四国2009 〜四国西部・山河海街を走り尽くす旅
 
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5日目 fifth day

この日の夜も雨が降った。濡れるキャンプ場に朝が来る。
真っ暗になってからようやく到着したグループもあって、テントの数が増えていた。少し離れた所には、オートバイツーリングの面々も。
得てして早起きなのはツーリスト。ライダーの方と洗面所で一言二言会話する。向こうには同じオートバイツーリストに見られていたようだ。

 
                   
 

ファミリーキャンパーはまだ寝静まっているので、そろりと出発。県道12号を更に内陸方面に進む。
すぐに2台の小型バイクに追い付いたが、彼らは岩屋寺へと向かっていった。

県道から国道494号にスイッチ。2車線の広い道を快走する。走っているクルマは全くと言っていいほど見かけない。

                       

県道12号との重複区間が終わり、再び県道にルートを求める。青看の行き先表示には「石鎚スカイライン」。
そう、この先向かうのは、四国の中でも屈指の山岳ワインディングとして知られる、かのスカイラインなのである。
四国最高峰、であるのはもちろん、西日本でも最高峰の石鎚山の麓から深遠部に向かって切り込んでいく豪快なワインディングロードの正体を暴くべく、ウェットコンディションにも臆することなく突き進んでいくのだ。

             

面河渓

と、スカイライン深層部に入り込むその前に、石鎚山に刻まれる渓谷のひとつである面河渓(おもごけい)に立ち寄ることにした。

雨粒に濡れる渓谷に沿って細い道を進んでいくにつれ、濡れることでより一層美しさを増している渓谷の風景を目の当たりにする。
雨が小康状態になったところを見計らって、すかさずルーフをオープン。清涼な朝の渓谷の空気を胸一杯に吸い込んでdriving!

クルマで入り込める距離はあまり長くはなく、国民宿舎の所までだった。
切り立った岩壁の間に流れる渓流と、その水面に張り出す豊かな木々の枝葉。

 

取り立てて特徴があって、驚くほどの景観ではないのだが、朝の清涼な空気の中で、雨に濡れたエスのブラックボディが引き締まり、どことなく印象深い風景が創り出された。
気の遠くなるような長い年月の間に削り取られた岩壁の荒々しい表面と、その岩肌に我こそはと言わんばかりに張り付き、宙に向かって葉を投げ出す樹木の生命力。

これらを背景に佇む、筋肉質で男性的な造形のボディを持つS2000がこの上なくマッチしている。
そんな姿にしばし見とれることができるという面でも、エスというクルマは想像以上に、ツーリングの相棒として適役なのである。

         
石鎚山の渓谷の名に恥じない、高所感あるV字谷の真上を通過する箇所もある。  
橋の欄干から身を乗り出して、渓谷の底を覗き込む。
四国とは言え、かずら橋のような不安定な橋ではないのでご安心あれ(笑
               

石鎚スカイライン

面河渓から県道に戻って、いよいよ本編の石鎚スカイラインへとコースイン。路面はウェット、視界は比較的良好、対向車前走車全く無し。
ステアリングを持つ手とシートに密着する腰でタイヤのグリップ感を感じながら、初めてコンタクトするワインディングロードに対峙する。

中速コーナーが連続するコースは路面状態も良く、結構楽しめる。
時折、ボタボタボタっと落ちてくる水滴が集中力を削ぐけど、自然によるものだから仕方がない。

どちらかというと谷筋を走っていくスカイラインなので、ばーーっと展望が広がるわけではないのだが、主である石鎚山はその姿を常に見せてくれている感じだ。
登山口には大きな駐車スペースがあって、山頂を目指す人々のクルマが多数集結していた。

登山口を通過すると、まるで道が途切れたかのように駐車場に吸収されてしまう。実際、石鎚スカイラインと呼ばれる区間はここまでのようで、県道として指定されている道はここで消滅してしまうようだ。

では行き止まりかというとそういうわけでもなく、一応県道終点に接続する形で林道が存在する。その林道に足を踏み入れると、それまでとは似ても似つかない狭い山岳路が待っていた。

ただ道が狭くなっただけでなく、急に植生が変わって視界が開けるようにもなった。
連続した1本の道を連続しているのが実際のところだが、県道から林道へという道路ランクの変化以上に、まるで性格の異なる道に変化してしまった。

その変わり具合があまりに大きく、急遽展開する高所感溢れる山岳道路に唖然としてしまった。

 
     
           
どんどんと高度を上げていって、しまいには周囲の山々を見下ろしてしまうほど、極端に高い山肌を走る所まで来てしまった。石鎚スカイラインより、こっちのがよっぽどスカイラインである。
しかし道は相変わらず狭いので、ペースは上がらない。

そしてこの林道走れども走れどもなかなか進んだ気がしない。景色が良いのはホント良いんだけど、先の見えない山深い林道に入り込んでしまって、その上ゴールが見えない的な不安要素を意味もなく感じてしまう。

途中、吉野川源流の深い谷を巻きつつも、まだまだ林道は終わる気配を見せない。
既にR494から石鎚スカイラインの県道に入ってから約2時間が経過しようとしていたが、ワインディングはまだまだ続く。

 
           

決して西伊豆スカイラインではないのだが・・・・・ぱっと見た目そっくりである。道の狭い西伊豆スカイラインって風景。

この写真↑の場所を通過した後、標高1500m超の稜線を走る絶景ロードもナリを潜める。
その後もひたすらにウネウネ狭路を走り続ける。四国の狭路は有名だが、この林道は他とは雰囲気が相当異なる。ジメジメした渓谷沿いの森の影の中を行く酷道とは違って、陽の当たる斜面(と言っても今日は雨だが)を地形に忠実に走る感じ。とにかく長い、と感じる点は同じだが。。

最終的には寒風山トンネルの旧道側に合流する。石鎚スカイラインに入ってから、裕に2時間以上が経過していた。長大な山岳ワインディング。しかしその大半は1車線かそこらの林道で、楽しむにはそれなりの忍耐力も必要になりそうだ。

           

国道194号の旧道との合流点には茶屋があって、地元の方がおでんとかを暖めていたのが美味しそうだったので、ちょっくら腹ごしらえ。

ビックリしたのが、この合流点が高知県内だったってこと。愛媛の山奥から方角的には北上してきたのに、なぜか高知県に出てしまったのだ。
なんとなく腑に落ちない(笑

その後寒風山トンネルを抜け、旧道の山道を海側に向かって下りていく。なかなか険しい道で、この道が新道ができるまでR194だったとは信じられないほど。

R194本線に合流すると、そこは幅広2車線のハイウェイの如き幹線道路だった。
これを西条まで走って、東予道路で給油。国道196号に入って今治へ。この道はいつ通っても流れが悪い。この日も連休中の午前中ということでクルマが多く、ジリジリ時間をかけて走ることになってしまった。
ようやく流れ出そうかというところで、道の駅「今治湯ノ浦温泉」で休憩。
ここのレストランの鯛めしの見た目が良かった(笑)ので、先程おでんを食べたのも忘れて昼飯休憩。
パーキングエリアの軽食コーナーみたいなレストランだったが、今治名物鯛めしの美味さはホンモノだった。

今治バイパスからしまなみ海道に乗って、今回は四国とおサラバすることにしていたが、このしまなみ海道が、起点の今治ICから大渋滞。いつの間にかすっかり晴れ渡った炎天下で、オープンのままジリジリとその渋滞に参加することになってしまった。

よもや、しまなみ海道で渋滞に遭遇するとは思わなんだ。四国の連絡橋はどれも高価で、混むなんてことはまずなかったのに。これも1000円高速効果だろう。

来島海峡SAの合流で混んでいたらしく、ちょうど来島海峡大橋に差し掛かるところで、ようやく解き放たれた。
秘技バックショット! >>>

クルマの数もさることながら、やたらと自転車で走ってる人が多い。橋によっては歩いている人も。
レンタサイクルで島巡り!?しかし一度橋に乗ってしまうと、炎天下で逃げるところも無く、結構覚悟の要るチャレンジのような気がする。

生口島から因島に渡るとこかな。

しまなみ海道を網羅したツーリングは、2006年の同時期のツーリングレポートに詳しいです。
EK9ラストランの舞台だったんだよなぁ・・・しみじみ

しまなみ海道を走り切って、久々に本州上の人となった。通行料金はキッカリ1000円。かなりお得な気分になれる。

 
尾道バイパスから県道47号。昼下がりの瀬戸内をのんびり走ること30分ほど。
その先には、←こんな町がある。
         
 

県道は町中に入ると、頭上↑の看板通りに極端に道幅が狭くなり、通行は極低速になる。

それだけなら日本全国どこにでもある風景だが、ここは有名な観光地でしかもGW、道行くクルマは多く、すれ違いは困難を極めていた。

ただでさえ狭い道に、大きな四駆で突撃してくる輩もいる状態で、町中の県道は大渋滞。
観光の副産物とは言え、住民にとっては迷惑千万だろうな。

         
       

鞆の浦

福山市の南、瀬戸内海に突き出た大きな半島の先端に位置する港町「鞆」。(とも、と読む、念のため)
情緒ある港風情と、その昔海運で栄えた町の面影が色濃く残る町として、人気の観光地だ。

最近更にその人気に拍車がかかっているらしい。
鞆は、あの「ポニョ」の構想の元になったとされる町である。宮崎監督がこの町の風景に魅せられ、この町に滞在しながら構想を練ったそうな。

GWの人出は想定以上だった。元々狭い港町にクルマが押し寄せるものだから、少ない駐車場は既に満員御礼。
少し離れた海沿いの駐車場に並ぶも、待つこと40〜50分。ようやくエスを停め、町並み散策を始めることができた。

観光地とは言え、ほとんどフツーの漁民がフツーに暮らしているに過ぎない町である。
そこに観光客が押し寄せるミスマッチ。
ポニョ効果、恐るべし。
 

鞆の港全体が見える所にやってきた。港の岸壁には、至る所に石積みが残されており、古い港であることを物語っている。後方には常夜灯の他、いろは丸展示館などの観光スポットが見える。

静かな湾の港には、情緒を感じることができる景観が残っているが、なんとこの湾にバイパスの橋を架ける計画があるそうな。
先程通ってきた、町中の通過交通の不便さと危険さを解消するための計画だが、当然ながら大切な観光資源の「風景」が失われる結果になるので、橋の利便性と風景による観光資源のどっちを取るかは、住人たちの間では重要な関心事となっているようだ。

鞆の港のごく近くの町並みには、海運で栄えた時代の賑やかさが残っていた。かつて鞆の名産として製造された「保命酒」という薬酒を売る店もあった。
歴史的保存街区という感じではなく、古い文化がそのまま残った結果、という自然な状態が残されている。

太田家住宅

港に近い一等地に、その佇まいからしてタダモノではなさそうな、古い商家があった。
玄関が開け放たれ、中が見学できるようになっているようだ。何の建物かはまったく知らなかったが、こういった歴史のある建物は、その町の文化を知る上で非常に参考になる。

入館料400円を払うと、今ちょうど内部で建物の説明が始まったところだという。
太田家住宅というこの建物を保存する会、みたいな団体の、会長さんの案内だそうだ。良いタイミングなので、聞きながら内部を見学することに。

   
玄関からオモテの土間「店土間」に入ると、土間に面した玄関の間が目に入る。
財力のある立派な商家だったことがよくわかる、風格に満ちた部屋だ。赤く照らし出される部屋を構成する様々な要素ひとつひとつに、魅惑的なデザインが施されている。
 
  そんな魅力的な空間を置き去りにして、会長の案内による見学者一行は、奥の蔵へと進んでいった。住居の部分は後回しらしい。
 
港の商家であり宿であり、保命酒の製造元でもあった太田家住宅の建物群は、蔵がその約半数を占めていた。
現在は当然ながら使われていないので、現役だった頃のいろんな道具が展示されている。

主屋の方は18世紀中期の建築で、敷地内の建物群の中でも最も古い。
典型的な「田」の字型の平面形状ながら、家の住人と、客人を迎え入れる間がキッカリと分けられている。また、奥に行けば行くほど、重要な客人をもてなす空間として設えてあるのが、細部のデザインや庭園の配置によって理解することができる。

住人の生活エリアは、赤いベンガラの土壁が最大の特徴だ。
当時、ベンガラの赤を通常の生活空間に使用することは非常に珍しかった。(花街の建物で使用される材料だった)
それだけこの家には特別財力があり、また作り手の方にもセンスがあったのだろう。
ちなみにベンガラは、有名な産出地だった岡山の吹屋のものだそうな。

最も奥にある大広間は特別広く、庭に面し、床や茶室などの設えもある。
また、住人のサニタリーとは独立して用意されていて、重要な客人を滞在させることができる仕掛けになっている。
実際この家は江戸時代、長州藩などの西国大名の参勤交代時の宿としても機能していたらしい。

当時の金持ちの家と言ってしまえばそれまでだが、建物の細部に粋なデザインが施され、そのほとんどに明確な意味や機能が付加されているところに感銘を受けた。
自然と人工の光が演出する空間の闇も絶妙。鞆の浦にこんなに素晴らしい住宅建築が残されているなんて知らなかった。

最後に案内が済んだ会長さんと立ち話をした。
この会長さんの飽きさせないガイドも特筆すべきもの。通りすがりの観光客から建築通まで、満足させることができるガイドにも感服だった。

 
太田家住宅で半ば満足してしまったが、もうしばらく街角散策を続けることにした。
・・のはいいが、どこが散策スポットなのかはサッパリなので、適当に町を歩く(笑
当然ながらポニョは至る所に出没。「おてび定食」って何?  
 
<<< ささやき橋。逢引の名所(謎
海際の高台にある福禅寺にも寄った。
こちらには対潮楼と呼ばれる、眺めのいい展望所があるとかいうことで。
鞆の目の前の瀬戸内海に浮かぶ弁天島と仙酔島が、まるで絵のように並ぶ配置で眺めることができる。
お寺自体に、何か特筆すべきことがあるわけではないのだが。
 
港に戻ってきた頃には、いつの間にか16時頃になっていた。
傾きつつある陽の光で、景色は徐々にオレンジがかってきている。
   

昨日より度重なる町並み散策だったが、どこもそれぞれの特徴があって、3つ目となる鞆も十分に楽しむことができた。
中でも圧倒的に人が多かったのはここ、鞆の浦。今が旬の観光スポットだが、いかにも観光的なモノがあるわけではなく、素朴な雰囲気を楽しむ所である。

実質クルマで訪れる他ない場所だが、狭い港町なので、クルマを止める場所がそんなに無い。海岸道路の駐車場を利用し、あとは歩く歩く。
混んでいるのは今だけ!?だから、熱りが冷めたら福山市街側からアプローチして、街中に入り切る前にどこかの駐車場に入れてしまうのが吉だ。

 
   

鞆の浦を離れ、エスを福山市街に向かって走らせる。
福山が近付くにつれて、クルマの量も信号も増え、ペースは著しく落ちてしまう。
鞆からひたすら真っ直ぐ、山陽道福山東ICに到達するまで結構時間を食ってしまう。

福山東ICから高速。実はこの日だけ、事前に宿を予約してあったのだ。
宿は岡山の東、牛窓のペンション。福山からは倉敷、岡山の両市を越えていかなければならない。
既に夕刻に近いということもあり、高速幹線路の国道2号をもってしても時間がかかりそうだったので、途中まで高速ですっ飛ばすことにした。

山陽道を倉敷に向かい、早島ICまで。オープンのまま走ってたら、途中で大粒の雨が降り出して、慌ててPAでルーフをクローズ。
倉敷JCTから先の山陽道は渋滞していたが、瀬戸中央道に折れて早島ICから国道2号ならOK。

 

と思ったらR2が渋滞中。。。岡山の連続立体交差区間までが混んでいたが、そこからはビュンビュン。これでこそR2!
君津ICから岡山ブルーラインに入って西大寺ICで県道28号へ。

ここまで来れば、牛窓は目と鼻の先。
夕飯の時間に間に合わないかなーって心配は杞憂に終わり、何とか18時にはペンションに到達。

この日は久しぶりにゆっくりベッドで寝ることになった。

   
4日目 / 6日目