■森と水の島へ


翌朝は6:00にホテルを出る。フェリーターミナルまではものの5分くらい。

港へと向かう国道58号(鹿児島から那覇へと至る大部分が海上の国道。鹿児島市内にも数百mだけ存在する)から海に向かって走ると、桜島がとてつもなく大きく迫って見えた。

 

 

ターミナルで乗船手続き。今回乗るのは、その名もズバリ「屋久島丸」。クルマを搬送するには大型フェリーしか手段は無く、通常多用されると思われる高速船はツーリングでは利用できないのだ。

屋久島丸の車両搬送には、事前予約が必要。どれだけ混んでるのか、って思ったら、←こんな程度だった。
同乗は何とポルシェカイエン(しかもS)
カイエンと違ってこっちは車高が低いので、ゆっくりゆっくりーって叫ばれながら、エンスト寸前の微低速で乗り込んだ。

ちなみにフェリーの搬送料金は、余程ドル箱路線でもない限り、とても高いのが普通だ。それに比べれば2輪は格安で、この点(だけ)は羨ましいと思っている。
屋久島丸もそれなりに高い運賃を払わなければならないが、今ならETC割引キャンペーン中とかで、通常より往復で1万程度は安く乗ることができた。これは凄くラッキーだった。(だから今屋久島、って決めたフシもある)

別にETC車載器が付いてなくても、往路が土日祝日であれば割引対象らしい。この機会に屋久島を愛車で駆けるっていうのはいかがだろうか。(いつまで続くキャンペーンなのかは知らない)

朝7:00に、鹿児島港をボーーっと出発。

2等船室の客は、大学生と思しきグループが何組か。それ以外は数えるに足らないほど。
広い船室はガラガラで、他人の目を気にせず大きくスペースを使えるのは、高速船並走の大型船のいいとこだ。

たとえホテルのベッドでの睡眠時間が足りなくても、これから島に着くまで睡眠時間の補充ができるのは助かる。何せ昨日は深夜2時台の起床だったので(^ ^;

 
 

出航からしばらくは、デッキに出て早朝の錦江湾の景色と潮風を楽しんだ。

船室に戻ってコンビニで買った朝飯を食べた後は、しばし横になって夢の中。乗員の少ない広い2等船室は、造りも結構新しめな感じで気持ちが良かった。

屋久島丸で一番ビックリしたのはトイレ。改装したんだろうが、カーフェリーでここまでキレイな(と言っても地上では普通レベルですが)トイレは初めてだった(^ ^;

 
 

一眠りが済み、デッキに出ると船は既に外洋を航行していた。海はますます青さを増している。

カーフェリーは、屋久島への移動手段の中でもっとも所要時間のかかる乗り物だが、それでもたった4時間の船旅。同じ鹿児島港発でも、一晩かかった奄美と比べれば近いもんである。

船室で屋久島のガイドブックに目を通したりして時間を潰した。

今回は屋久島の登山地図は事前に目を通していたが、ガイドブック的なモノはほとんど見てなかった(汗
もちろん道路網に関しては、いつも通り抑えてはいるのだが。

そうこうしてるうちに、目指す島の影が見えてきた。それまで青空だったのに、山に覆い被さるような分厚い雲がその周囲だけを包み込んでいる・・・

     

屋久島は別名「洋上アルプス」とも呼ばれる。周囲約130kmの島に、標高2000m近い山々が峰を連ねている様は、まさに海原に突如として現れた山脈で、驚くべき地形であることが地図上の情報収集でも十分に推し量ることができた。

その実際の光景がこれである。洋上のアルプスは分厚い雲によって隠され、その全景を見ることはできない。
それも半ば当然のことで、温暖な黒潮が流れる海域に2000m級の山々が壁のようにそそり立っていれば、急激な上昇気流によって次々と雲が発生するのは明らかだ。

そうやって発生する大量の雲によって、島はいつでも包み隠されているのかもしれない。
屋久島は雨降る島だ。その独特の地理条件から生まれる島固有の気候が、類稀なる自然を生み、今日まで残されてきたのだ。その自然を、今回の旅で存分に楽しむつもりである。だから島が曇っていようと雨が降っていようと、今回のツーリングではそれが当たり前だってことで割り切ることにしていた。

 

屋久島の玄関口、宮之浦の港に着岸。我先にと降りていったカイエンの後を付いていく。

まだ昼前だったが、この日はとりあえず何もする予定が無く、早めにベースキャンプを設えてしまおうという思いだった。

今回の屋久島ツーリングでは、滞在型のツーリングという一風変わったスタイルを楽しんでみようと考えていた。そのため、基地となるキャンプ地を設定する必要がある。そのキャンプ地は事前にピックアップしておいたので、まずはそこに向かうことにする。

とは言え時間が早過ぎるので、寄り道しまくりながらの移動になる。
宮之浦から島を周遊する県道を時計回りに走り出す。宮之浦は島で一番大きな町だけに、県道沿いは賑やかだったが、町を抜ければ海沿いの長閑な道に切り替わる。

 
 

地上部分だけが雲で覆われた島のシーサイドロードは、爽やかさとは無縁の状態だった。

本土の鹿児島よりさらにずっと南に位置しているにもかかわらず、あんまり南国風情が感じられない。体感的には風も暖かいし、やっぱちょっと違うよな、ってのはあるんだけど。

 

空港を通過し、アップダウンのある道路を走っていると、やがて安房(あんぼう)の町に着いた。
屋久島第2の規模の町で、昔はかの屋久杉を切り出し搬出する海運基地として繁栄した歴史を持つ町である。

町中でなぜか信号が点灯していない交差点があった。日曜の昼は節電するのが島の常識なんだろうか・・・(でも点いてる信号もある)

ここまで県道77号を走ってきた。
屋久島はほぼ円形の島で、そのほとんどが高い山で形成されているので、島の周縁部にしか人の住めるスペースが無い。必然的に主な集落は海沿いに限って存在していて、道路も平坦な島周縁部をぐるりと周回するように引かれているのがメインになっている。
裏を返せば、まともな道路と言えばそれくらいで、あとは山中の観光地に向かう山道が何本かある程度、と表現しても差し支えないだろう。

だからツーリングで「走る」って言っても、その舞台は限られているのである。とりあえず移動のために走っているこの周回路が、ツーリングの主な舞台になってしまう。それだけの要素だったら滞在しても退屈かもしれない。
でもそこは屋久島。滞在しなければ楽しめない世界があるわけで。。まぁ今日のところはこの幹線道路で移動がメインにはなるけれど。

 

松峰大橋

安房では県道を逸れて港に向かったり海岸に向かったり。それと上流の方に向かって走って、松峰大橋という絶景ポイントにもやってきた。

安房川に架かる高さ70mの橋。町からほんのちょっとしか離れてないのに、このV字渓谷。イキナリ見せつけられた地形の険しさ。静かな川面には、リバーカヤックが浮いてることもあるようだ。

橋の近くの道路脇で、さっそくヤクザル(屋久島に生息するサルの固有種)に遭遇。後日イヤってほど遭うことになるんだけど。。

安房の町外れで見つけた小さな商店「しいば」で手作りパンを買って昼食。
宮之浦、安房という島内1、2番の町に訪れたが、メジャーコンビニは見かけない。鹿児島で特によく見かける九州の地場コンビニ「エブリワン」(九州ツーリングで毎回登場している)も、奄美にはあっても屋久島には無いらしい。

島内周回路の県道を、安房からさらに先に進んでいく。
道路沿いの植生が、それまでとは打って変わって、いつの間にか南国ちっくになっていた。

のんびり走っていると、道端に「千尋の滝」という看板が。
瞬時にその矢印の指す方向に向かうことで決定。狭い内陸路へと入り込んでいく。
すると、橋上からこんな感じの滝が現れた。
しかしこれは「千尋の滝」ではなく、「竜神の滝」というらしい。周囲ではトンボが飛びまくっている。
 

千尋の滝

本物の千尋の滝はコチラ。手軽に遠目に眺める展望台で済ませちゃったので、あんまり迫力無い写真になっちゃってるけど。水量も少ないし。

この千尋(「せんぴろ」と読むらしい)の滝、滝そのものよりも、周囲の地形にその特徴があるように思う。
剥き出しになった山肌、ではなく「岩肌」。滝を形成する岩壁もさることながら、その手前の巨大な斜面はまるで一枚岩を彷彿させるような規模で大迫力だ。

屋久島は、花崗岩が隆起して海面から顔を出した結果生まれた島だと言われている。
つまり島全体が花崗岩の塊みたいなもので、千尋の滝の周辺のこの岩肌は、それを裏付ける説得力ある景観となっている。
花崗岩の塊が、周囲約130km、標高約2000mの島を形成しているなんてにわかには信じられないが、この後滞在するうちにそれを裏付ける、いろんな地形的特徴に遭遇することになる。

 

県道に下りてくると、さらに「トローキの滝」なる滝があるらしい表示を見つけた。

屋久島は小さな面積に標高の高い山があることから簡単に想像がつくように、斜面が急峻で沢は一気に海に流れ込む。その結果、島の至る所で滝を目にすることになるのだ。

トローキの滝

県道から遊歩道を数分歩くと、トローキの滝が姿を現した。
滝壺に見えるのは、実は海面。沢の滝が直接海に注ぐというのは、結構珍しい。
沢に架かる赤い橋は、周回路となっている県道77号。その遥か上、岩肌が剥き出しになった尖った頂は「モッチョム岳」といい、これから訪れる尾之間という集落のシンボル的な山だ。

ここからの写真ではちょっとわからないが、このモッチョム岳もよく見てみれば、花崗岩が切り立って形成されたのがよくわかる。標高にして1000mないくらいだが、海沿いから見上げるととても勇壮で、存在感抜群のオトコらしい山だ。

 

尾之間温泉

トローキの滝から県道をさらに進むと、すぐに尾之間の集落に入る。
尾之間は合併で屋久島町ができる前、旧屋久町の中心だった町なので安房ほどではないにしろ結構賑やか。・・・なのに、町のど真ん中の信号機は、やっぱり点灯していなかった。。。これって屋久島の常識!?

そのおサボり中の信号機の交差点を、北に折れて進むと、尾之間温泉という共同湯に行き着く。

時間はまだ14時台だったが、せっかくとばかりに湯を味わうこととした。
入浴料200円を受付のおじさんに渡すと、「停電でシャワー出ないけど、それでもいいならどうぞ」と・・・

・・・何だ停電だったのか(^ ^;;
どうりで信号点いてないし、町もなんか暗いわけだ。
それにしたって、この平然さ。悠々と風呂に来て、のんびりしている人も多い。そんなに頻繁に停電しちゃうんだろうか。。

温泉は、砂利敷の浴槽の底から湧き出る本格派。微かな硫黄の香りが鼻孔をくすぐる。泉温は熱め。しかし足元湧出温泉という湯温調節不可能な温泉で適温に近いのは奇跡的(適温に近いから足元湧出にしたんだろうけど)。非常に肌触りが良いのも印象的。
広々としていながら非常にシンプルな浴室には、島の木材と石がふんだんに使われていて気持ちが良い。
自分が共同湯に求める要素の多くが抜群に揃っている。屋久島は温泉がいいとは聞いていたが、いきなりのそのレベルの高さにビックリしてしまった。

地元の住人の憩いの場でもあるらしく、風呂に浸かる地元の方々の話に耳を傾けることもできる。
この日の話題は当然、停電の話。ここまで長いのは珍しいとか、あそこには電気が来ている、どこそこの発電所系列がダメらしいとか。。
来島初日にナチュラルに停電してたのでこれが当たり前!?なんて思ってしまったが、そうでもないらしい(^ ^;

 
温泉から出て、外で涼んでいると、突然近くの自販機が動き出し、建物の中からテレビの音が聞こえ出した。突如停電から復旧。
先の信号交差点の角付近にあったAコープで買い出しをしようと戻ったら、信号が点いていた。
停電復旧の集落内放送が鳴る中、そのAコープに来てみると、停電による臨時閉店から開店した直後だった。
 
買い出し後、再び屋久島周遊道へ。
尾之間の町は島のほぼ南端に位置するため、時計回りに周回すると、ここから島の西部地域に向かって走ることになる。
この先尾之間より大きな集落が無いためか、沿道の様相はそれまでとはまるで異なる景色に変化した。
ようやく南国の島っぽくなったっていうか、離島の最果て感が感じられる景色が周囲を支配する。
島に来たからには、やっぱこのくらいの景色の中を走りたいんだよなぁ。
とは言っても、コンスタントに小さな集落が現れるので、全くの荒野に飛び出したわけではない。いくつかの集落を通り過ぎ、バスの路線も途絶えようかという最後の集落「栗生」を通過すると、今回のベースキャンプ地候補となるキャンプ場に辿り着く。

屋久島青少年旅行村キャンプ場

屋久島の中でも、もっとも大きく設備充実のキャンプ場が、栗生川の河口近く、海を望む小さな半島の大部分を占める形で存在している。

いくら屋久島で一番目につくキャンプ場とは言え、今はオフシーズンもいいとこなので、まるで人気の無いサイトに一瞬怖じ気づくが、そんなのはいつものこと。(特に九州では)
愛想の無い受付の女性に5泊6日(!)の長期滞在を申し込む。

まだ明るいが、まずは今回のベースキャンプをしっかりと建てねばなるまいと、住処造りに余念無く取り組む。

その後は、なし崩し的にディナータイム。初日のメニューは、キャンプ専用超適当ポトフだが、そのお供は屋久島産の芋焼酎「三岳」である。
幻とは言わないまでも、手に入り難いブランド焼酎らしいのだが、安房の店でペットボトルのをあっさり見つけてしまったので手に入れておいたのだ。

 

三岳の芳醇な味わいに神経をマヒさせられながらも、食後は次の日の準備を取りかかる。
と言うのも、明日は屋久島のほぼ中心にあり、島内最高峰であると共に九州最高峰の山でもある宮之浦岳に登山することにしているのだ。

ロングツーリングの途中に本格的登山を織り込むのは、今回が初めての試みである。
それもそのはずで、キャンプツーリングに必要な道具をエスの狭いトランクに積んで、それに加えて登山道具を一式積まなければならないことが、まずもってしてハードルが高い。
しかも、今回の宮之浦岳登山は縦走することとしているので、山中に1泊する行程となり、余計に荷物が嵩張る。テントに至ってはベースキャンプ用の他にアタック用テントもパッキングしており、エスの小さなトランクに2つのテントを積むという暴挙に出ているのだが、今回様々な戦略を駆使してこれを可能にし、初めてロングツーリング+登山というコラボが実現したわけである。

それはともかく、この遠隔地にて山中泊まりを伴う高所登山なので、支度はいつも以上に余念無く行う必要があった。(まぁ出掛ける前に相当念を入れて準備してきているので、直前の今は再確認って感じだが)
装備の確認ができたら、次の日の早立ちに備えて早々と就寝する。
10月だと言うのにセミが鳴いているほど暖かな南国の島。シュラフも要らないほどだったが、夜半は少し冷えた。

3日目はいよいよ屋久島の中枢へ。
最大の敵がおそらく「天気」になることは、既に覚悟の上ではあった。。

 
 
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