッキ1杯600円が相場と、意外と高くない。

ややガスってきた地獄谷を眺めながら飲み干した。

   

そして再び雷鳥沢キャンプ場へ。行きと同じ地獄谷経由で戻ったけど、途中何ヶ所か積雪の上を歩くので、30分くらい時間がかかった。

雷鳥沢は夕方の色に染まりつつあった。テントの数も、いつの間にやら膨大になっている。

左の写真の奥の建物が、野営場の管理棟。湧き水とトイレがこの建物にある。
金沢大学医学部の看板もあったので、時期によっては診療所も開くのだろう。

オレンジ色の光線に照らし出されつつある立山が美しい。雷鳥沢キャンプ場からは、遮るものも無く立山の姿を間近に眺めることができる。このシチュエーションが素晴らしい!

立山に向かってテントを張り、余計なものを何も視界に入れないで、この霊山と対峙するつもりだったが、温泉から帰ってきてみると、その視界にいくつものテントが立ち並んでいた(T T)

遠く雄山の頂上がくっきり見える。
頂上直下には残雪は無く、明日もこの晴天が続けば間違いなく素晴らしい展望が拝めるはず。

早く彼処まで行きたい!

 

テントを張った雷鳥沢の麓からは、360度どの方角を見ても素晴らしい景色が広がっている。

こんなに凄い景色の野営場は他には無いかも。クルマでここまで来ることはどうしたってできないが、それを差し引いても僕の中ではベストなキャンプ場にランクインしたようだ。(これで水もトイレもあるんだからなお凄い)

 

周囲では夕食の準備が始まりつつあったが、まだ時間があるのでワインタイムと洒落込む。
わざわざ重い思いをしてヤマのテン場まで運んだ赤ワインは、たとえ安物だろうと格別なのだ。
ワイングラスを傾けながら読む本は、新田次郎の「劔岳 点の記」であるv

流れる時間は充実し、いつしか夜は更けていったのだ。

 
2日目山行 / Touring S2000
 
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