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7月 212019
 

2019 07 20 01

翌朝、鹿児島港に到着。
素晴らしい快晴の鹿児島市内を突っ切って、九州道へと入線する。

鹿児島空港まで高速にてショートカット。
下道に降りて立ち寄ったコンビニで、厚手のロンTを半袖に着替えた。
夏のような日和の九州本土ツーリング、再開。

2019 07 20 01

県道56号経由で、国道223号。
交通量の多いルート。霧島温泉郷からえびの方面に向かうと、数日前のルートと一緒になってしまうため、霧島神宮方面へ。

2019 07 20 02

神宮までは、とても眺望がいい。
神宮以降は森の中の道となり、様々な表情を見せる爽快なドライブルート。
そのまま高原町方面に抜けようと思っていたが、気がつくと県道31号を走っていた。

普段なら道を間違えてもすぐに気付くことがほとんどだが、県道表示が無かったのと、前を行く単車を追走していたことで、気付くことのないまま、都城近くまで来てしまった。
奄美から帰還以降、特に明確な目的地があるわけではないツーリング。それも旅の一部と受け入れて、ルートを再セッティング。
県道42号と広域農道「御池野尻湖ロード」で、国道268号へ。

2019 07 20 03

宮崎市に向かうR268は、交通量は多いものの流れは良い。
国道10号との合流点で、広域農道「中部グリーンロード」へとスイッチ。

2019 07 20 04

県道40号と体を入れ替えながら、西都まで。その先は「尾鈴サンロード」と名の変わった広域農道で都農まで行く。
宮崎県中部地域を南北に移動するとなるとルートは限られるが、走って楽しく、かつ時間もかからない選択となると、このルート一択だ。
そのK40を気持ちよく流しているちょうどその時、見覚えのある紫色のS2000とすれ違った。
やはり、考えることは同じということか。

2019 07 20 05

都農の道の駅で休憩。国道11号沿いということもあり、大盛況。
都農といえばワイン。数年前のツーリングの時のように、ワイナリーに寄ると時間もかかるので、道の駅でマスカットベリーAを調達。
さらには、冷凍マンゴーでクールダウン。後半戦に備える。

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再び、尾鈴サンロードへ。
都農から日向の先までは、アップダウンを繰り返す快速ワインディングロード。
日向灘沿いの淡々とした道のりの中で、異彩を放つツーリング向けコースだ。

これを終点まで走りたいのは山々だが、今日はメインディッシュを控えている。
県道51号に乗り換え、国道327号、同446号、388号とつないでいく。

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美郷町南郷から先、県道39号に回れば、昨年と同じルートセッティングになるが、今回は南郷の手前で林道にスイッチ。
九州の最も山深いエリアに分け入っていく。

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宇目須木大規模林道

国道から分岐してすぐの看板には、「緑資源幹線林道」とある。
上辺だけのお役所的なネーミングはくすぐったいので、ツーリングマップルに記載の大規模林道名で通そうと思う。

南郷から諸塚、つまり北の方角に入ると、しばらくは谷筋の2車線路が続く。
道幅もありイージーなコースだが、交通量はほとんどないに等しく、路面はお世辞にもキレイとは言い難い。

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登坂路に差し掛かると、道幅は当然のように狭くなる。
狭くなると言っても極狭路というわけではなく、すれ違いも十分に可能な道幅だ。
とはいえ、まったく他車と遭遇することはないのだが。。

思うように走行ラインを描きながら、どんどんと登っていく。
案内表示の類は、まったくと言っていいほど、ない。山はどんどんと深くなり、道路以外に何もなくなってくる。
この先、本当に道がつながっているのかを考えると、少しだけ背筋が寒くなる。

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登っても登っても、まだまだ続く。この時点ですでに、超ロングコースのお墨付きは間違いない。
九州山地の深淵部を、ひたすらに駆け上った結果、いつしか周囲は高所感たっぷり。
道路からの展望はさほど良くなく、走りに熱中していたため、しばらくは気付かなかった。

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稜線をしばらく走った後、谷筋に下りていく。
そういった意味では、スケールの大きな峠道とも言える。

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登った分、下りも長い。
ただ、前走車が現れることも、対向車に遭遇することもないため、非常にペースはいい。
エスを自由に泳がせながら、屈曲したコースレイアウトを楽しむ、至福の時間。

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谷間に下り切ると、発電所や道路が見えてきた。
大規模林道は、国道327号に突き当たる。久しぶりに見る他車。
この山中になぜ、と思うとともに、ほのかな安心感を得られた、谷間の集落。

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ここは諸塚村の中心部。
平坦な場所などほとんど皆無に等しく、谷筋の国道沿いの建物以外は、斜面に建造物がへばりつくように並んでいる。

R327を西に行けば、九州の秘境と呼ばれる椎葉村。
椎葉村のみならず諸塚村も、都市部から遠く離れた、紛れもない秘境だ。
2008年に国道265号を走破して到達した椎葉村もアドベンチャー・ツーリングだったが、今回の大規模林道を走破しての諸塚村も負けず劣らずアドベンチャーだ。

宇目須木大規模林道は、R265のように走りづらいということはない。
ただ、林道はまだ終わったわけではない。諸塚は中間点。まだこの先がある。

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 いったん県道50号に入り、村の中心部を抜けた辺りで、再び大規模林道に入る。

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谷間から一気に高度を上げていく区間、見事な2車線ワインディングが続く。
急勾配にもかかわらず、ストレート区間や美しい複合コーナーが連続する。これぞスカイライン。素晴らしいワインディング・ロード!

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と思ったら、本当にスカイラインらしい。
村内からの行き先表示にも、地図にも記載がない「諸塚山スカイライン」のネーミング。

そしてなんと、全長55km!
このレベルのコースが55kmも続くなら、国内最強レベルのワインディングではないだろうか。
看板に記載の地名がまったくピンとこないので詳細はわからないが、おそらく宇目須木大規模林道から九郎山林道を、諸塚山を目指して周回するルートだろう。

このような山奥に、恐ろしいほどの超ロングコースが潜んでいるとは。
これぞまさに「裏・オートポリス」!

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「諸塚山スカイライン」なるコースは、登坂路が落ち着いたその先も、2車線路が続く。
 相変わらず、他走車は皆無。恐ろしく贅沢なこの状況に、テンションが上がらないはずがない。

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ざらついたアスファルトにタイヤを押し付け、4輪の荷重移動を感じながらコーナリング。
パワーを溜め込んだ内燃機関から駆動力を放出させて加速、突き抜けるような排気音の共鳴に酔いつつ、次のコーナーへ向かって制動、次なる荷重移動を開始する。

一連の操作とそれに対する動きが自らの感覚とシンクロした時、ドライビングプレジャーは生まれる。
より集中できるコース環境で、それが続けば続くほど、快楽は深まっていく。

奥豊後の広域農道群と同等かそれ以上、九州随一のスーパーワインディング。
素晴らしいコースを知ってしまった。

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コースをトレースするには、いくつかの分岐を間違えることなくクリアする必要がある。
南郷〜諸塚区間とは異なり、諸塚〜日之影区間は比較的、案内はしっかりしている方だと思うが、地名がわかならないと判断に迷う。
諸塚〜日之影という区間名を覚えておけば、正しい道を選択できる。

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あまりにも素晴らしいワインディングで、走りに熱中した結果、ほとんど撮影もせず、かなりの長距離を走り切ることになった。
最後は日之影の青雲橋辺りで、国道218号に突き当たって、宇目須木大規模林道は終焉を迎える。

手元のツーリングマップルでは、このルートは示されておらず、判別しトレースするのはやや難しい。
「宇目」と「須木」という行政区域名も現在は残っておらず、始点終点のイメージもつきにくい。
さらには、これで全区間というわけでもなく、全区間を探訪しようというなら、それこそ壮大なプランになるだろう。

 

長大なアドベンチャー・ワインディングを一気にクリアして、身も心も昂ぶった状態のまま、R218を高千穂方面へと向かう。
高千穂から国道325号で高森。またまた阿蘇の内部へ。
南阿蘇からグリーンロード南阿蘇に入り、本日最後のワインディングを楽しむ。

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途中の展望台で、何時間ぶりか、エスから降車。
ゾーンに入ったら、とにかく走り続けてしまう癖が出てしまっていたようだ。

夕刻の阿蘇が、静かに眼前に佇んでいた。

2019 07 20 26

外輪山を越えて、西原村経由で大津町へ。
前回給油時からの距離計は、既に400kmを超えている。国道57号のGSに到着する直前で、フューエルメーターはブラックアウト。
空の燃料タンクに入った燃料は、ちょうど43リッター。残り7リッターでエンプティーというところだけは、実に正確。覚えておいて損はない。

R57沿いのビジネスホテルにチェックイン。
街中ではないため、居酒屋探訪は休止することにした。
旅もいつの間にか8日目。ちょっと疲れが出たのかもしれない。

 Posted by at 12:21 PM
7月 072019
 

2019 07 07 01

加計呂麻島から戻った大島で、翌朝を迎えた。

大島の初日は大雨で、走りも景色もほとんど楽しむことができなかったが、滞在最終日のこの日は、朝こそ雲が多かったものの、天候としては悪くなさそうだ。
陽が高くなりつつある時間、大島の北側、県道82号を北上するところからスタート。

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大島の北端に続く道は、穏やかな丘陵地帯を行く。
険しい山岳地帯がほとんどの大島では、この辺り一帯でしか見られない珍しい地形。優雅なドライブが似合うステージだ。

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あやまる岬

美しい海岸やビュースポットが集中する中でも、あやまる岬の知名度と眺望は随一かもしれない。
岬のパーキングは整備されており、芝の丘には洒落た建物のカフェ。
岬全体を取り巻くトロピカルな雰囲気は、南国の情緒たっぷりだ。

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県道601号〜602号で、大島最北端の半島を周遊。
あやまる岬から北側は交通量が激減し、離島の雰囲気が一層高まる。

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大島は人口も多く、意外と離島の空気感が薄いというのが、直感的な印象だった。
本土から遠く離れた離島というイメージもあってか、印象が増幅されていたというのもあったかもしれない。
そういった中で北端で出会った風景には、離島の最果て感が詰まっていて印象深かった。

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奄美大島にはその端々で、まったく異なった表情が潜んでいる。
それほどのボリューム感を感じるからこそ、愛車でのドライブは格別で、満足感が高い。
離島感が薄いというのは、目に見えやすい部分だけ。時間と労力をかけて訪れる価値は、十分にある。 

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赤木名で国道58号に入り、龍郷から県道81号に入る。
大島初日に西郷南洲翁謫居跡に向かった道だが、今井崎経由で半島を周遊して、名瀬に至ろうというプラン。
混雑するR58のバイパスと呼ぶには距離が長いが、その分、交通量は少なく、走りが楽しめる可能性は高い。

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2日前とは比べようもない好天。シーサイドラインの2車線路が、黒いオープンカーを島の奥へと誘う。

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岬を回り、シーサイドラインから内陸に入っていく。
景色は平凡になっていくが、反比例するようにコースはワインディング度合いを増していく。
交通量は思った以上に皆無に近く、エンジンを歌わせるには絶好のコンディションだ。

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名瀬の街を見下ろす丘の上に至るまで、爽快なワインディング・ロードが続く。
R58だけを走っていてもわからない、離島ワインディングの真髄が潜む極上ロード。
しかし、晴れ間の少ない奄美の空の下、走りたかったのはここだけではない。

R58を再び、古仁屋方面へ。この3日間で、何度このルートを往来していることか。
いま走りたいのは、R58ではない。 住用を過ぎて県道85号にスイッチ。

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宇検村の中心部、湯湾までは2日前に逆方向で走っているが、湯湾から先、北向きに行く県道79号は、この日のために取っておいたのだ。

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しばらくは入り組んだ焼内湾沿いの道。
複雑な海岸線をトレースするため、素早くステアリングを切り、無数のコーナーを抜けていく。

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延々と続くかと思われた標高0mの道は、いつしか山岳路へと変貌。
タイトなコーナーをクリアし、青空に向かってヒルクライム。
奄美の青空に、S2000宝玉の直列4気筒、F20Cの咆哮がこだまする・・・!

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素晴らしいワインディング。
奄美大島最高峰の湯湾岳と海に挟まれた山岳路は、予想以上に曲がりくねり、ドライバーを刺激する。 

加えて、どこまでも突き抜けるように青い海と空。陽光は澄み渡り、空気の淀みはまったくない。
透き通った景色に身を投げ出すようにして、目の前のコースに立ち向かっていく。

最高の景色に、最高のコース。
奄美群島の山岳島のワインディングには、凝縮された走りの楽しみと、ありのままの自然景観を堪能する楽しみの両方がある。
離島離れした走りのステージと、南国そのものの景色の存在は、奄美を極上の離島ツーリングステージとして君臨させていると言っても過言ではない。

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K79は大島随一のワインディングであり、ロングコース。
果ては名瀬の街。この日は朝が遅かったことから、既に時刻は夕方に差し掛かっている。

 

絶対的に走った時間は長くはなく、幾多の旧道、支線も走ってはいなかったが、続きは別の趣向で島を堪能してみよう。
エスを駐車場にデポし、名瀬中心街の散策を開始。 

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奄美における政治・経済の中心地である名瀬は、離島とは思えないほどの市街地を形成している。
アーケード商店街もしっかりとあり、本州の地方都市とほとんど絵的には変わるところがない。

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西日に照らされた町並みに、そこはかとない郷愁めいた空気を感じる。
ただここは、南の海に浮かぶ奄美群島の島。良くも悪くも、大島の中心部の南国らしさは薄味。

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街の中心部から北東のエリア、屋仁川通り周辺は、飲み屋が集まる歓楽街。
この日はまだ運転が残っているので一軒覗きに、というわけにはいかないのだが、興味を惹かれる店もちらほら。

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飲み屋に行く代わりに、レトロなカフェで一服。トロピカルなかき氷をいただく。

日中の刺すような日差しは鳴りを潜め、柔らかな西日が街を包んでいる。
奄美では貴重な晴天の一日が終わろうとしていると同時に、奄美を離れる時間も迫ってきた。

最後にもう一度、奄美の風景を目に焼き付けたい。
そう思って市営駐車場に停めていたエスに戻り、港を横切り県道81号へ。

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目指すは、名瀬を一望する展望スポット。急坂を登りきった先には。

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名瀬の港越しに街を見下ろす絶好の展望。
こうして見ると、歩くと広く感じた名瀬の街も、それほど大きなものには見えない。

展望台には人だかり。
それもそのはず、ちょうど夕日が沈む、その時だったのだ。

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見れば、まさに今、夕日が海に沈もうとしている。偶然にしては出来過ぎなこのタイミング。
偶然日没の瞬間に立ち会うのは、昨年11月の四国ツーリング、四国カルストでの瞬間が記憶に新しいが、またしても。

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四国カルストは山の稜線への日没だったが、今回は水平線に沈む夕日。
はっきりとした海の水平線に沈むのをこの目で見るのは、どれだけぶりだろうか。

夕日は動きを止めることなく、刻一刻と海原に身を沈めていく。
望遠レンズに交換する隙もなく、ただひたすらに、その一瞬一瞬を目に焼き付けた。

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グランド・フィナーレ。
奄美の旅は、その最後に相応しいか、それ以上の鮮烈な印象を残して、終わりを告げた。

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闇の帳に支配されつつある名瀬の港と町。

今夜、この港を出港する鹿児島行きのフェリーに乗り、島を後にする。
ほぼ丸3日間の間、島を堪能したにもかかわらず、やり残したことがたくさんあるようで名残惜しい。
いつかまた逢える時が来るのだろうか。

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丘を駆け下り、名瀬の港へ。
島の夜の闇は想像以上に視界を奪う。港周辺は真っ暗で、どこに乗り場があるか判別するのに時間がかかった。

ようやく見つけた切符売り場は、外の暗さからは想像もつかないほどの長蛇の列。しかも今夜出航の便は満席との表示が。
14年前、同じGWの旅で復路の便が大混雑で、寝るどころではなかった記憶が蘇る。
ただ、今回は帰りの便も予約済み。二等ながら指定席ということで、車輌乗船の手続きが済みさえすれば、問題はない。

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決して大きくはないマルエーフェリーの船体だが、低床車でも難なく乗用車用の甲鈑に居場所を確保できる点は素晴らしい。
車両自体はそれほど混まない航路だが、トラックが多く、船体が小さいので、やはり予約しないと不安が先立つ。

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マルエーフェリーの良いところは、二等でも指定席だというところもある。
しかも簡単な仕切りもついていて、内装も新しい。シャワールームもあり、意外と快適。
満席だという割には空いていて、出港後もすべての席が埋まることはなかった。

東シナ海に浮かぶ奄美群島から、一晩で九州、鹿児島に到着する。
時間で言えばそれくらいのものなのだが、やはり特別な地であることには変わりはない。

 

S2000で訪れた奄美の島々。
それは決して忘れることのない想い出として、これからずっと記憶の中に留まり続けることだろう。

 

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 Posted by at 3:24 PM
6月 242019
 

2019 06 22 01

安脚場戦跡公園から、もと来た狭い道を戻る。
諸鈍、生間と戻ってK614。
対岸に古仁屋の街を望む大島海峡は、朝のぼんやりした風景から、陽光鋭い夏海のような風景に様変わりしている。

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朝、渡船が着岸した瀬相の港を通過し、島の西側へと向かう。
県道を走っている分には、道路の状態はまったく問題ない。
ほとんど走っているクルマもおらず、ドライブを楽しるのかといった心配は、どうやら杞憂に終わりそうだ。

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地図上では海沿いを走るルートのように見えるが、実際には海の見える区間は限られている。
それほど島の地形は、起伏に富んでいる。大島もそうだが、加計呂麻島もその例に漏れず、海に突き出した「山」でというのが実態なのだろう。

薩川の集落に分岐があり、県道をひたすら進んでも変化に乏しいので、少し寄り道をしてみる。
先には芝という集落があるだけだが、行って帰ってくるだけの道にこそ、印象的な風景が待っているかもしれない。

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小さな集落には、島唄を大音量で流す移動販売車が停車しており、住民が品定めをしている。
静かな生活の場を邪魔するわけにはいかないので、少し離れたポイントで降車。ガードレールの向こうに広がる海の青さに声を失う。

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加計呂麻島の海は、まさに手付かず。
入り組んだ地形が無数の浜を形成しているが、住んでいる人の数が、島の大きさと浜の数に対して圧倒的に少ないからか、ほぼ自然のままの姿で残っている印象がある。
大島でもそうなのだろうが、加計呂麻島は更にその印象が強い。

よく自然のままの海とその周辺環境が残る島として、沖縄よりも奄美、と言われるが、奄美大島より加計呂麻島、とも言われる。
それほど加計呂麻島の手付かず感は、特筆に値する。ここは無人島ではなく、ある程度の大きさをもった有人島であるから尚更だ。

2019 06 22 10

県道まで戻って、更にその先に向かうと、2車線の峠道が現れる。
全体的にワインディングテイスト高めの加計呂麻ロードだが、こういった本格的ワインディング・ロードはそれほど多くはない。
久しぶりにエスのポテンシャルを発揮できるステージ。僅かな区間ではあるが、ドライビングを楽しむ。

2019 06 22 11 2019 06 22 12

峠を越えると、コーナーの先にはこれまでとは桁違いに明るく、青い海が視界に飛び込んでくる。
先には、特徴的な石垣と樹林帯に囲まれた民家が点在していた。島の西の端に位置する、実久の集落だ。

2019 06 22 15

実久

これまで通過した集落とは異なり、段違いに南国風情が漂っている。
石垣に見えた塀は、石ではなく珊瑚の化石の積層体。見たこともない形態に、思わずレンズを向ける。

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島唄を流す移動販売車「とらや」は、諸鈍、芝に続きここ実久でも見られ、空き地にはヤギが寝そべっていたりと、違和感の塊のような集落だ。
違和感ならば、この地に降り立ったS2000のある風景もそうだろう。
練馬ナンバーのオープンスポーツが、加計呂麻という都会から遠く離れた島の最果てに佇む光景には、多少なりともインパクトがあるはずだ。

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実久の集落はその他の集落とは異なり、観光と思わしきクルマと人で賑わっていた。
クルマは奄美ナンバーのレンタカーばかり。加計呂麻島には少数のレンタカーしかないので、大抵の場合、大島で借りたレンタカーをそのまま渡船に載せてここまで来るようだ。
そのため、大島と加計呂麻島を結ぶ船の車両搬送枠は、早々と埋まってしまう。そんな気がしたので、昨日予約しておいたわけだ。

実久に人が集まっているわけは、おそらくその海。
実久海岸と呼ばれる浜は、その色彩から「実久ブルー」という憧れの念を抱いた言葉によって知られている。

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白浜に降り立つと、実久ブルーが異邦人を迎え入れてくれた。
海は明るく鮮やかなブルーだが、浜の白さと輝度差があり過ぎて、相対的に暗く見えてしまう。
実のところは表現し難いほど明るく澄んだブルーであり、それが沖合へ進むほど深淵なブルーに変色していく様は、想像を絶する美しさだ。

対岸には大島の山並みが控える構図もまたいい。絶妙の箱庭感が、プライベートビーチ感を一層引き立たせる。
そんな絶景のビーチでランチタイムとすることに。今朝、古仁屋の惣菜店で調達しておいた弁当を広げ、コーヒーを淹れる。

2019 06 22 19

3日目に南阿蘇のモンベルで購入したSOTOのテーブルが、早速活躍する。
以前登山をやっていた頃の初期物のジェットボイルで湯を沸かす。
カップは昨年の九州ツーリングの際、鹿児島の雑貨店で購入した中古の軍モノだ。

眼前に広がるビーチを眺めつつ、のんびりとコーヒーを楽しんだら、海へ。
目の前にこれほど美しい海が広がっているのに、泳がない選択肢はない。
ボードショーツに履き替え、シュノーケルを手に、ここ加計呂麻島でも有数の美しさと言われる実久の海へ。

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前日の雨のせいか、残念ながら海中の透明感は今ひとつ。
沖合の潮の流れが早そうだったので、あまり深入りしない程度に海中散歩。

思えば14年前も、キャンプした屋鈍海岸にてシュノーケリングを楽しんだものだ。
あの時は鮮やかなサンゴ礁と熱帯の魚たちを楽しむことができたが、実久では残念ながら岩礁のみ。
海中の地形にもよるので一概には言えないが、大島の海だって捨てたものではない。

2019 06 22 21

海中の景色は今ひとつだったが、ツーリング中の海中散歩を14年ぶりに再現できた経験は、何事にも代えがたい満足感として記憶に残る。
のんびりと南国の海を楽しみながら過ごした時間が、この旅を一生忘れられない経験として、心の奥底にずっと残り続けるのだろう。

2019 06 22 22

 

・・・・・・・

 

実久海岸でのんびりと南の海を堪能した後、K614を瀬相の港に向かって引き返す。
加計呂麻島にはまだ多くの集落があり、世にも美しい浜辺が多数隠れている気がするのだが、残念ながら船の出航時間が迫っている。
往路だけでなく復路も予約しておかないと帰れなくなってしまう可能性が高いので、14時台の船を往路と同時に抑えていたのだ。

加計呂麻島の道がどれほど走りやすくて、どの程度時間を要するかが正確には読めず、今回の構成になったわけだが、くまなく楽しみたいのであればもう少し時間が欲しいところではあった。

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瀬相の港で、乗船券を購入。予約はスペースを確保しているだけなので、乗船券は乗る前に購入しなければならない。
港の目の前には、物産館のような店があったので覗いてみる。島で見かけた店は、後にも先にもここだけ。
島民向けに生活用品を売るような商店は探せばあるのだろうが、部外者向けの店は見かけない。

2019 06 23 24

船の発着に合わせて港に集結する加計呂麻バス。
島内には他に公共の交通手段が無いため、船の着岸後、来島者を乗せて各路線に出発。次の船が来るまでに帰ってくる。

実久で訪問客を満載した加計呂麻バスが先に出ていったが、船の到着間際になってようやく到着した。慌てて切符を買いに走る人々。

2019 06 23 25

島内では人の他に物資も運び、乗りたい場所で乗れ、降車したい場所で降りられるとか。
島には欠かせないライフラインであり、島の魅力を島外の人々に伝える伝道者でもある。 

2019 06 23 26

フェリーかけろまが、今朝と同様の定位置に着岸した。
岸に着くなり、人やバイク、クルマが入り乱れての乗下船が始まる。

2019 06 23 27

車両甲鈑は当然のごとく満車。びっしりと停められたスクーターで、助手席のドアが開けられない。
長距離フェリーほどの繊細な積み込みは期待できないので、多少の覚悟は必要だ。

加計呂麻島の滞在時間は、おおよそ7時間。
島の背骨である県道を端から端まで走ったわけだが、集落は半数も訪れていないかもしれない。
そういった意味では、本当に堪能できたかは微妙なところではある。

ただ、飾り気のない南の島の風情を味わうことができたことは確か。
それに加え、クルマで渡ってここまで走れる島もそうそうないわけだから。

 

東京からの陸路と海路による距離、時間を考えれば、最果てと言ってもよいであろう奄美の最端部。
この地までS2000というオープンスポーツカーで到達したという経験は、14年前の奄美大島ツーリングに続いて、決して忘れられない記憶として残り続けるだろう。

 

2019 06 23 28

 Posted by at 12:11 AM
6月 152019
 

2019 06 10 01

古仁屋の宿を6時にチェックアウト。
まだ眠る街の中で、既に営業開始していた弁当屋に立ち寄ってから、昨日も訪れた海の駅に向かう。

ここはフェリー乗り場を兼ねている。
昨日予約していたフェリーのチケットを購入。朝一番の便に乗船すべく桟橋へ。

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わずか30分程度の船旅。
早朝出航の第1便にもかかわらず、小さなカーフェリーは車両も乗客も満車&満員だ。

渡船は、島のまた先の島の港に着いた。
古仁屋の対岸、大島海峡の先にあるその島の名は、加計呂麻島。
見るからに複雑な地形。海岸線が入り組み、平らな場所などまったく見つけられないような、奇妙な形をしている。

決して小さくはない島だが、暮らしている人の数は1000人程度だという。
対岸の大島には6万人も住んでいることを考えると、島の大きさに対する人口の少なさには何か特別なものを感じる。

かつて奄美大島を走り、AMAMIの魅力を知って以来、地図上の奄美群島でずっと気になり続けていた島が、加計呂麻島だった。

憧れた島への初上陸。昨日の大島到着時では得られなかった、初上陸の高揚感を味わう。
早朝の港は、大島からやってくる人と物を待ちわびていたかのような賑わいに満ちていた。

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到着したのは、加計呂麻島の玄関口である瀬相港。細長い島の、ちょうど中間点あたりに位置する。
島の唯一の県道として敷かれるK614は、大島海峡側の海岸線を縫うように、島の端から端までをつないでいる。
それ以外に道がどれだけあるかは、地図では詳細を読み取ることはできない。噂によれば、県道以外の道は相当荒れているとのことだが。。

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K614を、島の東の方に向かって走り出す。
予想通り、島の海岸線を走っているとは到底思えないような、アップダウンを伴った道筋が続く。

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良くも悪くも、普通の島の道。とはいえ、昨日は一切拝むことのできなかった青空は眩しい。
昨日までの雨で濡れ切った路面と緑が、朝の陽光に照らされて光り輝いている。

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生間まで来たところで、県道は塞がっていた。
通行止とは書いていないので通り抜けられるのかもしれないが、島の道を無理できるほどの悪路走破力を持ち合わせてはいない。
無理をせず迂回路へとノーズを向ける。

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諸鈍

程なくして、海沿いの集落に出る。
海沿いの集落はここまでいくつも遭遇したが、ここは大島海峡とは反対側。
島の地形があまりにもくびれているので、あっという間に反対側の海に出てしまうという面白さがある。

諸鈍の集落には、立派なデイゴの並木があった。堤防に沿って自由奔放に枝を伸ばす姿は、触手を伸ばす怪物のようだ。

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島の玄関口から遠く離れた諸鈍の集落は、「男はつらいよ」の最後のロケ地として有名な場所だそうだ。
暖かな気候、穏やかな海、ゆったりと流れる時間。寅さんが最後に愛した地であるということにも納得がいく。

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朝の空気は陽が高く上るにつれ、南の島の蒸し暑さと爽やかさを同居させた、独特の空気に変わっていく。
諸鈍の海を離れ、さらに島の南東端に向かって、心細い道を行く。

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先の集落につながる町道は、まさに密林の中の道筋だが、舗装が途切れることはなかった。

この道にも、マイクロバスながら島バスが通る。
たった1000人と少しの島に、30の集落がある加計呂麻島。
その集落を結ぶ加計呂麻バスの運行が、道路をかろうじて正常に保たせているような気がする。

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徳浜

道は、海の手前で唐突に途切れる。
加計呂麻の最南東端に位置するであろう徳浜。
東シナ海に面した大海は、どこまでも光り輝く鮮やかなブルー。白浜には無数の白いサンゴの化石が堆積している。

突き出した小さな半島に守られるようにして、穏やかに輝く海辺。
時間的にも距離的にも、都会から遠く隔絶された地に身を置いていると、自分がふと何者かがわからなくなる。
エスの存在だけが、自分を現実に居場所のある存在として、思考をつなぎとめている。

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徳浜から諸鈍に戻る。生間まで戻ると、その先は土砂崩れで通ることができない。
よって諸鈍から安脚場までは、町道とも林道ともわからない迂回路を行くことになる。

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離島のこの手の道は、相当の理由が無いと入り込むことはない。迂回路指定があるから、進入したまでだ。
クルマ1台通れる幅しかない山中の路面は、当然ながら荒れている。

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低床のスポーツカー泣かせの路肩崩れ。
崖っぷちではないだけまだいいが、とても気を許せるものではない。
フル減速の後、右タイヤの内側の角を使って脱輪を防ぎつつクリア。

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さら進むと今度は、道路と沢が一体化。洗い越しどころか、川そのもの。
まったく気が抜けない。

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安脚場戦跡公園

大島海峡の東側の入口の岬の高台に到着。
ここは加計呂麻島でも有数の観光スポット。高台からは、大島海峡を挟んで大島の景色を一望できる。

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この地は大島海峡の入口という特性から、第二次世界大戦時は基地防衛の最前線として大きな役割を果たした。
東シナ海にあって地形的に穏やかな大島海峡は、格好の海の基地となったはずだ。
その進入口において、敵艦の侵入を防ぐべく最前線基地として機能したのが、この安脚場という場所。
いまでもその頃の建物や構造物が、ひっそりと残っているのだ。

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完全に廃墟と化しているものの、戦後70年以上経った今でも生々しさが感じられる。
穏やかな島の端部に忘れてはならぬ歴史の断片が残っていることに、世界を巻き込んだ戦争の史実と、関わった人々の悲壮感に感じ入る。

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ふと振り向けば、そこには絶景が広がっている。
煌々と未来を照らすかのように輝く海。戦争の時代も同じ景色だったはずだが、感じ方はまったく違ったに違いない。

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 Posted by at 4:10 PM
6月 072019
 

2019 06 07 01

令和の時代の最初の朝、船から降り立ったS2000。
南の島特有の湿度感。ここは本土ではない、遠く離れた離島であることを、早速身を持って知る。

その反面、港のある街中の道を走っている分には、異国感は薄い。
眼前の道の風景は、離島であると言われなければわからないほど、本土のそれと同化していた。
14年前に訪れた時もそうだったろうか。

 

・・・・・・・ 

 

2005年のGW、当時の愛機、シビックタイプR(EK9)で訪れた地、奄美大島。

14年の時を経て、現在の愛機S2000で初めて降り立つ南国の島は、いまだに記憶の中に深く刻み込まれている。
記憶を手繰り寄せ、港のある名瀬の街を通過し、島を走る唯一の国道、58号線を南下するルートを取る。

島というより、険しい山岳が海から突き出したかのような奄美大島。
その島を縦断するR58は、必然的に峠道の集合体となるが、島の主要な幹線道路の位置付けから、峠は長大なトンネルでバイパスされている。
そのトンネルひとつひとつが、離島のトンネルとは信じ難いほどに長い。

トンネルに入る度に、フロントガラスが急激に曇る。
湿度と温度が異様に高いトンネル内の空気が、エアコンの冷気によって急激に冷やされて、あっという間に視界を奪う。
じっとりとまとわりつくような湿った空気は、雨のせいもある。R58を南下するにつれて、雨脚は強くなっていく。

東シナ海に浮かぶ「山脈」である奄美の島は、隣島である屋久島同様、雨の非常に多い気候的特徴があるのは想像に難くない。
南の海からの湿った空気が山の壁にぶち当たり、雨雲となって多量の降雨をもたらすのだ。
それが豊かな自然を育む一つの要素となっていることは想像できるが、十数年ぶりに再訪する旅人にとっては無念と言わざるを得ない。

奄美の日照時間は、国内でも有数の短さだという。晴れた日に当たることの方がレアケースなのだ。
思えば14年前も、それほど天気が良かったわけではなかった。滞在時に晴れればラッキーというのが実情だろう。
せめて梅雨入り直前の、比較的晴れ間が多い時期であることだけが救いだったが、期待通りとはいかないのだろうか。

名瀬から南下して、南端の瀬戸内町古仁屋までは、思いのほか長く時間がかかる印象だ。
ほとんどの峠をトンネルで越えるにしても、かなりの距離がある上、かつ走っているクルマもそれなりに多いためだ。
これでも後半の網野子峠はトンネルが開通していて、14年前より所要時間は短縮されていたのだが。

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古仁屋の港にある海の駅に立ち寄り、情報収集。
その後、県道626号に入り、ショートワインディングを楽しむ。

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雨は小康状態だが、身の回りのすべてが海中に沈んだかのように、景色は暗く沈んでいる。
小さな展望台に降り立つと、南国らしい植生に異国感がようやく増してきた。

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K626はヤドリ浜まで。透き通った海も、どこか寒々しい。
14年前も訪れているが、やはり天気はいまひとつで、同じような印象だった気がする。

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古仁屋に戻って、県道79号へ。
K79の前半は、奄美海峡沿いのシーサイドワインディング。
再び強くなり出した雨の中、悪天候によって消沈した意識を吹っ切るように、アグレッシブ・ドライビング。

R58とは一転して、まったく走っているクルマもおらず、ペースは格段に速くなる。
ただそれも、海沿いの区間のみ。K79は半島先端まで向かわずに、途中から内陸に入って宇検村を目指すルートになる。
内陸部に入った途端、それまでの快走路は鳴りを潜め、山中の狭路へと変貌する。

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密林に覆われた道路は暗く、そして狭い。
その上、降り注いた大量の雨水が、路面上を川のように流れている。
滝のような川を遡上するように、ジャングルの峠道を行く低床のスポーツカー。

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特にこの島に限ったことではない、R styleではお馴染みの光景ではあるが、奄美でのそれは完全に探検隊の様相。
前回のEK9よりも遥かに違和感の大きい、オープンスポーツS2000での奄美探検を目撃することは、島にとってはちょっとした事件、とは言い過ぎだろうか。

宇検村に出たら、県道85号にスイッチ。K79はまだ先に続くのだが、この天候の中で走るのはもったいない気がした。
K85も、タイトコーナーが続く山中ワインディング。K79とセットで走れば、奄美の離島らしからぬ地形のバラエティと険しさを理解できるルートになる。

2019 06 07 11

R58に出たら、再び名瀬に戻る方向へとステアリングを切る。
途中の住用村で、国道上から広大なマングローブ原生林を見下ろすことができるポイントを発見した。

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このマングローブ林をガイド付きカヤックで巡ったのは、14年前の奄美ツーリングの印象深い思い出のひとつ。
この雨の中でも、色とりどりのカヤックが、マングローブの密生地を泳いでいる。

2019 06 07 10

R58で名瀬を通過して、今度は龍郷へ。
本日はもはや走って楽しめる状態ではないと感じ、ならば晴れた時なら行かないようなスポットに寄ってみようという心持ち。

 

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奄美の郷土料理と言って、まず挙がるのは「鶏飯」。
その鶏飯の名店と聞いて訪れたのが、龍郷にある「ひさ倉」という店。
国道沿いに目立たない佇まいであるのだが、既に昼時ということもあり満員だった。

多少の待ち時間の後、ありついた鶏飯は、濃厚な鶏スープのお茶漬けといった感じで、大変美味しい。
スープだけでも何杯もいけるような具合。たっぷり2杯程度の量にも満足し、次なるスポットへ。

 

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西郷南洲翁謫居跡

同じ龍郷村の竜郷集落にあるスポット。
南洲とは西郷隆盛のペンネームのようなものである。

西郷は当時の薩摩藩主、島津久光によって2度流刑に処されている。
1回目に奄美大島に流されたのは、幕府から身を隠すためという意味合いが強かった(2回目は本当に流刑)が、この時はこの地で島嫁と共に暮らしていた。
刑が解かれ薩摩に戻る際、妻である愛加那と、その間に生まれた2人の子供のために建てた家が、この場所にあったそうだ。

密林の中に埋もれるようにして、凛と立つ藁葺の民家は、西郷が建てた家をそのまま再建したものだ。
愛加那さんのご子孫が管理されているらしく、個人宅の敷地内にある。
ご厚意で内覧させてもらえるそうだがご不在だったので、周囲から雰囲気を感じ取るにとどめておいた。

 

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田中一村美術館

奄美パークという大きな公園施設の中にある。
田中一村は関東出身の画家だが、奄美大島に移住後、大島紬の染色の仕事をしながら絵を描き続け、この地で没した人物。
その画風から、日本のゴーギャンと称される一村。大胆な構図による原彩色の絵には、当然ながら奄美の自然を題材にしたものが多い。

と思って鑑賞したのだが、奄美の絵はあまり数多くなく、奄美に移住する前の絵が展示の大部分を占めていた。
思い描いていた絵にはあまり出会うことができず、少々不完全燃焼。
むしろ古代の建物を彷彿とさせる高床式連棟の建築が特徴的で、素材感も良く、印象に残る。

 

郷土料理を楽しみ、歴史スポットを訪問、そして美術鑑賞。あっという間に奄美の時間は過ぎていく。
龍郷のディスカウントストアでお土産を物色した後、再びR58で古仁屋へ。
到着した頃には既に夕刻で、早くも投宿の時間になっていた。

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奄美の夜。
島人が集う素朴な居酒屋でゆったりと時間を過ごしてみたいというのは、今回の島旅で楽しみにしていたことのひとつ。
南国の色香漂う夕暮れの古仁屋の街の一角に、店の明かりは灯っていた。

2019 06 07 17

港で揚がった海の幸を中心に、ごく一般的な酒のアテが揃うメニュー。
まったく観光地然としておらず、地元の人々の日常使いの店というのが却っていい。その土地の普段着の食と酒こそ、旅先の贅沢。

2019 06 07 18

酒は黒糖焼酎。奄美群島でしか生産が許されていない、まさに島酒。
ありとあらゆる蔵元の黒糖酒が取り揃えられており、地元民によるお任せで嗜む。
14年前の訪問時には、正直その良さがまったくわからなかったものだが、加齢が進んだ舌と内臓には、黒糖の旨味が至上の贅沢とさえ思える。 

2019 06 07 19

店内は繁盛しており、席はいつの間にか地元の方々で満席。
明るい女将さんと、小気味よく働く給仕のお姉さん方の対応も非常に心地が良い。
すっかり奄美の夜に同化し、無数の黒糖焼酎を味わって、夢見心地の気分。
14年前の夜の楽しみ方とはまったく趣向が変わってしまったが、だからこそ新鮮に旅を続けられているのだ。

2019 06 07 20

雨はいつの間にか止み、ねっとりとした南国特有の湿気を含んだ空気が、夜の港町に漂っている。
雨雲は急速に奄美の空から流れ出て、宙の色が頭上を覆う。
海と空と緑がキラキラと輝く、14年の時を経てどうしても会いたかった南の島の素顔に出会える予感がした。

2019 06 07 21

 Posted by at 11:55 PM