6月 022024
 

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color of NAHA

今日は旅を始めてから何日目だろうか。
長期のツーリングで遠出をしていると、日数と曜日の感覚が無くなってしまう。
その感覚が、旅の非日常感を増幅してくれるわけだが。

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この日も朝から雨天。昨日のような幸運が二度も訪れることは、いくらなんでも期待し過ぎだろう。
もともと南部を巡るつもりではいたのだが、晴れ間が期待できない限り、観光地巡りに徹しようと、遅めの出発。国道331号で本島南部に向かう。

最初に訪れたのは、南部の知念岬近くにある斎場御嶽。「せーふぁうたき」と読む。琉球王国において、最高位の聖地だという。
世界遺産にも登録されており、人気の観光地のようで、物産館前の駐車場は既に満車に近かった。

駐車場にS2000を停め、入場チケットを購入し、入口まで500mほど歩く。
エントランス代わりの建物で、短い紹介ビデオを見た後に聖地へと入っていく。

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鬱蒼とした密林の中を、濡れて滑りやすい石畳の道を歩いていく。
濡れた熱帯の森の空気はじっとりとしていて、重く絡みついてくるかのようだ。

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場内には、いくつかの祈りを捧げるポイントがある。
それぞれに意味があるのだろうけれど、琉球文化を知らない身では、詳細を知る由もない。
ただ、そうだったとしても、そこかしこの自然に神が宿っているかのような、そんな空気感を感じ取ることはできる。

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最後に到達するのが、巨大な岩が寄りかかったその先にある拝所「三庫理(さんぐーい)」。
入場が規制され、これ以上は行くことができなかったが、巨岩の隙間には不思議な重力がはたらいているように感じられ、とても近寄り難い。
仮にその先に行けたとしても、恐れ多くて足を踏み入れることはできなかっただろう。

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斎場御嶽を出発し、R331を南西の方角へ。相変わらず雨は降り続いている。
本島南部を巡るということは、S2000ツーリング史上、もっとも南を走っているということになる。

そんな南の端を走っているにも関わらず、道路の状態は日本のそれで、まったく違和感がない。
ただ、そうなったのは沖縄返還以降のことだろうから、昔からこういった景観だったわけではない。

走っているクルマも、大半が国産車で、その半分以上がレンタカー。
と思っていたら、前方にパールホワイトのフェラーリの後ろ姿が。。
右折していったので車種までは正確に判別できなかったが、リアのナンバープレートはしっかりと目に入った。

沖縄本島で唯一出会った同じ練馬ナンバーのクルマが、唯一見かけたフェラーリだった。

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R331を走り、国道507号との分岐でいったん北に進路を向ける。
このR507は現在のところ、日本の国道で一番大きな番号の国道である。(おにぎりの写真を撮るのは忘れた)

500番台自体が九州以南にしか存在せず、割と酷道揃いなので、本州在住ツーリストにとっては特別な存在。
その中でも最後番たる507号に、わずかながらでも足跡を残せたことは、ツーリスト冥利に尽きる。

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R507に入って割とすぐ、これと言って何の特徴もない集落を少し入ったところにある民家を目指す。
わずかな情報を頼りに、最後は嗅覚でたどり着いた先は。

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低層で軒が深い独特のプロポーション。白とピンクの鮮やかな瓦模様が、いかにも沖縄らしい琉球古民家。
相当古い建物のようだが、沖縄そばの店だ。店名は「屋宜家(やぎや)」という。
かなりの人気で、軒先で待っている人もいる。かと思ったら、すぐに屋内に案内された。

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沖縄に来て2回目の沖縄そばは、アーサそば。スープにも麺にもアオサが入っていて、海の風味たっぷり。
定食にするとジューシーも付いてきて、沖縄感満載。アオサの風味とあっさりスープが抜群の相性で、とても美味しかった。

沖縄の道を走っていると、本州でよく見かける「アレ」がないことに気付く。
沖縄そばの店は数あれど、ラーメン屋を見かけることがほとんどないのだ。
これも文化なのだろうか。単純に暑いからラーメンという気にならないからだろうか。(それはそばでも同じか)

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これだけ美味しい沖縄そばの名店が各地にあれば、ラーメンという文化が侵食してこないのはよく理解できる。
沖縄に来たら、沖縄そばとステーキ(と泡盛)と勝手に期待していたが、まったく裏切られることはなかった。

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R331に戻って糸満方面へ。
この先には、沖縄の歴史を語るうえで避けては通れない一帯がある。

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かつての大戦で、国内で唯一、凄惨な地上戦を余儀なくされた沖縄の地。
軍人だけでなく、多くの民間人が命を落としたという事実は、日本人であれば誰もが知ることだろう。

恥ずかしながら、その詳細については断片的な知識しか持ち合わせていなかった。
今回訪れた平和祈念資料館において、いかにして沖縄の地が戦争に巻き込まれたかを事細かに知ることができた。
終戦後の占領時代から祖国復帰へ、基地との共存問題の経緯など、知るべき事実を知ることはとても大切であると、改めて感じた。

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R331は、平和祈念公園あたりで最南端となり、やがて本島の西海岸に沿って北上していく。
糸満市街が近くなると、片側2車線の陸橋が連続する大きな道となる。
道の駅「いとまん」で久しぶりの道の駅散策。続けて道の駅「豊崎」にも立ち寄る。

本日は出発が遅く、途中のスポットでもかなり時間を費やしていたため、既に夕方が近付いてきている。
当初はこのまま昨日と同じ那覇市内のホテルに帰ろうと思っていたが、あれほど降っていた雨が小康状態となっていたことから、最後にもう一箇所、沖縄の象徴とも言える場所に向かうことにした。

地図を見ながら即席でショートカットルートを組み立て、那覇空港手前で右折し、那覇空港自動車道へ。
豊見城(とみぐすく)・名嘉地ICで入線し、南風原北(はえばるきた)ICで降りる。この区間、無料だった。ラッキー。
県道240号、241号、84号、29号、49号と繋ぐ。グネグネとしているうえにアップダウンも伴い、交差点も交通量も多い市街地を疾走するS2000。向かうは首里だ。

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琉球王国の中枢、首里城である。
のっけから、異文化建造物のオンパレード。日本っぽさは微塵も感じられない。
沖縄の文化が、本土とはまったく異なる成り立ちを背景としていることがよくわかる。

そんな首里城の建物群だが、実際のところはほとんどが復元。
沖縄戦の際、日本軍がここに沖縄本部を置いていたこともあり、激しい砲撃を受けて、城の建物のみならず周辺の町並みや文化財もろともほぼ消失した。
建物の再建が進んだのは、戦後この地にあった琉球大学移転後のごく近年のことである。

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まだ記憶に新しいが、2019年に正殿を含む多くの建物が火災で消失した。もっと最近のことかと思っていたが、既に5年も経っていたのは意外だった。
なので、いま首里城を訪れても、中核の建物は見ることができない。その代わり、建設中の正殿の工事を間近に見ることができる。
上の写真は仮設の資材倉庫だが、その裏手に建設用の仮上屋があり、その中を見ることができるよう、見学ルートが設定されている。

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GW中だったため、工事は行われていなかったが、復元工事の状況は事細かに知ることができた。
復元なので、現在手に入る建設資材を活用しながら、当時の建築に近い形で工事が進められている。
ほとんどが宮大工の手仕事。首里城の復元には、多くの若い宮大工が携わっているという。
建物が消失したのは残念だが、実際の工事の機会が技術を伝承させる。ぜひとも、以前の建物を上回る素晴らしい建築をつくって、後世にその技術を伝えてほしい。

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那覇市街中心部のやや東寄りの地に急峻に突き出した地形があり、その頂部に首里城はある。それゆえ、城郭から眺める那覇市街の眺望は抜群だ。
地形に沿って積み上げられた石垣の周囲の植生も、違和感たっぷり。
建物が無くとも、首里城の存在感は決して衰えていない。

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首里城からホテルに戻り、S2000を駐車場に預ける。
まだ少々明るい時間なので、少し市街地を散策しようと考えた。

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壺屋やちむん通りという、焼き物の店が並んだ通りを訪れる。
「やちむん」とは、沖縄の言葉で焼き物のことらしく、普段使いの日用品として、沖縄独特の地域性を反映した形状と色彩が特徴だ。

古くからの焼き物店の他にも、今どきのおしゃれな雑貨店風の店も多かった。
焼き物を手に取るとつい欲しくなり、買い溜めていったおかげで自宅の棚が溢れており、近年は意識的にあまり手を出さないようにしている。
幸いなことに?やちむん通りでは、運命の一品との出会いはなかったので助かった。(はずだったのだが・・・)

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やちむん通りの後は国際通り方面へ、昨日ステーキ屋の帰りに通った道を歩く。
気になった通り沿いの風景をスナップしたり、中を覗いたりしながら。。

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国際通りに出てきた。
人手が多くなるのは夜、暗くなった後なのだろうか。この時点ではまだ人では少ない。

GWだから、さぞかし混んでいるのだろうと思っていた那覇市街。確かに人は多いが、想像していたほどでもない。
やはり沖縄観光の王道は、リゾートなのだろうか。

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人気の沖縄料理の居酒屋は長蛇の列を成していたので、国際通りの裏通りで見つけた開放的なレストランに入った。
まだ客は一人もいなかったが、構わず泡(ただしワイン)を注文。オリオンと泡盛ばかりなので、ここらで変化球が必要だったのだ。

やたらと元気な若い店員の話を聞きながら、いくつかのアテとともに、那覇の宵時を楽しむ。

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周囲の席が埋まってきたタイミングで、一軒目を引き払う。
暗くなり始めた繁華街のネオンが、一層華々しく光を放っていた。

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二軒目は考えた末に、昨日の二軒目と同じ店に行くことにした。多くのメニューに目移りして、一日では楽しみ切れなかったからだ。
「さしみ」の幟も眩しい路地裏の店には、もはや迷うこともなく最短距離で到着。
昨日あんなに空いていた店内は、既に満席。かろうじて、外のテーブルにひとつだけ空きがあったので、早速陣取って泡盛タイム。

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こういうのがいいお年頃

市場の路地裏にもかかわらず、今日も大盛況。
今日は大音量で音楽まで響き渡っていると思ったら、なんとこんなシチュエーションにDJがいた。

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左側にいるファンキーなお兄さんがDJ

懐メロ(死語)を織り交ぜたプレイのせいなのか、泡盛が効き過ぎなのか、気持ち良さマシマシ。忘れ難き、那覇の夜。

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酒場のある街の旅は、本当に楽しい。酒が美味いから、だけではなく、その土地の色が見えて、何だったら溶け込む楽しみがあるから。
今日は一日中雨で、S2000の距離はほとんど伸びなかったけれど、そのぶん沖縄のことを深く知り、那覇の空気を胸(腹)いっぱい味わうことができた。

これぞ旅の醍醐味。

明日は沖縄最終日。どんな時間が待っているのだろうか。

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 Posted by at 6:07 PM

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