HR-V Tribute

2号車HR-Vとお別れする日が迫ってきました。

ゲタ代わりのクルマってことで、わざわざサイトの中で取り上げることもなかったんですが、実際には近所の買い物クルマという性格の他に、冬の長距離移動やトレッキング時のアプローチの足として活躍してくれていました。
写真に収めることもあまりなかったけど、これまでの活躍に感謝して、いくつか載せておきたいと思います。

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納車前、ていうか中古車屋でまだ売り物として置いてある時の写真(^ ^;
プレーンな内装は、結局今もそのまんま。オーディオは最近調子悪くなってきたとこでした。

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2号車活躍の時と言えば、冬山トレッキング時ですね。
仲間と道具を満載して、積雪路をガンガン走りました。一応4WDだし最低地上高の高さも相まって、冬道の安心感は抜群でした。
この冬期の便利さを失うのは、何気に結構イタイかも。

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その冬場の利便性の代償はこれ。年2回のタイヤ交換。
最低地上高の高いクルマのタイヤ交換ってのは、かなり大変でした(- -;;
写真では2tジャッキで上げようとしてますが、こんな小さなのじゃ上がり切りません。結局車載ジャッキで4輪毎に上げるしかない。その上、205/60R16っていう大きなタイヤを、駐車場から3階のベランダまでピストン輸送。。。キツかったです結構。

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トラブルも割と多く。。
バッテリーが上がること2回。その他にもベルト類の交換、CVTの不調と、特に後半はどこかしら調子が悪いという状態が続きました。
致命的に走れなくなるというほどのことではないけれど、運転時の快適さや楽しさが今ひとつ感じられなかった要因ですね。

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ヤマの他にも、帰省の足としても活躍。帰省時の高速移動がエスの走行距離を無意味に伸ばす要因になってたので、その役割を担ってくれたことには大助かりでした。
特に実家のある富山へは何往復したかわかりません。実家の改修をしてたこともあり、2年前の今頃は毎週のように2号車で通ってたんですよね。あれも今は懐かしい想い出です。

写真は西山温泉の慶雲館という温泉宿。冬場の温泉巡りにも活躍してました。

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あと、夏山登山のアプローチにも。基本的に山登りにはエスは使いません。中で着替えや仮眠ができる2号車の出番と相成るわけで。
仮眠って言っても所詮は3枚ドア。足が伸ばせるわけでもないので快適とは言い難いですが、エスで寝るよりは100倍マシです(てかエスじゃ寝れない(^ ^;

写真は八ヶ岳の登山口ですが、ボッコボコの未舗装路でもガンガン突っ込んでいけた(笑)ので凄く便利でした。

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とまぁ今まで露出することはなかったけど、結構便利に働いてくれてました。
いつしかR styleの裏方さんとして欠かせない存在に。まさに影の功労者でした。

必要最小限のメンテしかされず(汗)、洗車もたまに洗車機に通すだけ(結局一度たりともワックスなぞかけなかった(滝汗)という荒い扱いでしたが、健気に走り続けてくれましたね。

オレンジの3ドアHR-Vという個性的なクルマという以外、運転してても全く面白さはなかったので完全に足として割り切ってましたが、こんなクルマでも別れる瞬間が近付くと寂しいもんです。

明日の嫁入り準備は既に済ませました。
さらば初代2号車。君はR styleに欠かせないメンバーだったぜ。

想定外ツーリング


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土曜日の定点観測のつづき。
 
最近の朝練は、早朝の走り込みを終えたらとっとと帰路に着き、午後は別の活動に時間を充てるみたいなスタイルが定着してます。
この日もその予定でしたが、車高調の不具合発覚により急遽予定を変更して、横浜にあるASMへ直行することに。
ビーナスラインから横浜。いったいどうやって行くんだろう♪(ツーリング魂がふつふつと(^ ^;
 
ビーナスラインは9時にお別れ。
ここ最近の定番で、これまた大好きな麦草峠を越えて佐久穂側へ。

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セルフスタンドで、すっかりカラになったガスタンクに30リッターだけ補給。
ここで開店時間を迎えたASMに連絡。15時以降ならピットが空いているようなので、それくらいに訪問する約束をする。

その後R141を南下。八ヶ岳の東山麓を走って野辺山へ。

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野辺山でふと思い立ち、獅子岩の展望台に寄り道。八ヶ岳の絶景が拝めるパノラミックな展望が楽しめるのだ。
梅雨の晴れ間に見る残雪の八ヶ岳は実に雄雄しかった。

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どの山が好きか、と問われて真っ先に思い浮かぶ山が八ヶ岳(と剱岳)。
剱はおいそれとは行けない孤高の山だが、八ヶ岳は身近でいろんな楽しみ方ができるのがいい。
こうやってドライブの途中に気軽に山塊を楽しめるのも八ヶ岳のいいところ。
 
獅子岩の駐車場は、観光バスで埋まりつつあったので、あまり長居せずに退却。
八ツを眺めながら、野辺山高原から清里高原へと行く。

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須玉ICから中央道へ。混雑しそうな幹線道路を高速でショートカット。
すぐに甲府南ICで下りて、精進ブルーラインで富士五湖のひとつ、精進湖方面へと向かう。
精進湖からR139で朝霧高原。これを白糸の滝まで。
ここまでずっとトラックにくっついて走る羽目になり、いまひとつ爽やかとは言えない峠越え&高原ドライブになってしまった。

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富士山南山麓、富士山スカイラインへと続く県道を走って御殿場方面へと向かう。
朝霧高原から怪しくなった空は、さらに分厚い雲に覆われ、気温も急降下。早朝のビーナスラインより体感温度は更に下がって、オープンドライブで火照った体には逆に心地がいい。

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御殿場登山口に訪れてみたものの、富士山は雲の中。
一気に御殿場市街に下りると、さっきまでの寒さがウソだったかのように、暑い日差しが戻っていた。

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御殿場から横浜まで高速移動するつもりでICに向かうが、大渋滞でまるっきり動かず。。アウトレット渋滞だ。忘れてた。。
渋滞でピクリともしない国道のIC出入口から急遽、第一出入口へスイッチ。こっちは問題なく流れて東名高速へ。
横浜町田ICまで走って保土ヶ谷バイパス。新保土ヶ谷から首都高で新山下ランプで下りて、15:40頃ASM到着。
 
思いもかけないロングドライブ。当初想定してなかっただけに、逆になんだかワクワクして、楽しいショートツーリングに昇華してしまった。
自宅まで戻って、この日の総走行距離は700kmオーバー。濃い1日になったもんだ。
 
 
ところで、車高調のトラブル。ASMでも当初メーカー送りの診断だったけど、あれこれ探ってるうちに、単に閉め過ぎかなんかで固着してるだけだったということが判明。その場で直ってしまった。なんとも恥ずかしい原因である(汗 (でも付属の工具じゃビクともせず、本当にどうしようもなかったんだからしょーがない)
そうは思いつつ、しばらく車高調無しの生活になるのが回避できたのでヨシとする。
 
ついでに車高を落とせない悩みを相談し、後日、追加工事をお願いすることに。
こういうことがなかったら諦めてたことなので、想定外の巡り会わせに感謝しようっと(いつも前向きなワタシなのであった)(^ ^)

6年目の定点観測(そしてトラブル!?)


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先日めでたく6年目に突入したR style S2000。
毎年この時期になると、クルマ(と自分)の成長を確かめるために、納車の翌週に訪れたビーナスラインに訪れて、定点観測を行うようになりました。(たしか昨年はサボりましたが・・(汗)

今年は上手い具合に6年目が始まった直後の週末(本日)が晴天となったので、今シーズン初めてとなる夏期の朝練を兼ねて、早朝のビーナスラインへと繰り出しました。
今シーズンのエスと言えば、車高調の仕様変更が大きなブラッシュアップとなり、今回が初めてのワインディングということもあって、その辺の評価も含めて。

現地に着いてまず最初に、これまでの減衰力のセットに戻そうとボンネットを開け調整をしようとしたら、フロント左右の調整ネジが動かない・・・・・何度試みてもビクともしません。
調整用にチンケな付属工具しか持っていなかったので、散々悪戦苦闘したあげく、これ以上は不可能と判断し、フロントはもっともソフトな減衰で走るハメに。。
乗り心地は物凄くイイものの、フロントが動き過ぎて今ひとつリズムに乗れず。これは完全に誤算でした。

しかし車高調をOH&仕様変更したことによって、車体の動きそのものは非常にスムーズになりました。スプリングもこれまでのswiftからHYPERCOにチェンジしたんですが、これがまた非常にイイ感じ。足の動きが全然変わりましたねー。街乗りでは快適そのもので、ワインディングに持ってきても、なんていうか、動きが素直で掴みやすいです。
仕様変更の詳細はそのうちガレージに載せようと思いますが、クルマが変わったと思わせるほどの激変ぶりです。同じダンパーなのに。

ただ、とある理由で車高が落とせず、微妙に腰高で減衰力も最弱と、ワインディングを楽しむには今ひとつの状態であるというのも事実。特に減衰調整できないのはまったく理由がわからず、トラブルであると認識せざるを得ない状態。(この顛末は後日記述ってことで)


ただ6年目の定点観測として、クルマの成長ぶり、そして健康状態を確認できたことは有意義でした。
思えば乗りやすくなったもんだ。乗りやすく、そして楽しい。
ビーナスラインのような様々な種類のコーナーが連続するテクニカルコースで、思いのままにコントロールできることが目指してた姿だとするならば、かなりいい塩梅に仕上がってるんじゃないかと思います。

あとはウデです。これが一向に上向かないんだよな(笑

2号車 Last Drive


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昨晩のこと。2号車で行く最後のロングドライブは、地元富山への高速移動。
東京〜富山間の高速道路は、2号車で数え切れないほど通った道。通勤ルートののように、何も考えないでも時間が読める。

CVTは加速レスポンスが最大の弱点。高速燃費も悪く、高速道路には決して向いているとは言えないクルマだった。
それでもエスの身代わりとなって、退屈な高速長距離移動を受け持ってくれた功績は大きい。
感謝を込めて、最後のドライブを楽しむのだ。

2号車HR-V、退役へ


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本日はエスの納車記念日ですが、かたや2号車HR-Vはと言うと。
これまでエスのサポートカーとして活躍した影の功労者は、その任務を終え、このたび退役することになりました。

思い返せば、2号車を導入したのは2007年の秋のことでした。(2007年11月の書き込み参照)
当初は相方のクルマでしたが、その直後に始まったJapanese MINKAプロジェクトの業務車両として活躍。はたまたちょうどその頃に始めたスノートレッキングに赴くための足として、雪山を縦横無尽に駆け巡り、当初の想定以上の活躍してくれました。

ここ最近は買いモノ車として近所をちょこちょこと走り回るケースが多かったですが、帰省の際には必ず出動。
事情あって実家に帰る回数が多い自分には、ムダにエスの走行距離を伸ばさないための防波堤として、非常に重要な存在でした。

導入から3年と7ヶ月。その間の走行距離は34,000km。
マイナートラブルが多く、燃費も思ったほど良くないクルマだったけど、ゲタ代わりに使える気軽さが最大の利点。エスは常に気合い入れて乗るクルマ(笑)なので、そのスキマを見事に埋めてくれたカンジです。


そんな2号車は、この後どんな人生(車生?)を歩んでいくかというと・・
断言はできませんが、おそらく東北にて、被災者の方に引き取られて活躍してくれることになると思います。

報道されている通り、津波で無数のクルマが流され、全国的に中古車の需要が物凄く高まっています。安くて車検の残っているクルマは、すぐに東北送りになって買い手が付く状態とか。
ましてや2号車HR-Vは最低地上高が高く4輪駆動。しかもスタッドレス付きと、これが東北の被災地に行かずして何が行くというようなクルマ。

これも一種の被災地支援と言いましょうか。数ヶ月でも車検を残した状態で手放すことにした。・・って言うと言い過ぎですが、まぁそんな気持ちも確かにあります。

何はともあれ、短い期間(自分の手元にあった時間が最も短いクルマということになった)でしたが、新しい世界を生み出してくれた2号車に感謝。
新天地でも、オーナーの人生を大いにバックアップする存在になってくれると思います。

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