3日目 third day

四季の里旭志オートキャンプ場は、サイトが区画されてるまでは良かった。
けど、何せ繁々と茂った草木のに囲まれ、しかも雨の降った後だったもんだから、とにかく虫(蚊)被害には閉口させられた。
携帯している虫除けのキャンドルは不発。時既に遅くとも、蚊取り線香とムヒは早急に調達すべしと決心した。

 
                                                   

地図無しで勘だけで山から下りてくると、ズバリ国道325号に出ることができた。
見事なバイパスでイイ感じに距離を稼げるかなと思ったが、既に月曜の通勤ラッシュは始まりつつあり、交通量は十分多かった。

それにしても、走ってるクルマがホンダ車ばっか。。信号待ちしてると、一列ホンダ車のみのレーンがあったり。
まるでかつての地元鈴鹿のような光景だったが、それもそのはず、本田技研熊本製作所の真ん前を通ってたのだ。

R325を直進してR57を跨ぐと、見事な並木道の光景が待っていた。
やがて県道に切り替わって、熊本空港の下をくぐる。そこから再びR57に出会うまで、見事としか言いようのないクスノキ並木の道が続いていく。

その後のR57は、通勤ラッシュでやや流れが滞ったが、熊本市街をうまく回避して南下するルートをとることができた。

宇土に向かう国道3号沿いで給油を済まし、宇土半島を西へと向かうR57を再び辿っていく。

R57は宇土半島の北岸に沿っている。出発時から空は灰色で暗かったが、走っているうちに進行方向の空が青くなり出しているのを発見。それとほぼ同時に、頭上を覆っていた薄暗い雲が徐々に消え失せ、やがて爽快な水色の空にとって代わっていった。

今回の九州ツーリングで、明確な目的地に挙げていたひとつである天草の島々がこの先には待っている。
楽しみにしているエリアにようやくたどり着くわけだから、気分を盛り上げるためにも空模様は気になるところだった。
ルーフを開け放った頭上から、日差しが降り注いでくるまで、それほど時間はかからなかった。

 
               

三角西港

宇土半島も先端にさしかかり、いよいよ天草五橋の1本目が見えてきた頃、歴史ある港を通過する。
その港、三角西港の石畳の町並みに乗り入れた。

明治期に開かれた歴史ある築港で、明治時代の3大築港と称されていたらしい。その当時の港の反映を象徴するが如く、西洋風の洋館が建ち並んでいる。

 

石積みの埠頭は、現在は釣り人の楽園といった感じだったが、この埠頭も明治期の姿をそのまま残しているものらしい。

オランダ人設計による近代技術による築港は、当時の国家的プロジェクトで、埠頭だけでなく同時に周辺の水路や建造物等の施設が計画され、繁栄がもたらされたのこと。

それが今現在でも、ほぼそのままの形で残っているというから凄い。

こんなカンジで当時の埠頭や都市計画、建造物が残っているのは、当初鉄道の延伸がこの西港に及ぶことが期待されていたのだが、実際は三角東港までで止まってしまったことが大きな要因らしい。
つまり、鉄道が延びないとなると港の機能は急速に廃れ、やがて中心的役割を東の方に奪われて、忘れ去られていってしまったというようなストーリーがあるようだ。

どうりで港という名前がついているにもかかわらず、船が停泊してたりとか、港らしい光景が無いはずだ。(実際に港の機能は既に無いらしい)

このいかにも和洋折衷な瓦屋根の洋館も、当時を物語る建築のひとつのようだ。

「浦島屋」という名のこの建物は、当時の旅館、いや、ホテルだったらしい。
築港時期に建てられ、港の繁栄と共に多くの客の骨を休めていくはずだったのだろうが、先の理由で20年程で解体、大連に移築されていったそうな。

じゃ現在の建物は何かっていうと、当時の写真を元に復元したもの。
復元とはいえ、オリジナルの町並みにしっくりと馴染んでいて雰囲気がいい。

当時の浦島屋には、小泉八雲が長崎旅行の際に立ち寄った。かの文豪の「夏の日の夢」という作品に、めちゃくちゃ気持ちイイ旅館として登場するらしい。(読んだことないですが)

三角西港は、昨日地図眺めてた時に見つけるまで全くのノーマークだった所だが、かなり印象に残る良いスポットだった。

ツーリング中に訪れる古い町並みや歴史的な建造物等は、やはりいい。
現地の景色を目の前にしつつ、現地の風に吹かれながら、遠い昔に思いを馳せることは、この上ない贅沢であるように思える。

港の対岸に見えた天草への架け橋、天門橋のどこかレトロなトラスも、西港の情緒に一役買っていた。

     

三角でR57はおしまい。この続きは海の向こうの島原へと続いている。こういった場合、通常なら海路が設定されていて、海上国道となっているのだが、三角〜島原間の航路は数年前に無くなってしまったために、R57は尻切れとんぼのような状態になってしまっている。

それはそうと、いよいよ天草へ上陸だ。

天草五橋の1本目、天門橋を渡って大矢野島へ。案外小さな島で、国道266号で島をあっという間に横断。2本目の橋を渡ったと思ったら、立て続けに3本目、4本目、5本目が現れ、天草五橋はあっけなく終了してしまった。

最後の橋を渡り切った所で、有料道路の松島道路への分岐があるが、ここは一般道の方を選択。
天草の道をのんびりと流したい気分なのだ。

ルートは、島の南側沿岸を走るR266ではなく、北側沿岸を走る国道324号を選択。
雲ひとつない青空の下、しばらくは内陸をドライブ。

       

シーサイドロードにに変化しても、のんびりドライブは続く。
交通量は格段に少なくなり(バイパスが走ってることもあるが)、ドライブは快適この上ない。昨日の阿蘇の混雑がウソのよう。

それもそのはず、昨日と違って平日なんだから。

                 
並行して内陸を走っていたバイパスと合流する地点にあった道の駅「有明」で小休止。
あまりに美しい海と空の色をゆっくりと眺めてみたい気分になった。
 
この道の駅に着いたのがちょうど10時くらい。各種のお店がオープンしてるかどうか微妙な時間だったので、とりあえず目に入った気になるオブジェ(!?)へと散歩する。
 
道の駅の駐車場から国道を跨ぐようにしてブリッジが出ている。
海岸へと続く真っ白いその橋が、南国情緒を強烈にアピール。いやぁイイ天気になったもんだ(^o^)
               

その気になったオブジェは、こういうものだった。ありがたや五多幸。

今は天草市になっているが、旧有明町はタコが有名(名産)らしい。
町の至る所に「タコ街道」の看板。海際には吊るされたタコの干物がそこかしこで見られる。

 
               
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そんなわけで食したたこ焼き
 
 
     

売店にはもちろん、タコグッズが所狭しと陳列されていたが、それとは別に気になったのがコレ。

正確に言えば「気になってた」のだが、天草と言えば「天草大王」という勇ましい名前の地鶏がいて、なんでも日本最大の食用鶏らしい。

そこまでは聞いたことはあったのだが、一度絶滅して、最近になって復活させた、ということまでは知らなかった。だからお菓子の味にはなってても、精肉としては見かけなかった。(天草のスーパーでは普通に売ってるらしいが・・・未確認)

                     
       

道の駅を出発した後も、R324は執拗に海岸線を舐めるように延びていた。
そのシーサイドルートを思う存分楽しみながら走っていくと、大きな街が見えてくる。

その街に入るために、ループ橋で瀬戸を跨ぐ。
橋から下りてくると、そこは本渡の街。周辺自治体が合併して天草市となった現在も、市の中心として役所等の機能が置かれているだけあって、非常に賑やかな街だった。

メインストリートのR324を北に向かって走っていく。

 
       

本渡にはあらゆる種類の店が揃ってそうだった。
案の定、国道沿いにホームセンターを発見。クルマを滑り込ませ、昨夜の懸念事項だった虫対策として、携帯用の蚊取り線香を購入。

その他にも、酔って倒して予備まで無くしてしまった(爆)照明としてのロウソクと、焚火台の燃料とすべく炭を購入する。
薬局はスルーしてしまったので、ムヒは後回しになってしまった。

       

R324は天草最大の下島に入っても、島の北側の海岸線に沿って延びていく。つまり本渡から半時計回りの方向に、島の沿岸を走るような形になる。

本渡を出てしばらくは海岸の集落を繋いでいくような道だが、進行方向が西の方を向いた辺りから、純粋なシーサイドロードがまた帰ってくる。

                       
 

とても南国チックな並木が続いている。
足元を見れば、赤やピンクの花々が咲き誇っている。

九州では珍しくない景色なのかもしれないが、やっぱり見る所で見ると特異な景色として心に刻まれるものがある。

海に浮かんでる島は、橋伝いに繋がっている通詞島だが、実はその向こうには島原半島が浮かんでいる。

今回走っている天草の北岸ルートは、終始島原半島を海の向こうに見ながら走る感じ。距離的にもかなり近く感じる。

やがて、天草北端の町、苓北に辿り着く。
国道を走っていると、そのまま町の奥の狭い道へと導かれる。
いつの間にかそれは国道ではなくなり(R324は航路となって長崎へと続いている)、路肩線もないような不安を駆り立てる道へと徐々に変貌する。

しかし、「←四季咲岬」というような小さな木の看板が、交差点の度に常に立てられていたので、目的の岬に辿り着くまで幸いにして迷うことはなかった。

     

四季咲岬

メルヘンチックな名前じゃないか。
それだけで訪れてみようという気になった。

苓北の市街地は天草下島の左上(北西)の角に位置するが、その角っこからひょっこり小さな半島が延びている。
半島というより、小さな島が辛うじて陸続きになっているような地形だ。

その西端にあるのがこの岬。
天草の場合、その地形的形状から、どこが端っことかそういったものが見えにくいが、何となくこの四季咲岬が一番外に向かって張り出している端点という印象が強かった。

だから、別にメルヘンチックな名前だとは思わなくても訪れてたかもしれないが、名前のインパクトというものは、あらゆる印象を大きく左右するものである。

 
 
 

エスを芝生張りの駐車スペースに停める。
トイレの建物は洗練され、小さな東屋と散策路が小ギレイに整備されている。

まさにその名前から感じた印象にごく近い、可愛らしい小さな楽園的な場所だ。

丁寧に芝が張られた散策道を歩いていく。

駐車場から小高い丘に登っていくと、ちょっとした広場があって、ベンチやテーブルが用意されている。

そこは外海を眺める展望地でもあった。

 

さらに岬の先端目指して進んでいく。

それにしたって緑の美しい岬公園だ。
何でこんなにキレイに管理されているんだろうって思ったら、ちょうど草刈り真っ最中なだけだった。なーんだ。(それでもキレイなトコに変わりはない)

                               
               
     

やがて、真っ白い灯台が澱みの無い青空を背景に直立している風景に出会うことになった。

灯台はごく小さなものであったが、それがまたこの小さな半島の小さな岬にぴったりなような気がした。

しかし、こんなに小さくとも、島原湾の入口という重要そうな位置に立つ灯台なのである。

灯台が立つ周囲から眺める海原の景色は格別だった。

広く、青く、澄んだ色彩の景色の前に立つことは、日常では全く出会うことのない貴重な体験だ。
その美しさを語るより、ツーリングという行為の中で得られるひとつひとつの体験に感謝したい。
どこひとつとっても、ここと同じ景色はこの世の中に存在しないのだ。それを今、この時間に体感し、噛み締めている、その一瞬を得られることが、ここまでツーリングしてきて良かったと思えるひとつの瞬間である。

三方に広がる海原を、しばし眺めて過ごす。

北側の対岸には、野母崎を先端とする長崎の半島が見えている。
その半島との間を往来する船は多い。大きな輸送船から小さな漁船まで、白い飛沫を上げながら真っ直ぐに進んでいく。

ふと足元の浅瀬を見下ろすと、小さな黒い物が浮いているのを見つけた。
よくよく見てみると、その黒い物体は「浮き」であり、その周囲に黒い潜水服を着た人間が浮いている。
海女さんの漁ってわけだ。

沖の風に吹かれてその景色を堪能した後に、駐車場へと戻る散策路を再び歩いていく。

駐車場に戻ると、アスファルトの上に何枚ものTシャツが干してあった。
それを脱ぎ捨てた草刈り作業員が、トイレの屋根下で昼寝の真っ最中だった。

           
       

苓北からは国道389号を辿って、島の西側沿岸を南下することになる。
相変わらずのシーサイドロード。爽快なクルージング、といきたいところだったが、この青空、つまり裏を返せば炎天下なワケである。 夏が終わるのはまだまだ先と言わんばかりの太陽熱が容赦なく降り注いでくる(滝汗

有明の道の駅を出た頃から既に相当暑かったが、ちょうど正午過ぎの今ぐらいはピーク。
エアコンを冷風機代わりに、気合のオープンドライブ(危

       

妙見浦

シーサイドルートには断崖はつきものだが、天草走ってても意外とそういった所が少なかった中での、貴重な断崖風景のひとつ。

十三仏展望公園から眺める妙見浦。
穴の空いた大きな岩が並んで見える。その風光明媚な風景も見物だが、何と言ってもこの海の青さが素晴らしくキレイなのだ。

 

足元を見下ろせば、海面下の岩の色が混じって、また全然違った色の海が視界に入る。
ターコイズブルーに光り輝く色彩に吸い込まれそう。

展望公園から海岸の高さまで下りてくると、そこはそこそこ大きな町になっていた。
その町中を通過し、海の存在を間近に感じる山道を延々走っていく。
国道から外れて険しい地形に沿う道を走っているようだったが、方角は間違っていないことはわかっていた。

 

大江天主堂

大江地区には天草ロザリオ館なる施設があり、そこから更に、集落の丘の上に上り詰めていくと、立派な天主堂がそびえ立っていた。

出ました教会シリーズ(笑
前回五島列島ツーリングの際、福江島と中通島で散々巡った小さな集落の大切にされている教会の数々。それらの記憶は、かのツーリングを象徴する程のインパクトがあった。それくらい心に響く何かが、地域密着の歴史ある教会には潜んでいるのである。

天草も五島の島々同様、隠れキリシタンの里として有名である。それゆえこうやって、どこにでもありそうな何でもない集落の中に、こんな立派な天主堂があるのがごく普通の風景として馴染んでいるようだ。

徳川幕府の禁教時代を経て、明治時代にフランス人宣教師ガルニエ神父がこの地で40年もの間布教を続けていた際に、私財を投じて建立したのがこの天主堂。
五島の教会同様、禁教時代の悲しい歴史を不屈の信仰心で乗り越えた集落の祖先たちと、教えを伝えるために生涯を捧げた一人の神父の魂が、今ここにある風景を形成していることを噛み締めてエスから降り立つ。

 
端正なフォルム。見た目はオーソドックスだが、澄んだ青い空と真っ白に輝く胴体との圧倒的なコントラストだけで、この美しい風景が旅の記憶の1ページに確かに刻まれることを約束されたようなものだ。
 

まさに楽園的空間のルルド

残念ながらこの日は定休日(?)ってことで、内部に入ることはできなかった。ので、外回りのみ散策しながら楽しむこととする。
脇にまわって屋根を見上げると、整然と敷き詰められた瓦屋根が。。
教会のイメージとは裏腹な切妻+瓦の組み合わせが、教会と言う既製の形態を踏襲しながらも、地域文化と取り入れたこの土地固有の存在であることを思わせる。
五島の教会もそうだったけど、植栽の刈り込みが行き届いていたりと、全体が非常にキレイに管理されていて、何十年も前に建設されたものだとは思えない程だ。
それだけ地域の人にとっては大切で、心の拠り所になる場所なんだろう。あるいは先祖代々、当たり前のように行われてきた風習に近いものなのかもしれない。
 

天主堂のある大江の集落にあった食堂で遅い昼食をとることにした。

旧国道から天主堂に向かう道の途中にある「メーンの盛」
ぱっと聞いてダジャレなのか何なのかわからない店名で、洒落の効いた店内で濃い目のオヤジが一人で切り盛りしてるような雰囲気を思い浮かべていたが、入ってみると超アッサリ目の何もない店内で、地元のおばちゃんが2人で切り盛りしているごく家庭的な店だった(- -;;

ここの名物はちゃんぽんらしい。(てゆーか、メニューにはちゃんぽんと皿うどんとチャーハンしかなかった)
ちゃんぽんと言えば長崎が有名だが、海を挟んだここ天草でもよく見かけた。
長崎の食べ物というわけではなく、ここら一帯で広まっている食べ物なのか、ちゃんぽんは。

で、見ての通り具沢山てんこ盛りのちゃんぽんは、大満足の一品だった。
てんこ盛りという以外に何も特別な要素はないのだが、敢えて挙げるなら、家庭的で優しい味がする、というところか。

ちなみに、この食堂、元々知っていたわけではなく、地図に書いてあったのをたまたま見つけて入っただけ。(昨日のいがぐり苑もそう)
地図とは定番ツーリングマップルなのだが、今回の九州ツーリングには最新版(2008年度版)を持参している。これまでの5年前のと比べて、特に注釈が充実している。注釈のオススメ食堂は、自分的には結構ヒット率が高く重宝しているのだ。(誤植が多いのが(- -#ですが・・・)

今回に限らず、R styleのツーリングはツーリングマップルを元にルートを組み立てている(最近あんまり下調べしなくなったので(汗)ので、訪れるポイントはこの地図に明記されている場所ってことが多く、手元にある方は結構簡単にトレースできると思うので、興味ある方はお試しください(^ ^;;

 

崎津天主堂

間髪入れず、2つ目の教会訪問である(笑

崎津は小さな湾に面した小さな港町。国道を折れて、その港町の中心部をぐいぐい進んでいく。こういった大都市から遠く遠く離れた時間の流れのゆるーい町の路地では、大人しめのルックスにまとめてある(??)黒いエスでも、存在感バリバリ。
道行く人の視線を一身に集めて、それでも中核部へと進んでいく。

教会の在処を示す看板の指示に従い、これを本当に曲がるのか!?という路地の更に枝路地を入っていくと、天高くそびえ立つ尖塔が左手の広場に現れた。

崎津の集落の主たる存在感の天主堂は、先程の大江天主堂とは打って変わって、グレーのモルタル色にステンドグラスが映えるシックな趣の教会だった。

正面から見ると、大江よりも幾分スリムに見える。しかし構成要素にあまり違いはない。やはり、切妻形状に瓦を葺いた屋根が特徴的だ。

禁教時代後に建てられた崎津の教会は、目の前にある建物で3代目とのこと。この教会を設計したのは鉄川与助。

この名前をあーあの人かと思った人は、かなりのR styleマニア(爆)。五島列島ツーリングの際、中通島で見た一連の教会を設計したその人である。

この教会は営業中だった(中に入れた)

五島の際もそうだったけど、基本的にこの辺りの地域の教会は、ミサとかでもやってない時でもeveryone welcome的な状態で、内部を解放しているのである。

ようこそ、一緒に祈りを捧げましょう、という精神からオープンな状態にしてあると思われるのだが、こうやって遠方からわざわざ訪れる者にとっては、非常に嬉しい心遣いである。

そういう方針もあってか、外には休憩用の東屋に公衆便所が併設されている。
何かと地域の集まりにも利用されていることも考えられるけど、しっかり観光スポットとしても扱われてるんだろうな。
そうは思いつつも、普段は見たり体験したりできない建物だから、十分に刺激的で心に残るスポットだったことは間違いない。
 

R389に復帰して走っていくと、湾の対岸にこれから向かう下島の南端の半島が見えてくる。丘の上に浮かぶ雲の形が何だかヘン。

湾が一番奥まった所で、R266に合流する。ここから南端の牛深に向かって走るわけだが、R266はいかにも最短路という感じがしてイマイチ面白そうではない。

そこで島の海岸をなぞる県道へと逸れようかと思ったが、この後船に乗らなければならないという行程上の制約があることから、ここは仕方なくこのまま最短路を走る道を選んだ。

       

牛深ハイヤ大橋

牛深に到着、そのまま港に直行する。

その港の頭上に一際目立つ橋が架かっている。その名は牛深ハイヤ大橋。

「ハイヤ」とは、牛深のお祭りから来てる名前だと思うが、それ以上にこの優美な曲線美に度肝を抜かれる。

橋脚は純粋な直方体だし、橋桁にはちゃんと天井が掛かっている。

更に目を引くのが、欄干を覆うように取り付けられた無数の羽(のようなもの)
こんなにもデザインされた土木構造物が他にあるだろうか。
天草の先端で、熊本県内でも熊本市からいかにも離れたこの地に何でこんなものが!?
それは1990年代初頭、かの細川知事時代に開始された「くまもとアートポリス」事業が大きな要因だ。
都市文化の向上を目的にデザインの質の高い建築等を推進するこの事業は、著名な建築家やデザイナーを積極的に登用している。ハイヤ大橋はその中でも初期の事例であり、レンゾ・ピアノが設計したことでも有名で、僕もかなり昔から存在だけは知っていた。(レンゾ・ピアノ=関空や銀座のエルメス、パリのポンピドゥーセンターを設計したイタリアの建築家)

実際に見るのは初めてだったが、欄干に付いた「羽」と軌道の曲線が見事。「羽」はカーボンで補強されたコンクリートでできていて、強風を受け流して橋そのものや歩行者を守る役割がある。

そんな機能から生まれたデザインには凄く説得力があり、アートポリスに込められた地域固有の風景を創出するという役割は十分に果たされていると感じた。

そんなハイヤ大橋の直下にあるのが、牛深のフェリーターミナル。
天草の最南端に位置する牛深からは、橋で市外の島に出ることはできない。(ハイヤ大橋は、牛深市街地内でのバイパス的役割をしているだけ)
次なる島に上陸するには、フェリーを使う他ないのである。

牛深港から三和商船のカーフェリーに乗船。
隣の長島の蔵之元港まで、約40分の船旅。船自体は結構便数が多い感じで、行程に支障がない時間に出ることができた。
乗客には徒歩のおばさんとかが多かった。わざわざ牛深に買い物に来るのかなぁ?

橋の直下がフェリーターミナルの駐車場

 

蔵之元港は、フェリーが発着する以外、何にも見当たらない所だった。
この港があるのは長島という島で、ここから鹿児島県になる。だからここからは天草という地域からは外れると思われる。さよなら天草。通り過ぎただけだったけど、なかなか濃かった(^ ^)

さて、遂に鹿児島県に入ったとは言え、既に時刻は17:00に迫っている。
いくらかも走らないうちに今日の寝床を探さなければならないが、この辺にキャンプ場は1ヶ所のみ。
そのキャンプ場の場所を何となく確認しておいてから、道の駅「長島」の向かいにあった入浴施設で汗を流すことにした。

暑い日だったし、風呂に入れただけでもヨシとするか

「長島温泉センター」という立派な名前がついているが、実態は小さな寂しい施設だった。
隣に公共の宿っぽい宿があるので、そこの宿泊客が入りに来るようだったが、それ以外の外来客はゼロ。平日とは言え、夕方のカキイレ時なのに。

だだっ広い駐車場に停まっているのはエス1台。受付のおばちゃんには「えっ、お客さんが来た!?」みたいな応対をされてしまった(笑
そんなだから、風呂もごくフツーで特筆すべき所は何にも無かったな。
海に沈む夕日を展望するための露天風呂も、陽が高いうちはただ暑いだけで長い時間は入ってられなかった。

 

この温泉の施設内で、近くにAコープがあることを知ったので、そこで軽く買い出しを済ませてからキャンプ場へ向かう。
しかしそのキャンプ場、入口は見当付いたものの、その先がわからなかった。
集落内の極狭の路地を進めば辿り着いたかもしれないが、この時間にそんな所に迷い込むのもどうかと思った。
あっさり諦めたのは、そこに至る手前の小浜海水浴場という所のロケーションが気に入ってしまったからなのだ。

既にシーズンオフなのか、単に平日だからなのかは知らないが、閑散とした砂浜は海が目前に迫っている。駐車スペースはすぐ背後にある上、道路からは生け垣で視線が遮られ、公衆便所も完備。
これは野宿させていただかない手は無い。

     

早速テントを立てて、夕食の準備を始める。
そうこうしてる間に、今にも今日の陽が落ちる瞬間が近付いてきた。

素晴らしいツーリング日和を締めくくるに相応しい、最後のサンセットロケーション。
手前の半島が、絵的にはちょっとイマイチな感じだが、地平に分厚い雲もなく、地平に陽が沈んでいく瞬間をしっかりと見られるというのは貴重だ。

       
 

刻一刻と陽が地平に吸い込まれていく様を、じっと見入っていた。

この砂浜には面白いことに、今目の前で見ているようなサンセットを眺めるための小さな東屋のような場所があった。
それはテントを立てた場所から一段低い砂浜の上にあって、周りからの視線が遮られている。東屋とはいうものの、流木を利用して誰かが作ったかのような簡素さで、砂浜の上に立つその様は、どこかの南の島で見た風景のよう。

夕日が沈もうとする直前に、どこからか2人が現れて、その東屋の下に駆け込んでいった。

陽は地平に身を埋め、惜しむ気持ちなど全く無いかのように、あっさりと全身を隠してしまった。
主のいなくなった後も続くオレンジ色の空と静寂。わずかに小さな波音だけが、規則的な調べとなって耳を打っていた。

                           

オレンジ色の世界を堪能し終わったらメシである。
ボリューム満点のちゃんぽんを遅い時間に食べたもんだから、割とお腹は満たされている。よって軽くレトルトカレーにする。(軽く?)

缶ビールとつまみをつつきながら、ゆっくりと米を炊き始める。
酔ってピンボケだが、この黒い鍋は今回デビューのMSRブラックライト。
これまでは登山用のクッカーを使ってきたが、コンパクトで軽いのは良いけど使いづらいので、ツーリング専用に導入したのだった。

食事中の訪問者。その他にも野良猫とかいろいろ。
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今回のロングツーリングは、キャンプ時の調理をある程度充実させようという目論見があった。  

ここ最近は何となく出来合いのものとかで済ましているけど、今回はその辺も充実させて文字通りより味のあるツーリングにしよう!と決めてるのだ。その割にレトルト・・・でも1日目は焼肉だったし、2日目はパスタだったから(笑

MSRの鍋は予想以上に使いやすく、これなら少々手が込んでも何か料理したいな、と思わせるギアだった。

食事の後は、海面に浮かぶ漁火の隊列を肴にワインをちびちび。
絶妙な波の調べをバックサウンドに、至福の夜が更けていく。。。

   
2日目 / 4日目