1059

5月 192024
 

2024 05 16_19.

Beach Uppama

上陸の翌日、いよいよ本格的に沖縄本島を走り出す。
名護から、まずは今帰仁(なきじん)方面へとS2000を走らせる。

ルーフはもちろんオープン。まとわりつくような湿気が、容赦なくコックピットに入ってくる。

2024 05 16_01.

市街地を県道を頼りに抜けていく。
上陸直後から、見る青看がほとんど剥げていて用を為していない。これが沖縄スタンダードなのか。
ただでさえ解読が難しい地名を、看板でも判別できないので、想定のルートをトレースすることだけでも難易度が高い。

ナビという文明が存在しないR styleの世界では、ツーリングマップルが必需品。
2024年度版を新規購入し準備万端だったが、こと沖縄のページに関しては、縮尺が小さ過ぎて、市街地の中の道を判別するのは相当難しい。(一度見てもらえればわかるはず)
名護市内のルーティングの難しさもなかなかのもの。郊外であれば問題はないが、本島南部ではどうなることか。。

2024 05 16_02.

県道72号で今帰仁村の中心部を過ぎ、両脇に農地が広がる道を行く。
これだけ見てると沖縄感はそれほどないのだが、異国感があるのは民家の佇まいの方である。
本土とは全く異なる鉄筋コンクリート造の町並みが、島旅の情緒を刺激する。

2024 05 16_03.

K72をずっと走っていたら運天港に出て行き止まってしまったので、近くの展望緑地のようなところに来てみた。
展望台から、崖下の海原に横たわる長大な橋を一望。

2024 05 16_04.

今回の沖縄ツーリングは、本島とそこから陸路(橋)で行ける島々に限定して巡ることをテーマに据えていた。
まずは本部半島北部に浮かぶ古宇利島へと渡る。

2024 05 16_05.

古宇利島へはまず屋我地島に橋で渡り、そこから古宇利大橋で渡る。先程、展望台から見た橋が、その古宇利大橋だ。
ほぼ円形の古宇利島へと渡る橋は全長1,960m、2005年に開通した通行無料の橋。
観光素材として申し分のない絶景ロードの反面、思い切り生活道路のようで、地元と思われるクルマが行き交っている。

薄曇りから時折日が差す天候で、ターコイズブルーの海面を疾走する快感を少なからず味わうことができたことは幸運だった。

2024 05 16_06.

古宇利島を一周し、再び橋を渡って、屋我地島経由で国道58号へ。
R58を北の方角に進路を取ると、やがて大宜味(おおぎみ)村に入る。

国道沿いにある道の駅「おおぎみ」で、最初の大休憩。
比較的新しい道の駅は、開店前の時刻だったので、缶コーヒーを飲みながら少しの間だけ待つことにした。

沖縄県の道の駅は、全部で10箇所。全て沖縄本島にある。
道の駅ハンティングをツーリングの楽しみの一つとしている身としては、今回、全ての道の駅に立ち寄ることを目標としていた。
滅多に来ることができない沖縄、いま存在する駅だけでも、足跡を残したい。

2024 05 16_07.

道の駅「おおぎみ」の次は、道の駅「ゆいゆい国頭」へ。
国頭(くにがみ)村は、沖縄本島最北端の行政区域。いわゆる「やんばる」と呼ばれる地域の中枢だ。

その「やんばる」に向かう表のルートが、国道58号。通称「ゴッパチ」である。(と聞いた)
R58(ゴッパチ)は、鹿児島県鹿児島市と起点とし、沖縄県那覇市を終点とする一般国道。
総延長約880kmで、国道4号を凌ぎ日本一長い国道だが、そのうち約600kmは会場にあり、大半がいわゆる海上国道ということで有名だ。

鹿児島港から種子島と奄美大島、沖縄本島を縦断して終点に至る。
昨年GWに種子島を走り、過去に2度奄美大島を走っていることから、今回沖縄本島のR58を走れば、自走が可能である範囲でほぼ走り切ったことになる。

そんな感慨を感じながら、快適なシーサイドルートを行く。
国頭村の中心を過ぎると、周囲を走るのは明らかにドライブ&ツーリング目的のクルマ&オートバイばかりとなり、快適なクルージングが続く。

2024 05 16_08.

そしてたどり着くのは、沖縄本島最北端である辺戸岬。ゴッパチはこの先の漁港まで延びているが、この岬付近が本島最北地点となる。

沖縄本島は南部に人口が集中しており、北部は言ってみれば未開の地。賑わう沖縄本島のイメージからはかけ離れた、自然豊かで静かな場所だ。
その中で最北端となる岬には、思いのほか多くの人達で賑わっていた。オートバイも多いことから、地元のツーリング目的地としても愛されているのだろう。

2024 05 16_09.

S2000を降りて、花と緑に囲まれた散策路を行く。

2024 05 16_10.

太古の昔、溶岩が流れ出て冷えて固まったかのような地形。沖縄と火山は結びつかないが、島である以上、そういった地形的歴史はあるのかも知れない。

辺戸岬はとても眺めが良い。
海の向こうには、与論島が見えた。昨日寄港した、最後の島だ。

眺めが良い代わりに風も強く、なかなか長居はしづらかった。
ならば休屋に寄ってみようということで、海の家のような開放的な建物を覗いてみる。

2024 05 16_11.

軽食コーナーのメニューを見て、腹の虫が鳴ってしまった。
大宜味の道の駅でジューシー(沖縄の五目飯みたいなやつ)のおにぎりをかじっていたが、どうにもその誘惑には勝てず。

注文したのは、沖縄そば。三枚肉のトッピングにインパクトがあるが、あっさりスープが何とも心地良い。
暑い日差しを避け、岬から流れる風を身体に感じながら食すソウルフードの味は、格別なものがあった。

・・・・・・・

辺戸岬からは、島の東側に回り込む。
奥という集落で、道はR58から県道70号に切り替わる。
ここから今度は島の東海岸沿いに何かを続けるわけだが、このルートのドライビングプレジャーが半端なかった。
あまりにプレジャー過ぎたものだから、写真がひとつもない。なので雰囲気のみ。

南北に細長い沖縄本島は、東側と西側でまるで様相が異なる。
西側が表で、東側が裏。ぱっと行って感じた印象は、まさにそんな印象だった。
ウラである東側の島北部は、まさに未開の地。密林の中を、道がウネウネと続く。

シーサイドビューが素晴らしいR58に対して、道からの眺望はほとんどない。
却ってそれが、ドライビングに没頭させる要素となっている。

この「やんばる」と呼ばれる島北部には、ヤンバルクイナをはじめとする固有種が豊富らしく、島で原初の自然が残る貴重な地域となっている。
ロードキルを発生させないように、厳重な注意を払っての走行になるが、それを差し引いても、島内でドライビングを堪能できる随一のエリアだ。

2024 05 16_12.

爽快な走りに没頭していると、道の駅があった。道の駅は路上に案内板が必ずあるが、ここにはそれがなく、危うく通り過ぎるところだった。
クールダウンを兼ねて小休憩とする。

2024 05 16_13.

道の駅「やんばるパイナップルの丘 安波」は今回行った道の駅の中でもっとも新しい道の駅だった。
道の駅の名前にもなっている、特産のパイナップルを使用したスムージーで火照った身体を冷ます。

安波から先は、更に内陸に入り込む。右へ左へ大きく弧を描くコーナリング、コーナーが続いた後に現れる豪快なストレート。
道路に覆い被さる南国の密林の中に、軽やかに回るF20Cの乾いたサウンドが響き渡る。

視界が大きく開いてくると、車窓の右手側に厳重に巡らされた柵。広大な米軍の演習場が続く。
道端に民家はほとんどなく、交通量も極小。前走車に出会っても、すぐに譲ってくれるので、多くの区間で単独行が楽しめた。
交通量の多い沖縄本島の道の中では、奇跡的なドライビングヘブン。ドライブ中のGoPro動画を見返して楽しめるのだから、間違いはない。

2024 05 16_14.

東村の道の駅で、OKINAWA driving heaven K70はいったんの区切り。国道331号にスイッチする。
少し走るとマングローブ公園があったので、立ち寄ることにした。

2024 05 16_15.

慶佐次川のヒルギ林。ヒルギとは、潮の満干の関係で海水と淡水が混ざり合う河口付近に植生する植物で、マングローブ林の中心になるもの。
ここでは、オヒルギ、メヒルギ、ヤエヤマヒルギの3種類のヒルギが見られるのが特徴のようで、特にヤエヤマヒルギはここが分布の北限だとか。

慶佐次川に沿って遊歩道が整備されているので、少し散策することに。
ちょうど潮が引いた後で、露出した川の底面には、小さなカニがおっかなびっくり歩き回っている。

30℃近い気温と高止まりの湿度で、長時間歩き続けると想定以上に体力を消耗しそう。
ある程度まで歩いたところで引き返すことにした。

・・・・・・・

既に昼の時間を大きく回っているが、このまま走り続けると、本日の停泊地には早めに着いてしまいそうだ。

沖縄に上陸して実際に走り出すまで、島の大きさ、距離感が全くわからなかった。
やんばる地方をぐるり周回するルートを取っているのだが、果たしてそれがどれほどのボリュームなのかが今ひとつ掴めずにいた。
実際には、本日ここまでで約150km。名護を起点に往復すると約200km、というのが走ってみての実際の距離感だった。

2024 05 16_16.

それはさておき、事前の予報では雨天の可能性が高かったにも関わらず、この晴天。
明日からも天気はあまり良くない予報なので、この機会を無駄にする手はない。
せっかく沖縄に来たのだから、ビーチのひとつくらい味わっておきたい。

というわけで刹那的にノーズを向けたのは、慶佐次のウッパマというビーチ。
案内看板に記載されていたウッパマという語感に惹かれた、というのが動機だったので、それ以外に情報は何もなかった。
案内の通りに集落の先の、農地の中を抜けたその先に、ビーチへと続く抜け道が。

2024 05 16_17.

その先に広がっていた景色に、思わず息を呑んだ。

白砂にターコイズブルーという、沖縄の海として思い描く通りの色彩。
ビーチという割には何の設えもなく、人工物が一切ない自然そのままの景色が眼前に広がっている。

砂浜には遠くでタープを張っているグループが1組いるのみ。ほぼ貸し切りと言っていい状態。なんということか。

2024 05 16_18.

ただぼーっと突っ立っているのが勿体無く、ビーチでカフェタイムとすることにした。
ツーリングのお供に携行しているコーヒーセットを、S2000のトランクから引っ張り出す。Helinoxのチェアとテーブルも。

陽光を遮る木陰はこの上なく気持ちが良く、いくらでも長居ができそうだ。
心地良い風は携帯性優先の超軽量ストーブにはやや厳しく、適温の湯が沸くまでやや時間がかかったが、待つだけの時間が無駄だと思うことは一切なかった。

2024 05 16_20.

ドライビングシューズをサンダルに履き替え、波打ち際へ。
恐ろしいくらいに澄んだ海に素足を浸してみる。いくら年を取ろうが、波打ち際では無邪気な心に帰ってしまうものだ。

ウッパマでのひと時は、この旅の中でも指折りの時間となった。
想像を超えた鮮やかな色彩だけでなく、その時の空気感や時間の流れも含めて、記憶に刻まれる光景となるに違いない。

・・・・・・・

2024 05 16_21.

ウッパマでかなりの時間を過ごしたことで、この日の残りのルートは自ずと決まった。
R331を南下し、国道329号にスイッチして、宜野座(ぎのざ)村を目指す。

途中、極めて物々しいエリアを通過する。辺野古地区である。
大勢の警備員が、微動だにせず道行くクルマを睨みつけている。

沖縄を知るとき、見過ごすことはできない基地問題。
恥ずかしながら地理感がまったくなく、このとき初めてここにある、ということを知ったのだが、実際の状況は、この国と沖縄の現在の姿を強烈に示しているような気がした。

宜野座の道の駅に立ち寄った後、県道104号で西海岸へ。R58を名護方面に走り、幸喜ビーチにあるホテルに滑り込む。
既に夕刻となっており、ビーチ兼ホテルの駐車場はあらかた埋まっていたが、運良く空きを見つけて駐車することができた。

2024 05 16_22.

いわゆるリゾートホテルの類だったので、周囲に街はなく、夕餉の選択肢はほとんどなかった。
ホテルに着く前に、ホテル前の居酒屋に連絡してみると、テーブルがひとつだけ空いていた。

2024 05 16_23.

時間通りに行くと、カウンター以外は既に満席。奥のロフトの席に通された。
席数は限られているが、フロアに余裕があり、ゆったりできる雰囲気。
幹線道路沿いという立地だからなのか、街中ではないからなのかわからないが、開放感があって雰囲気のいい店だ。

2024 05 16_24.

意外と言っては失礼なのだが、料理がとにかく美味だった。何を頼んでも想像以上のものが出てくる。
↑は島らっきょうの和物。島らっきょうって、こういう料理で出てくるのを初めて見たが、これが酒に合うこと合うこと。。

この他にも極上のツマミのオンパレード。ヤバい店に来てしまった。

2024 05 16_25.

冷たいオリオンビールで、この日のオープンドライブで干上がった身体を潤した後は、いよいよ泡盛祭り。
沖縄に来たからには!ということで、普段飲むことのない泡盛を銘柄ごとにいただく。何が有名で定番なのかさっぱりわからないので、そこは語感と勘で。。

2024 05 16_26.

ホールのお姉様方も、明るく元気でとても心地が良かった。
沖縄は食も酒も、想像以上に楽しめそう。翌日以降の市街地編も、にわかに期待が膨らむ。

2024 05 16_27.

ホテルは外国人向けの大雑把さで、まぁこんなもの?という感じだったが、贅沢は言うまい。
道の駅で調達した海ぶどうをつまみつつ、地図片手に明日の作戦を思い描き、夜は更けていく。

 Posted by at 10:40 PM
5月 142024
 

2024 05 12_01.

3日目の早朝、愛しの島、奄美大島近くを航行中
19年前のこの島へのツーリングが、自分を島旅の虜にした

2024 05 12_02.

出港前の乗船時風景。
今回のフェリーはそれほど大型ではないことから、乗用車と大型車、コンテナ(貨物)の積み込み口が1ヶ所に集中し、内部で階層に分かれるタイプだった。
S2000はその他の乗用車とともに、最上段の3層目へ。ロフト構造とともに、外部に開放された明るい車両甲板というのも新鮮だ。

この構造が、帰路で波飛沫の餌食となる原因だとは、この時点では露知らず。

2024 05 12_03.

鹿児島新港から錦江湾を抜ければ、奄美大島に寄港するまで漆黒の海原を進んでいくだけなので、船内ロビーにて酒盛りタイム。
絶妙に混み合った2等船室は、寝心地が良いとは言えなかったが、19年前の2005年に乗船した奄美行きフェリーの2等船室の惨状を思えば天国のようなもの。

目覚めた時には、既に奄美大島、名瀬港に入港した後だった。
日の昇った海原越しに、加計呂麻島を見る。

平成から令和に変わったその時に訪れたカケロマが、これまで自走で訪れた最南端の地となる。
それを越えた。いよいよ、未知の領域に足を踏み入れていく。

2024 05 12_04.

奄美大島以降、奄美群島の島々に次々と寄港していく。
まずは徳之島。もちろん実際に目にするのは初めて。思いのほか大きな島で、ここだけでも立派な島旅ができそうだ。

2024 05 12_05.

次に沖永良部島。徳之島に比べると、島が平べったく、圧倒的に小さな世界。
奄美群島の島々からは、中高生の団体が乗っては降りていく。部活の試合は隣島まで船で行くのが日常らしい。

また、停泊中はコンテナの積み下ろしが手際よく行われている。
旅客船ではあるが、その実は、島への重要な補給船であるというのが本来の姿なのかもしれない。

2024 05 12_06.

寄港する中で、一番小さいのが、次の与論島。鹿児島県最南端の島である。
次は沖縄本島なので、本島のすぐ北の与論島までは鹿児島県なのだ。
とても小さな島の港は、まるでサンゴ礁の上に造られたかのような、唐突感満載の景色の中の構造物だった。

2024 05 12_07.

船の甲板上から眺める景色は、既にコレである。早くも楽園感満喫。

港に停泊する度に外に出て、段々と鮮やかさを増幅させる景色を楽しんでいたが、目的とする沖縄本島の本部港の到着は夕方。
乗船から約23時間の船旅。洋上なので、携帯の電波は届かない。船内には一応Wi-Fiはあるが、ほぼ使い物にならないので、航行中は外部から遮断される。
船内のアメニティは皆無に等しく、何も対策がなければ、なかなかに暇である。

睡眠で時間を潰すことができる人であれば支障はないかもしれないが、あいにくそういった体質の持ち主ではない。
ただ、船旅には多少慣れているつもりなので、事前の対策は施している。今回はポルシェの雑誌がMVP。定番モノと普段触れない紙面を携えるのがR style流なのだ。

2024 05 12_08.

与論島を出港すると、次はいよいよ沖縄本島だ。
沖縄本島までは、ほぼ丸1日を船上で過ごすことになる。それすらも楽しみに変えて、未知の島の上陸に備える。

16:30頃、沖縄本島中部の本部港に入港。
車両甲板に戻ると、すぐに下船案内が始まった。船はこの後、最終目的地の那覇港に向けて出港する。本部港での停泊時間はほんの僅かなのだ。

本部港に降り立つと、上陸の感慨もそこそこに、真っ白な路面の国道449号を走り出す。

2024 05 12_09.

シーサイドハイウェイを軽やかに走っていると、やがて名護市街に入っていく。
信号待ちの眼の前には、同じ船内で異彩を放っていた沼津ナンバーのベントレーが。

2024 05 12_10.

下船が既に夕刻だったので、この日のホテルは本部港にほど近い名護市内に確保しておいた。
本土でもお馴染みルートイン。その佇まいと内部の設えは、沖縄らしさなど微塵もない。(謎の屋上露天風呂は異様だが)
沖縄らしさの堪能は明日以降と割り切ったうえでの、敢えての選択である。

2024 05 12_11.

上陸して間もない沖縄だが、その違いを身を持って知る。
雨が降っていたわけではないと思うが、空気のまとわりつき感が本州のそれとは全く異なる。
この日の名護の最低気温は25℃。昨日出てきた九州での最高気温と同じくらいである。体感が全く異なるのは当然だろう。

2024 05 12_12.

ホテルにチェックインしたら、近所のレストランへ。初日から、沖縄名物のステーキ!
沖縄に来たら、本場?のステーキと沖縄そばは絶対に堪能したいと思っていた。
人通りのない海岸堤防沿いのステーキハウスが至近距離にあるからこそ、敢えてのルートイン選択だったとも言える。

2024 05 12_13.

名護市に工場があるオリオンビールで喉を潤し、塊肉のステーキを食す。
ミディアム・レアに仕上げられたビッグサイズの肉塊は、食べごたえたっぷり。沖縄の人はこんなものを日常的に腹に蓄えているのだろうか。

とはいえ、赤身のヒレ肉はまったく油っ濃さがなく、意外とペロリと平らげてしまった。
飲んだ後のシメに、ラーメンではなくステーキを食べる文化があるのは那覇周辺だけと聞く。
沖縄本島最北端の市である名護市においても、レベルの高いステーキに巡り合うことができて、初日から大満足。

2024 05 12_14.

ステーキに満たされた後に立ち寄ったホテル隣のコンビニ。
コンビニ自体は本州のそれとまったく同じだが、入っている建物が一風変わっている。

店や道路は本州のそれと変わらないのに、建物ひとつひとつが独特の特徴を携えている。
多くはコンクリートでできていて、軒が異様なほどに深い。それが密集した街路景観は、日本で見慣れたそれとはまったく異なっている。
むしろ、かつてマレーシアをはじめとするアジアの各国で見た風景に近いと感じた。

2024 05 12_15.

更に隣のハンバーガーショップに至っては、ガソリンスタンドの如き複数台対応のドライブスルーと大きな駐車場。その風景は、むしろアメリカのようでもある。
アメリカの風景とアジアの風景が降り混ざり、そこに日本のクルマが往来しているという得体の知れない景観。熱帯を思わせる空気感が、それを助長する。

あまりの異景に、感覚中枢が刺激されまくり。
初日から、この味の濃さ。いったい明日からはどうなることやら。

2024 05 12_16.

 Posted by at 1:13 AM
5月 102024
 

2024 05 07_01.

初日は恒例の大移動。
前日、気合を入れ過ぎたのか、予定より早く目覚めてそのまま出発。夜中の東名高速道路を西進する。
長期の連休につきものの渋滞に遭うこともなく、予定通り新名神高速道路/土山SAにて最初の給油&休憩を実施する。

その後も至極スムーズに距離を重ね、昼前には第二給油ポイントである中国自動車道の広島県内陸部の区間に到達した。
GW初日とは思えないスムーズな工程。このままだと、予定していた停泊地に想定外に早く到着しそうだ。
走りながら作戦を練った結果、通常の給油ポイントである七塚原SAを通過し、次の安佐SAにて給油を行うこととした。

九州に上陸後、九州自動車道/北九州JCTで東九州自動車道にスイッチする。
当初の予定では、九州道を直進するつもりだったが、予定変更。時間を読みながら、走りつつ頭の中でルートが組み上げるのも、ツーリングの楽しみの一つ。
濃霧の可能性ほぼ100%の大分自動車道合流地点は本日も濃霧で、これを初めて東へ行くルートを取り、湯布院ICで高速を降りる。

湯布院からはお馴染み、やまなみハイウェイ。ツーリング初日から、贅沢ツーリングルートを選択したわけだが、残念ながら降雨で路面はヘビーウェット。
しっとりと濡れる森が美しく、雨天でもそれなりに楽しめるワインディングではあるが、やはり晴天であることに越したことはない。
淡々と走り続け、阿蘇の外輪山でミルクロードへ。

2024 05 07_02.

真っ白で何も見えない外輪山の尾根を行く。

おっかなびっくり走るクルマの餌食となって、ゆるゆると麓へ降り、大津で国道57号に合流する。
この日最後の給油を済ませて、熊本の街へ。この日の停泊は、数年前の九州ツーリングでも利用した熊本城近くのホテルだ。
初日から1,300kmの距離を走り切ったS2000を地下の駐車場に駐車したら、夜の繁華街へ。

熊本の街は、どうも相性が悪いらしい。1,300km走破を慰労する店がどうしても見つからないのは、この日が初めてではないからだ。
地方都市のGWは空いた席を見つけるだけでも難しいのはいつものことではあるが、この日は徹底して難しかった。
1時間彷徨い歩いて、ようやく入った店もテンションが上がる要素はなく、早々に退散。観念して寝床で体力回復に務めることとした。

・・・・・・・

2024 05 07_03.

2日目は、国道3号を南へ。
氷川で国道443号にスイッチし、すぐに県道25号に入る。
五木村へと続く峠道であるK25は、昨年の種子島ツーリングでも走った道。九州の中でもお気に入りの長大ワインディングのひとつ。
九州自動車道が並行しているため交通量は少なく、コーナーの種類も多岐に渡って走って楽しい良道である。

五木村からは国道445号で大きな谷間を南下し、人吉市街へ。
コンビニ休憩を挟んだ後、国道221号で宮崎県へ。えびの市街からは、広域農道「みやまきりしまロード」を行く。
いつもなら県道30号で霧島超えを図るが、毎度同じルートになるので、今回はバリエーションルート。

国道223号で霧島温泉郷。これを南下すれば、ここ最近毎年のように訪れている定宿がある妙見温泉だが、今回は触れずに鹿児島空港方面へ。
溝辺鹿児島空港ICからは、九州自動車道。フェリーの乗船受付時間が近付いてきたからだ。

鹿児島ICまで走れば、混雑する鹿児島市街までの道をショートカットすることができる。
沖縄航路のフェリーターミナルがある鹿児島新港までは、実にあっという間だった。

2024 05 07_04.

桜島を望むターミナルで、乗船手続きを行う。
18:00出港であるにもかかわらず、乗船受付は15:00まで。沖縄航路は、途中いくつもの寄港地があるため、下船する港によってクルマの積み込み順序があるようで、受付時間が早めに設定されているようだ。
貴重なツーリング時間を浪費する待ち時間が長くなりがちなのがカーフェリーだが、他に手段がないのだから仕方がない。

2024 05 07_05.

受付が済んでも時間はたっぷりあるが、大きく羽根を伸ばすほどの時間ではない。
鹿児島市街を軽くドライブし、コンビニで買い出しを行った後に、再びフェリーターミナルへ。
ちょうど車両の積み込みが始まる時間となっていた。

鹿児島発の沖縄航路は、マリックスラインと、今回乗船するマルエーフェリー(A”LINE)の二社が運航している。
いずれの会社も1日おきに出港しており、二社で互い違いに運行しているため、結果的に毎日船が出ていることになる。
予定を検討する際、これに気付くまで、自由に行程が組めずに難儀した。

今回の日程では、往復ともマルエーフェリーに乗船することとなった。
さすがにクルマごと沖縄に行くような輩は、GWとは言えどそんなにいないだろうと高を括っていたが、思いのほか大勢・・・
しかも車旅というよりは普通のクルマが大半。かかる時間もコストも日本一、と言っても過言ではない沖縄航路に、これほどの需要があったのは意外だった。

2024 05 07_06.

低床車としてトラック同等の扱いを受けるのが常だが、今回のフェリーではまったくその素振りもなく、乗用車としての扱いを受けることができた。
客席は2等であるが、指定席で安心感がある。なにせ、23時間もの船旅である。船室環境は重要だ。

かくして本土を離れ、沖縄の島へ。
S2000で走る沖縄。いったいどんな体験が待っているのだろうか。

 Posted by at 11:32 PM
5月 062024
 

全国各地のワインディングを楽しみながら旅をする。
R styleではそれをツーリングと称して、早20年以上が経ちます。
日本全国の様々な場所に自走で訪れ、その場所にしか無い地形とワインディングで、数々の感動を味わってきました。

数多くの地域に訪れ、もはや足跡を残していない場所はない、と思われることもしばしば。(実際はそんなことないですが)

ただ自分の中では、どうしてもやりたくてもできなかったツーリングがひとつだけ、ずっとひとつだけありました。
それは夢見るだけで、どうしても叶わない夢のよう。
時間とコストという現実的なハードルを考えると、いつも夢は覚め、正気に戻ってしまう。

 

このまま、夢のままで終わらせてしまうのか。

もしかすると、気力と体力が紙一重で両立している、かつ時間のコントロールができる、今しかないのでは・・・

 

2024 05 06_01.

 

2024GW OKINAWA Touring

 

夢のTouringは、遂に現実のものとなる。

R style開始から20年以上の時を経て、最後のピースである「47番目」に足跡を残す旅を、いくつかの写真と共に記録します。

 Posted by at 9:58 PM
4月 062024
 

何だか、あまりネタが無いように感じられる昨今ですが、来たるべきツーリングシーズンに向けて、地味な羽繕いに勤しむのが定石なので仕方ありません。
オフシーズン終盤のメンテナンス。タイヤの偏摩耗対策として、アライメントの調整を行いました。

ちょうど1年前にダンパーのO/Hを行い、タイヤも新品に交換しているのですが、
その後、特にフロントタイヤの偏摩耗が酷く、あっという間に使い物にならなくなってしまいました。

1年ぶりにアライメント測定してみると、フロントのトーが思いっきりアウトに振れていたことが判明。
直進性はそれほど悪くは感じなかったのですが、これでは内減りが激しくて当然。正常値に戻してもらいました。

それにしても、どこでこんなにズレてしまったのか。
駐車の際にリアを車止めに当てないよう気を使っているくらいなので、フロントを何か当てたという意識はありません。
トーがズレた原因は不明のままですが、タイヤの偏摩耗の原因は判明したので、ひとまずヨシとします。

・・・・・・・

すっかり地味メンテナンス中心となっているR style S2000。
話題性がまったく無いのは、今の仕様に満足しているということで、決して興味を失っているわけではありません。
それどころか、乗るたびに「いいなぁ」と惚れ惚れしてしまうクルマに仕上がっています。

そんな中、超久しぶりに新規パーツを取り付け。
と言っても、もう何年も前に取り寄せておきながら放置していた純正パーツ。結局、超地味です。

オプションとして設定されていたリアのストレーキ。
サイドスカートに取り付けるストレーキ(見た目にあまり格好良くないので、自分的には無し)ではなく、フロア下に取り付けるストレーキの方です。
オプション品なのに普通に純正部品として取れるのは、タイプSに標準装着されたからだと思われ・・・

ただの樹脂製の一体成型部品で、効果があるのかは正直不明。
フロントのストレーキは、モデューロのフロントリップに勝手に付いてくるので、フロントだけはR style S2000には最初から装着されていました。
つまり、付いていない状態を知らないので、こちらも効果の程は不明。

今でこそ、空力特性を重視したクルマづくり全盛の時代ですが、S2000開発当時は、せいぜい空力に注目が集まり始めたくらいの時期。
そんな時代に、今でこそ半ば常識的とも言えるホイールハウスへの走行風の巻き込みを整流する、という目的で設定された付加パーツ。
たぶん効果を体感することは不可能かと思いますが、、当時の技術的視点を味わうという意味で、敢えて装着するというのも味わい深い・・・かも。

ちなみに、今まで取り付けなかった理由は、単純に装着が面倒だったから(汗
取り付け用の穴は最初から空いている(ご丁寧にキャップまでしてある)のですが、後付のフロア補強バーが入っているので、一度取り外さないと取り付けできない。。
安価なパーツで、効果がなくてもデメリットもほぼ無いような部品なので、興味がある方は試してみてはどうでしょうか。(今でも在庫があるかは知りませんが・・)

 Posted by at 5:50 PM