1059

6月 152019
 

2019 06 10 01

古仁屋の宿を6時にチェックアウト。
まだ眠る街の中で、既に営業開始していた弁当屋に立ち寄ってから、昨日も訪れた海の駅に向かう。

ここはフェリー乗り場を兼ねている。
昨日予約していたフェリーのチケットを購入。朝一番の便に乗船すべく桟橋へ。

2019 06 10 02

2019 06 10 03

わずか30分程度の船旅。
早朝出航の第1便にもかかわらず、小さなカーフェリーは車両も乗客も満車&満員だ。

渡船は、島のまた先の島の港に着いた。
古仁屋の対岸、大島海峡の先にあるその島の名は、加計呂麻島。
見るからに複雑な地形。海岸線が入り組み、平らな場所などまったく見つけられないような、奇妙な形をしている。

決して小さくはない島だが、暮らしている人の数は1000人程度だという。
対岸の大島には6万人も住んでいることを考えると、島の大きさに対する人口の少なさには何か特別なものを感じる。

かつて奄美大島を走り、AMAMIの魅力を知って以来、地図上の奄美群島でずっと気になり続けていた島が、加計呂麻島だった。

憧れた島への初上陸。昨日の大島到着時では得られなかった、初上陸の高揚感を味わう。
早朝の港は、大島からやってくる人と物を待ちわびていたかのような賑わいに満ちていた。

2019 06 10 04

到着したのは、加計呂麻島の玄関口である瀬相港。細長い島の、ちょうど中間点あたりに位置する。
島の唯一の県道として敷かれるK614は、大島海峡側の海岸線を縫うように、島の端から端までをつないでいる。
それ以外に道がどれだけあるかは、地図では詳細を読み取ることはできない。噂によれば、県道以外の道は相当荒れているとのことだが。。

2019 06 10 05

K614を、島の東の方に向かって走り出す。
予想通り、島の海岸線を走っているとは到底思えないような、アップダウンを伴った道筋が続く。

2019 06 10 06

良くも悪くも、普通の島の道。とはいえ、昨日は一切拝むことのできなかった青空は眩しい。
昨日までの雨で濡れ切った路面と緑が、朝の陽光に照らされて光り輝いている。

2019 06 10 07

生間まで来たところで、県道は塞がっていた。
通行止とは書いていないので通り抜けられるのかもしれないが、島の道を無理できるほどの悪路走破力を持ち合わせてはいない。
無理をせず迂回路へとノーズを向ける。

2019 06 10 08

諸鈍

程なくして、海沿いの集落に出る。
海沿いの集落はここまでいくつも遭遇したが、ここは大島海峡とは反対側。
島の地形があまりにもくびれているので、あっという間に反対側の海に出てしまうという面白さがある。

諸鈍の集落には、立派なデイゴの並木があった。堤防に沿って自由奔放に枝を伸ばす姿は、触手を伸ばす怪物のようだ。

2019 06 10 09

2019 06 10 10

島の玄関口から遠く離れた諸鈍の集落は、「男はつらいよ」の最後のロケ地として有名な場所だそうだ。
暖かな気候、穏やかな海、ゆったりと流れる時間。寅さんが最後に愛した地であるということにも納得がいく。

2019 06 10 11

朝の空気は陽が高く上るにつれ、南の島の蒸し暑さと爽やかさを同居させた、独特の空気に変わっていく。
諸鈍の海を離れ、さらに島の南東端に向かって、心細い道を行く。

2019 06 10 12

先の集落につながる町道は、まさに密林の中の道筋だが、舗装が途切れることはなかった。

この道にも、マイクロバスながら島バスが通る。
たった1000人と少しの島に、30の集落がある加計呂麻島。
その集落を結ぶ加計呂麻バスの運行が、道路をかろうじて正常に保たせているような気がする。

2019 06 10 13

2019 06 10 14

徳浜

道は、海の手前で唐突に途切れる。
加計呂麻の最南東端に位置するであろう徳浜。
東シナ海に面した大海は、どこまでも光り輝く鮮やかなブルー。白浜には無数の白いサンゴの化石が堆積している。

突き出した小さな半島に守られるようにして、穏やかに輝く海辺。
時間的にも距離的にも、都会から遠く隔絶された地に身を置いていると、自分がふと何者かがわからなくなる。
エスの存在だけが、自分を現実に居場所のある存在として、思考をつなぎとめている。

2019 06 10 15

徳浜から諸鈍に戻る。生間まで戻ると、その先は土砂崩れで通ることができない。
よって諸鈍から安脚場までは、町道とも林道ともわからない迂回路を行くことになる。

2019 06 10 16

離島のこの手の道は、相当の理由が無いと入り込むことはない。迂回路指定があるから、進入したまでだ。
クルマ1台通れる幅しかない山中の路面は、当然ながら荒れている。

2019 06 10 17

低床のスポーツカー泣かせの路肩崩れ。
崖っぷちではないだけまだいいが、とても気を許せるものではない。
フル減速の後、右タイヤの内側の角を使って脱輪を防ぎつつクリア。

2019 06 10 18

さら進むと今度は、道路と沢が一体化。洗い越しどころか、川そのもの。
まったく気が抜けない。

2019 06 10 19

安脚場戦跡公園

大島海峡の東側の入口の岬の高台に到着。
ここは加計呂麻島でも有数の観光スポット。高台からは、大島海峡を挟んで大島の景色を一望できる。

2019 06 10 20

この地は大島海峡の入口という特性から、第二次世界大戦時は基地防衛の最前線として大きな役割を果たした。
東シナ海にあって地形的に穏やかな大島海峡は、格好の海の基地となったはずだ。
その進入口において、敵艦の侵入を防ぐべく最前線基地として機能したのが、この安脚場という場所。
いまでもその頃の建物や構造物が、ひっそりと残っているのだ。

2019 06 10 21

2019 06 10 22

2019 06 10 23

2019 06 10 24

2019 06 10 25

完全に廃墟と化しているものの、戦後70年以上経った今でも生々しさが感じられる。
穏やかな島の端部に忘れてはならぬ歴史の断片が残っていることに、世界を巻き込んだ戦争の史実と、関わった人々の悲壮感に感じ入る。

2019 06 10 26

ふと振り向けば、そこには絶景が広がっている。
煌々と未来を照らすかのように輝く海。戦争の時代も同じ景色だったはずだが、感じ方はまったく違ったに違いない。

2019 06 10 27

2019 06 10 28

2019 06 10 29

2019 06 10 30

 Posted by at 4:10 PM
6月 072019
 

2019 06 07 01

令和の時代の最初の朝、船から降り立ったS2000。
南の島特有の湿度感。ここは本土ではない、遠く離れた離島であることを、早速身を持って知る。

その反面、港のある街中の道を走っている分には、異国感は薄い。
眼前の道の風景は、離島であると言われなければわからないほど、本土のそれと同化していた。
14年前に訪れた時もそうだったろうか。

 

・・・・・・・ 

 

2005年のGW、当時の愛機、シビックタイプR(EK9)で訪れた地、奄美大島。

14年の時を経て、現在の愛機S2000で初めて降り立つ南国の島は、いまだに記憶の中に深く刻み込まれている。
記憶を手繰り寄せ、港のある名瀬の街を通過し、島を走る唯一の国道、58号線を南下するルートを取る。

島というより、険しい山岳が海から突き出したかのような奄美大島。
その島を縦断するR58は、必然的に峠道の集合体となるが、島の主要な幹線道路の位置付けから、峠は長大なトンネルでバイパスされている。
そのトンネルひとつひとつが、離島のトンネルとは信じ難いほどに長い。

トンネルに入る度に、フロントガラスが急激に曇る。
湿度と温度が異様に高いトンネル内の空気が、エアコンの冷気によって急激に冷やされて、あっという間に視界を奪う。
じっとりとまとわりつくような湿った空気は、雨のせいもある。R58を南下するにつれて、雨脚は強くなっていく。

東シナ海に浮かぶ「山脈」である奄美の島は、隣島である屋久島同様、雨の非常に多い気候的特徴があるのは想像に難くない。
南の海からの湿った空気が山の壁にぶち当たり、雨雲となって多量の降雨をもたらすのだ。
それが豊かな自然を育む一つの要素となっていることは想像できるが、十数年ぶりに再訪する旅人にとっては無念と言わざるを得ない。

奄美の日照時間は、国内でも有数の短さだという。晴れた日に当たることの方がレアケースなのだ。
思えば14年前も、それほど天気が良かったわけではなかった。滞在時に晴れればラッキーというのが実情だろう。
せめて梅雨入り直前の、比較的晴れ間が多い時期であることだけが救いだったが、期待通りとはいかないのだろうか。

名瀬から南下して、南端の瀬戸内町古仁屋までは、思いのほか長く時間がかかる印象だ。
ほとんどの峠をトンネルで越えるにしても、かなりの距離がある上、かつ走っているクルマもそれなりに多いためだ。
これでも後半の網野子峠はトンネルが開通していて、14年前より所要時間は短縮されていたのだが。

2019 06 07 02

古仁屋の港にある海の駅に立ち寄り、情報収集。
その後、県道626号に入り、ショートワインディングを楽しむ。

2019 06 07 03

2019 06 07 04

雨は小康状態だが、身の回りのすべてが海中に沈んだかのように、景色は暗く沈んでいる。
小さな展望台に降り立つと、南国らしい植生に異国感がようやく増してきた。

2019 06 07 05

K626はヤドリ浜まで。透き通った海も、どこか寒々しい。
14年前も訪れているが、やはり天気はいまひとつで、同じような印象だった気がする。

2019 06 07 06

古仁屋に戻って、県道79号へ。
K79の前半は、奄美海峡沿いのシーサイドワインディング。
再び強くなり出した雨の中、悪天候によって消沈した意識を吹っ切るように、アグレッシブ・ドライビング。

R58とは一転して、まったく走っているクルマもおらず、ペースは格段に速くなる。
ただそれも、海沿いの区間のみ。K79は半島先端まで向かわずに、途中から内陸に入って宇検村を目指すルートになる。
内陸部に入った途端、それまでの快走路は鳴りを潜め、山中の狭路へと変貌する。

2019 06 07 07

密林に覆われた道路は暗く、そして狭い。
その上、降り注いた大量の雨水が、路面上を川のように流れている。
滝のような川を遡上するように、ジャングルの峠道を行く低床のスポーツカー。

2019 06 07 08

特にこの島に限ったことではない、R styleではお馴染みの光景ではあるが、奄美でのそれは完全に探検隊の様相。
前回のEK9よりも遥かに違和感の大きい、オープンスポーツS2000での奄美探検を目撃することは、島にとってはちょっとした事件、とは言い過ぎだろうか。

宇検村に出たら、県道85号にスイッチ。K79はまだ先に続くのだが、この天候の中で走るのはもったいない気がした。
K85も、タイトコーナーが続く山中ワインディング。K79とセットで走れば、奄美の離島らしからぬ地形のバラエティと険しさを理解できるルートになる。

2019 06 07 11

R58に出たら、再び名瀬に戻る方向へとステアリングを切る。
途中の住用村で、国道上から広大なマングローブ原生林を見下ろすことができるポイントを発見した。

2019 06 07 09

このマングローブ林をガイド付きカヤックで巡ったのは、14年前の奄美ツーリングの印象深い思い出のひとつ。
この雨の中でも、色とりどりのカヤックが、マングローブの密生地を泳いでいる。

2019 06 07 10

R58で名瀬を通過して、今度は龍郷へ。
本日はもはや走って楽しめる状態ではないと感じ、ならば晴れた時なら行かないようなスポットに寄ってみようという心持ち。

 

2019 06 07 12

奄美の郷土料理と言って、まず挙がるのは「鶏飯」。
その鶏飯の名店と聞いて訪れたのが、龍郷にある「ひさ倉」という店。
国道沿いに目立たない佇まいであるのだが、既に昼時ということもあり満員だった。

多少の待ち時間の後、ありついた鶏飯は、濃厚な鶏スープのお茶漬けといった感じで、大変美味しい。
スープだけでも何杯もいけるような具合。たっぷり2杯程度の量にも満足し、次なるスポットへ。

 

2019 06 07 13

西郷南洲翁謫居跡

同じ龍郷村の竜郷集落にあるスポット。
南洲とは西郷隆盛のペンネームのようなものである。

西郷は当時の薩摩藩主、島津久光によって2度流刑に処されている。
1回目に奄美大島に流されたのは、幕府から身を隠すためという意味合いが強かった(2回目は本当に流刑)が、この時はこの地で島嫁と共に暮らしていた。
刑が解かれ薩摩に戻る際、妻である愛加那と、その間に生まれた2人の子供のために建てた家が、この場所にあったそうだ。

密林の中に埋もれるようにして、凛と立つ藁葺の民家は、西郷が建てた家をそのまま再建したものだ。
愛加那さんのご子孫が管理されているらしく、個人宅の敷地内にある。
ご厚意で内覧させてもらえるそうだがご不在だったので、周囲から雰囲気を感じ取るにとどめておいた。

 

2019 06 07 14

田中一村美術館

奄美パークという大きな公園施設の中にある。
田中一村は関東出身の画家だが、奄美大島に移住後、大島紬の染色の仕事をしながら絵を描き続け、この地で没した人物。
その画風から、日本のゴーギャンと称される一村。大胆な構図による原彩色の絵には、当然ながら奄美の自然を題材にしたものが多い。

と思って鑑賞したのだが、奄美の絵はあまり数多くなく、奄美に移住する前の絵が展示の大部分を占めていた。
思い描いていた絵にはあまり出会うことができず、少々不完全燃焼。
むしろ古代の建物を彷彿とさせる高床式連棟の建築が特徴的で、素材感も良く、印象に残る。

 

郷土料理を楽しみ、歴史スポットを訪問、そして美術鑑賞。あっという間に奄美の時間は過ぎていく。
龍郷のディスカウントストアでお土産を物色した後、再びR58で古仁屋へ。
到着した頃には既に夕刻で、早くも投宿の時間になっていた。

2019 06 07 15

2019 06 07 16

奄美の夜。
島人が集う素朴な居酒屋でゆったりと時間を過ごしてみたいというのは、今回の島旅で楽しみにしていたことのひとつ。
南国の色香漂う夕暮れの古仁屋の街の一角に、店の明かりは灯っていた。

2019 06 07 17

港で揚がった海の幸を中心に、ごく一般的な酒のアテが揃うメニュー。
まったく観光地然としておらず、地元の人々の日常使いの店というのが却っていい。その土地の普段着の食と酒こそ、旅先の贅沢。

2019 06 07 18

酒は黒糖焼酎。奄美群島でしか生産が許されていない、まさに島酒。
ありとあらゆる蔵元の黒糖酒が取り揃えられており、地元民によるお任せで嗜む。
14年前の訪問時には、正直その良さがまったくわからなかったものだが、加齢が進んだ舌と内臓には、黒糖の旨味が至上の贅沢とさえ思える。 

2019 06 07 19

店内は繁盛しており、席はいつの間にか地元の方々で満席。
明るい女将さんと、小気味よく働く給仕のお姉さん方の対応も非常に心地が良い。
すっかり奄美の夜に同化し、無数の黒糖焼酎を味わって、夢見心地の気分。
14年前の夜の楽しみ方とはまったく趣向が変わってしまったが、だからこそ新鮮に旅を続けられているのだ。

2019 06 07 20

雨はいつの間にか止み、ねっとりとした南国特有の湿気を含んだ空気が、夜の港町に漂っている。
雨雲は急速に奄美の空から流れ出て、宙の色が頭上を覆う。
海と空と緑がキラキラと輝く、14年の時を経てどうしても会いたかった南の島の素顔に出会える予感がした。

2019 06 07 21

 Posted by at 11:55 PM
5月 262019
 

2019 05 26 01

GWの九州ツーリングレポート途中ですが、備忘録的に。
先週と今週の土曜日朝、二週連続でビーナスラインを走ってきました。
この時期恒例となった、「定点観測」です。

昨年から続けている調整ごとと、GW前のささやかなメンテナンスが功を奏したか、非常に調子が良い2019年夏前のS2000。
操作系のフィーリングと、それによってついてくるパワー感、サウンドがよくバランスされていて、エスのドライブが輪をかけて楽しいこの頃なのです。

最近の定点観測の中では、一番のフィーリング。
一連の操作感は非常に滑らかで、細かいコントロールも意のまま。
ひとたびアクセルを踏み込めば、粒の揃ったビート感のあるエンジンパワーが湧き出してくる。

なんというか、抜群に呼吸が合った感じとでも言いましょうか。エスと自分のキモチがシンクロ。晴れて両想い!?
とにかく今、気持ちがイイ。良過ぎるくらい、イイのです。

 

こうなった要因はいろいろある中で、特に効果があったのは、GW前に紹介した触媒の更新。
壊れたから新品に換えただけですが、思った以上にフィーリングが変わりました。
多少なりともヌケの良さが改善されるということでしょうか。高価なパーツなのでオイソレとはいきませんが、距離によっては交換すべき部位であることを、身をもって認識しました。
シフト&クラッチ周りももちろん。人馬一体フィールには、不可欠なメンテンスでした。 

それともうひとつ、これはGW後に行ったメンテナンス。プラグ交換です。

何も目新しいことではなく、オイル交換同様、定期的に交換するおなじみの部品。
ECUに手を入れる前から、ずっとNGKレーシングプラグを使用していますが、今回ももちろん同じ。
20,000kmを目安に交換ですが、頻度としては年1回交換というサイクル。毎年同じ時期に換えるようにしていれば、忘れることがない。
今回は本当に20,000km程度走行後の交換でしたが、15,000kmでも10,000kmでも、回す人ならこまめに交換した方がベターだと思っています。

2019 05 26 02

プラグ交換自体も、エンジンフィーリング改善に非常に効果があるのですが、今回は同時にイグニッションコイルも新調しました。
イグニッションコイルを交換するのは、通算2回目。GENROMを書き換えした際に、一度、純正新品に交換しています。
交換からまだ5年しか経っていませんが、80,000km程度走っているということ、点火という重要部位であることを鑑みて、今回プラグと同時交換。

ただ、純正部品でなく、今回は社外品にしました。

2019 05 26 03

NGK製、補修用パーツとしてのイグニッションコイル。
社外品と言っても、天下のNGK。プラグもNGKなんだから、きっと相性は抜群。(純正はDENSO製)
更には、こちら比較的新しいパーツ(2015年発売)で、最近の技術が盛り込まれていると想定。20年以上前の純正品とは一味違う何かがある予感。

2019 05 26 04

さすがはNGK、S2000適合品も当然ラインナップされており、純正よりお安いときている。
取り付け状態は若干窮屈。純正のように、嵌めるときのパコッという節度感がなかったり。専用品じゃないので、この辺は割り切りが必要。

でもですね、そんなことは走り出せばどうでも良くなる。

エンジンの回転が恐ろしくスムーズになった上、クラッチの繋ぎからしっかりとコントロールできるきめ細やかさも。
それでいて、しっかりとしたパワー感があり、下の回転からでも力強く加速していきます。
加えて、アイドリング時の静かさ。停車している時、ふと周囲の音がいつもより身近に聞こえることに気付く。足元には野獣が眠っているのに。

2019 05 26 05

・・・これは素晴らしい。費用対効果抜群。
かけたコストからすると、感動レベルです。

もちろんプラグが新品になった影響もありますが、それにしても違います。
同じイグニッションコイルでも、何かが根本的に違うような。何かはわからないですが。

身も心もトロけるような官能フィール。滑らかなのにソリッド。
この二面性が堪りません。

 

話がやや大きくなりましたが、、13年目の定点観測。
エスとの蜜月は、2日後の5/28から、いよいよ14年目に入ります。

惚れ惚れすることばかりではなく、今回の定点観測ではブレーキ関連に課題がはっきり見えました。(制動時に微妙にふらつく、効きが安定しない)
ドライビングについても、課題を見据えて走り込んだ結果、ちょっとだけわかったことがあったり。
そういうことをしっかりと教えてくれる、ビーナスライン(の一部区間)はいつもすまし顔。そんなホームコースの存在に感謝。
走り込みの成果は、次の課題として取り組みます。 

S2000との(時間的な)旅はまだまだ続きそう。
14年目も、じっくり楽しんでいこうと思っています。 

2019 05 26 06

 Posted by at 7:59 PM
5月 192019
 

2019 05 19 01

翌日、内牧温泉から国道212号でミルクロードに上がるも土砂降り。
すぐさま県道11号でカルデラに降りて、登山道路を目指す。

かつて阿蘇パノラマラインと呼ばれた元有料道路。
素晴らしい眺望と火山地形を間近に感じることのできる、阿蘇のメインワインディング。

登山道路には3線あり、阿蘇駅からまっすぐ登っていくのが東登山道。
米塚で接続し、西に下っていくのが北登山道。草千里付近で接続し、南山麓を走るのが南登山道だ。
かつては東=坊中線、北=赤水線、南=吉田線と名前が付いていたが、現在は方角で表現するようだ。

2019 05 19 02

登山道路の途中からカルデラを眺めると、その外周を外輪山が取り囲む地形がよくわかる。
外輪山の高さは見渡す限りほぼ同一で、その向こうにはなだらかな台地が広がっている。
カルデラは噴火後に陥没、沈下して形成された平地であることを再認識する。

阿蘇の山肌には樹木が少ない。これは、北側外輪山尾根にあるミルクロード周辺にも言える。
噴火で吹き出した結果、堆積した土壌が酸性質であるために、樹木が育ちにくいからだ。
カルデラ内でも同じことのように思えるが、ここには実際には田畑が広がっている。先人たちの土壌改良の苦労が忍ばれる。

2019 05 19 03

痛々しい山肌の阿蘇。
かつてこの既設に訪れたなら、もう少し緑鮮やかな山塊の風景を楽しめたはず。
しかし、今回は赤い山肌が露出した風景を目の当りにすることとなる。
3年前の地震は、阿蘇の風景をも大きく変えてしまったのだ。

北登山道はさほど面白くないので通過。草千里ヶ浜は大雨で、そのまま南登山道に抜けるも、こちらも大雨。車外に出ることすらできずに、南側山麓まで降りる。
今日は一日雨が降り続く日。九州どこに行っても大雨だ。こんな日はつべこべ言わず、ゆっくりと時間が過ぎ去るのを味わうのも悪くはないもの。

2019 05 19 04

白川水源

走っても仕方ないような天候なら、観光でもしてみようということでやってきたのが白川水源。
阿蘇のカルデラは湧水が実に豊富。あまりに豊富で、それが川となってカルデラ内を流れ、外輪山の割れ目を通って島原湾へと流れている。
普通に考えれば、外輪山に囲まれたカルデラは、水が溜まるか、まったく水が無いかのどちらかのはず。
そのどちらでもないという奇跡の地形が、世界でも類を見ない「人が定住するカルデラ」を成立させている。

2019 05 19 05

中でも白川水源は、一体が観光地化していて人気がある。
神社の境内の脇にある池は、実に神秘的だ。透き通った池の砂地の底から、絶え間なく湧き出てくる地下水。その量、毎分60トンというから驚きだ。

2019 05 19 06

阿蘇のカルデラ内には、こういった自噴する地下水がいたる所にある。
それら地下水と雨水を集めて、北側に黒川、南側に白川という河川となり、外輪山西の立野で合流し熊本平野へと流れ出る。
その源流のひとつが、ここ白川水源なのだ。

2019 05 19 07

 

・・・・・・・

 

2019 05 19 08

山賊旅路

好天であれば、ここぞとばかりに走り回ることに熱中して空腹など感じる余地もないが、雨天なら話は別。
阿蘇のだご汁をどうしても食べたくなり、登山道を駆け戻ってR57沿いの店へとやってきた。

2019 05 19 09

だご汁とは小麦粉で作る練り物が入った汁のこと。阿蘇の農家で親しまれてきた郷土料理だ。
「だご」の食感はモチモチで、大変食べ応えがある。コクのある味噌汁が、雨に濡れた心と身体に染み渡る。

順番待ちして座敷でゆっくりと味わって、などという時間の使い方は、晴れた日中の阿蘇ではまず実行に移すことはない。
雨天だからこそ、出会えた味。

・・・・・・・

腹を満たした後、R57を東へ行き、R265で箱石峠を越えて阿蘇南部広域農道へ。
強まる雨脚により、視界も悪い。水たまりを避けつつ走り抜けて、県道28号。南阿蘇の道の駅へ。
昨年も立ち寄った道の駅だが、今回は併設のモンベルショップへ。

ツーリング時に使用するコンパクトテーブルとしてsnow peakを長年愛用していたが、より簡単に使用可能なSOTOのコンパクトテーブルが欲しかったので購入する。
決して潤沢な収納スペースがあるとは言えないオープンスポーツによるツーリングにおいては、収納性に優れた小道具を充実化することも、旅の楽しみのひとつと言える。

2019 05 19 10

K28で俵山トンネルを抜け、菊池人吉大規模林道。グリーンロード南阿蘇を横切り、吉無田高原、県道57号、国道445号で山都町通潤橋付近へ。
悪くない道だが、この雨では。
ただ、この逆ルートは、通潤橋から阿蘇に向かうルートとして、あまり目立たないが非常に有用かもしれない。

2019 05 19 11

国道218号を宇城に向かって走るが、この区間がこの日一番の大雨となった。
淡々と走るが、どうしてもホットコーヒーが飲みたくなり、途中のファミリーマートでびしょ濡れを覚悟してありつく。

国道443号にスイッチし、さらに県道25号へ。雨は幾分小康状態になる。 

2019 05 19 12

最初は素朴な田舎道の様相だったが、徐々に山岳路の色合いが強くなっていく。

2019 05 19 13

人里が周囲からなくなると、山深い極上のワインディングロードへと変貌を遂げる。
峠である大通越手前には立派なループ橋。ほぼ全線に渡って整備された2車線のワインディングは、穴場というほかない。
並行する国道445号五家荘ルートが狭路だけに、ハイスピードランを許容するK25ルートは嬉しい発見だ。

五木村の道の駅にて、この日最後の休憩。R445を人吉に向かう。
五木から人吉区間のR445はトンネルが連続するものの、走りやすい。
トルネオ、ゼスト、S2000というホンダレアモデルの隊列で途中まで走行し、広域農道で迂回して人吉市街へ。

2019 05 19 14

17:30、人吉市街にある、今晩の宿に到着。
ペンション風のこのホテル、場所はJR人吉駅の目の前である。後ろに見える白い建物は駅舎だ。
エスから降り立つと、その駅から雄々しく蒸気を吹き出す音が。

駅のプラットホームに見える黒い機関車。もうもうと煙を吹き出しているのは、紛れもなく蒸気機関車。
そう、現役の観光列車用蒸気機関車、SL人吉号だ。 

2019 05 19 15

子供のように思わずホーム裏のフェンスまで駆け寄る。
SLそのものは、飾ってあるのを見る機会はあったが、動いているSLを見るのは初めての経験。
何かを試すように、断続的に蒸気を噴き出し、発車時刻を待っているようだ。

2019 05 19 16

多くの家族連れ、子どもたちが、SLを取り囲んで見入っている。
蒸気を吹き出すばかりで、まったく発車の素振りがない。単なるGWのサービスだろうか。

発車時刻を調べてみると、この時間に人吉駅を出るSLはない。
不思議に思って改札に行ってみると、14時台発車予定のこの日のSL人吉号、故障により18時発車に変更という張り紙が。
この遅延を笑顔で楽しむ観光客と、SL関係者の皆様の心は広い。熊本駅に着くのは一体何時になるのだろうか、などと考えてしまうのは、首都圏在住者の心の狭さゆえか。

2019 05 19 17

SLに夢中になった結果、チェックインは大幅に遅れた。
看板猫ちーちゃんの出迎えを受ける。

2019 05 19 18

大きな将棋の駒のキーホルダーが付いた部屋の鍵、相当ご高齢ながら明るくフレンドリーなフロントのご老人。
看板猫といい、謎の多いホテル。しかし、本日も就寝が目的。大した問題ではない。

2019 05 19 19

一日中雨天がゆえに、本日は満足には走れていない。
そんな日は夜の街散策にて、旅心を満たすことになる。

人吉は一度訪れてみたかった街。
久留米にしろ、阿蘇内牧温泉にしろ、今回は以前から気に留めていた街を選んで停泊することになっている。
昨年の九州ツーリングが県庁所在地がテーマなら、今回は気になって仕方がなかった街がテーマか。

人吉が気になっていた理由。それは街に点在する温泉だ。
温泉ハンティングがツーリングのテーマのひとつだった頃、人吉は憧れだった。

2019 05 19 20

公衆浴場のうちのひとつ「新温泉」は、繁華街のすぐ近くにある。
繁華街と言っても住宅と雑多に混在しているエリアだが、それにしてもこの古風な建造物が忽然と現れたことに少々驚く。
人吉温泉でも、もっとも歴史のある公衆浴場だ。

番台で300円を払い、入浴する。
本当に何の設備もない施設。銭湯よりも、さらにシンプル。
脱衣室はカゴ以外には空間があるだけ。浴室には浴槽があるだけ。かろうじて温泉の出るカランが1個あるのみである。

このシンプルさがたまらない。

泉質の良さは言うに及ばず。
後から入ってきた地元の年配の方と言葉をかわすと、数時間前に到着したばかりにもかかわらず、この地に馴染んだような気になる。

2019 05 19 21

ぬるめのお湯だったが、外に出ると体の芯まで温まっていたことに気付く。
小雨の街を歩きながら、本日の店探し。

2019 05 19 22

予約無しで飛び込んでみると、宴会客で混雑はしていたが、運良く席は確保できた。
毎度のことながら、地方都市のGWは同窓会的な集まりで、本当にこの立地で成り立つのか?と思わせる店でも混雑する。
人吉も例外ではなく、外にはまったく人が歩いていないのにもかかわらず、この繁盛ぶり。 

2019 05 19 23

2019 05 19 24

焼鳥屋ではない鶏料理の店で、これが昨日に引き続き素晴らしかった。
昼間のだご汁はいったいどこに消化してしまったのか。胃袋は次々と時の美食を欲する。
熊本県の店は、どこも期待を裏切らない。

そして人吉といえば、球磨焼酎だ。
熊本は米焼酎だが、中でも人吉・球磨地方の水で仕込んだもろみを、人吉・球磨で蒸留してできる焼酎に限って、球磨焼酎と呼ぶ。
山間の狭い地域だが、蔵元の数は多い。

常圧蒸留タイプと減圧蒸留タイプがあり、通常の米焼酎より味わいが濃く、それでいてマイルド。実に美味しい。
「武者返し」に次いで「球磨の泉」をいただく。温まる温泉と美味い料理とも相まって、極楽気分。

2019 05 19 25

雨で走りを存分に楽しめなかったのは、どこへやら。
人もまばらな怪しげなナイトストリートには、気になる佇まいの店にも遭遇したが、一軒目で満足した結果、暖簾をくぐることはなかった。

素晴らしきかな人吉の夜。
しかし、まだ旅は序盤。これで満足するわけにはいかない。 

 

・・・・・・・

 

翌日の朝、エスを謎のステーションホテルに置いたまま、近所の青井阿蘇神社に散策に出かける。
散策と言っても、相変わらずの雨。今日も一日、満足に走ることは叶わない。

2019 05 19 26

青井阿蘇神社

日本最南端の国宝建築を有する青井阿蘇神社。建造は江戸初期。
桃山様式を受け継ぎながらも、どこか田舎風。その味わいもまた良い。
この旅の安全を祈願し、人吉の町に別れを告げる。

2019 05 19 27

(神社の従業員駐車場に、オリジナル度の高そうな黄色いビートが)

この日は、走行中の写真がほとんど残っていない。
ひたすら雨だったので、さすがに撮る気にならなかったのか、理由は今となっては定かでないが、走った距離が短かったのは確かだ。
淡々とルートを紹介すると、国道221号でえびの。えびのからは県道30号でえびの高原。県道1号で霧島温泉。国道223号で鹿児島空港付近まで。

2019 05 19 28

通常なら走って楽しいワインディングロードなのだが、土砂降りでどうしようもなく、ただ走り過ぎるに徹することとなった。
久しぶりに訪れる霧島は、楽しみにしていたのだが。

2019 05 19 29

県道40号で姶良の内陸部を抜け、県道16号で吉田、鹿児島市内へとつないでいく。
鹿児島の街で向かったのは、市街地を望む高台にある、とある場所。

 

2019 05 19 30

南洲墓地

墓地である。鹿児島、つまり薩摩国とは、切っても切り離せない、そんな場所。

南洲とは、西郷隆盛のこと。
この墓地には、西郷隆盛の墓を中心に、西南戦争で命を散らした薩摩軍を中心とした士族たちが眠っている。

昨年の九州ツーリングをきっかけに、幕末から明治維新、西南戦争という激動の時代での、薩摩という地に生まれた西郷の生き様を知った。
今更ながら強く感化されたこともあり、どうしても訪れたかった地。
墓前に手を合わせ、彼の理想、思想を少しでも自らの生き方に重ね合わせてみたかったのだ。

墓地には南洲神社、そして西郷の一生を綿密に学ぶことのできる記念館のような施設がある。
この施設の展示内容は、実に事細かで興味深い。外は雨天だということもあり、時間を忘れて、薩摩と西郷の歴史に思いを馳せる。

 

・・・・・・・

 

既に時間は昼を過ぎ、鹿児島市内では天文館を少し歩くことに。
いくつか店を覗いた後、ふたたびエスを走らせる。とは言っても、市内から抜けることはしない。

それほど減っていないタンクにハイオクを充填したら、向かう先は。

2019 05 19 31

2019 05 19 32

2019 05 19 33

平成31年4月30日、平成というひとつの時代が終わりを告げようとしていたこの日、S2000と1059は雨の中、洋上へ。

新しい時代の幕開けは、今、すぐそこに。

 Posted by at 7:33 PM
5月 182019
 

2019 05 18 01

奥豊後グリーンロード

県道11号で瀬の本まで。国道442号に入って、県道669号経由で広域農道、奥豊後グリーンロードへ。
激しくアップダウンを繰り返し、マシンの性能を熱く引き出そうとする挑戦的なコース。

2019 05 18 02

ざらついた路面にタイヤを押し付け、オンザレールでコーナーを駆け抜ける。
コーナーの先にはロングストレート。すかさずアクセルを踏み込めば、粒の揃ったビートを奏でながら、黒い車体は軽々と加速していく。

2019 05 18 03

地形をダイナミックにトレースするように、登っては下り、曲がっては直線的に貫きをひたすらに繰り返す。
超ロングコース。その間、出会う影はほぼ皆無で、自らの走りに没頭し続ける。
無数のコーナーを切り裂くように走り抜けるS2000。いや、まだまだ、こんなものではない。

 

2019 05 18 04

大分中部広域農道

国道210号に出たら、すかさず今度は大分中部広域農道へ。
やや南寄りに向かって、複数の国道、県道をつなぐ道。奥豊後グリーンロードほどの刺激はないが、それでも。

2019 05 18 05

R442を跨げば、このコースのハイライト。
実は昨年も走った区間ではあるが、大峠に向かうワインディングロードは景色もよく、走りの魂を揺さぶる。

アクセルオンからクラッチを踏みしめ、素早く、そして確実にシフトアップ。
すかさずクラッチを繋ぐが、この一瞬の領域には、幾多のパターンがある。エンジン回転数や選択するギヤによって、すべてが異なる。
それを考え、繊細に、かつ大胆にコントロールすることが、マニュアル・トランスミッションの最大の楽しみ。

実はこの箇所、この旅に先立ってメンテナンスを施したことにより、操作フィールが大きく改善されている。

2019 05 18 06

余分な力を必要としない、軽快なシフトフィール。
クラッチフィールもそれまでとは別物で、駆動のつながりをより繊細にコントロールすることが可能に。
ドライブ中に無数の操作を行う部位だけに、小さな改善の積み重ねによるフィーリングの向上は、確実にドライビングファンに直結する。

その感触は、まるで生まれ変わったかの如く、絶品。

この旅、いつまでも、どこまでも走り続けたい。

 

2019 05 18 07

一気に駆け上がってトンネルを抜ければ、しばらく狭い道が続いて県道41号に合流。
旧国道57号である、県道57号を走って、朝地の道の駅で小休憩。

2019 05 18 08

2019 05 18 09

もはや恒例、大分の道の駅での唐揚げタイム。ここ道の駅「あさじ」の眼の前にある、小さいながら存在感抜群の唐揚屋を見逃さなかった。
同じ豊後大野の道の駅「きよかわ」で出会った唐揚とはまったく異なった見た目と味。
この個性のバリエーションとファーストフード感こそが、からあげ大国、大分の底力。

しばらくR57を走り、竹田で三たびR442。先程の奥豊後グリーンロードのスタート地点に戻ってきたので、残りの区間を南下する。
ただ、この区間(R442〜R57)の奥豊後グリーンロードはどうということはない。ハイライトはやはり、R442から北側、R210に至るロングルートと言えよう。

道の駅「すごう」で、今度は丸福の唐揚。今日は唐揚だけで満腹だ。

 

2019 05 18 10

広域基幹林道阿蘇東部線

R57を波野の道の駅まで西進し、笹倉の交差点から広域基幹林道阿蘇東部線に入る。
阿蘇外輪山の東側を南北に貫く、素晴らしい快走路。広い2車線のストレートが、ダイナミックなアップダウンとともにこれでもかと言うほど続いていく。
林道だが、その実態は西側を走る国道265号のバイパス路。よく知られているのか、走っているクルマは多めである。

2019 05 18 11

阿蘇を離れたあたりから、空は雲で覆われつつあったが、このコースを走行中に、遂に雨粒が。
国道325号に到達しても粘ったが、コックピットも濡れる雨量に、さすがにギブアップ。

これより数日間、ルーフを開けることは叶わなくなるのだが、それは出発時からある程度わかっていたこと。永遠に続く雨天などない。
いずれ差すことになるであろう陽光を心待ちに、雨の日にしか味わえない旅を楽しんでみるのも一興だ。

 

2019 05 18 12

R265で高森峠を越えて、阿蘇カルデラへ。
R265の高森〜一の宮区間にある箱石峠は、とても眺望がいい。
根子岳と火山地形を眺めるには、最高の峠道。ただし、交通量はかなり多い。

2019 05 18 13

R57で阿蘇駅前。閉店間際の道の駅で物色。今日のドライブはこれにて終了。
道の駅で車中泊、ではなく、ここから国道212号で数km先。阿蘇カルデラ内最大の温泉地、内牧温泉へ。

2019 05 18 14

温泉街を貫く黒川の畔に立つ宿が、今夜の根城。

最近のツーリングでは珍しく、温泉宿である。
とは言っても至れり尽くせりのサービス充実な宿ではなく、ひとまず寝床と温泉があるという程度。
建物は古く、昭和の匂いしかないような風情だが、広めの和室は寝るだけの目的には十分過ぎるほど快適だ。

2019 05 18 15

軒下の駐車スペースが空いていたのは、雨天だけにありがたい。
隣にはこちらも遠方から、神戸ナンバーの156GTA。

2019 05 18 17

一度腰を据えてみたかった、阿蘇内牧温泉。阿蘇のカルデラに泊まるという経験も、キャンプを除けば初めてだ。
フレンドリーなフロントの女将さんに傘を借りて、温泉街へと繰り出す。
街に人影はなく、街灯が寂しく濡れた路面を照らしている。

2019 05 18 16

2019 05 18 18

温泉宿とはいえ、いつも通りの素泊まりなので、夕食処(居酒屋)に向かう。
由緒ある阿蘇の温泉街ではあるが、特別規模が大きいわけではない。飲食店の数は限られていて、昨日のように彷徨う可能性が大きい。
よって今晩は事前予約。運良く一軒目で確保。

2019 05 18 19

厨房内、給仕すべて女性が手がける店だった。メニュー豊富で迷ってしまう。
まずはビール。そして地豆腐。この大きさは一体。

2019 05 18 20

早々と焼酎にスイッチ。ここは九州、自然と身体が焼酎を求めてくる。
阿蘇、熊本ということで馬刺しが有名だが、非常に高価だ。信州の馬刺しの方が庶民的。

しかし、馬刺しだけが熊本ではない。
こやつが酒量を増大させる。 

2019 05 18 21

唐揚で満腹だったはずが、あれもこれも美味で、箸も酒もどんどんと進んでしまう。
広いとは言えない店内を見渡すと、いつの間にか満席。入店できない客もちらほら。予約すべき店だったようだ。
店員の中で、いちばん下っ端と思わしきお姉さんがとても美人だったのも思い出深し。

すっかり楽しんで宿に戻り、歴史ある内牧温泉の湯に浸かれば、阿蘇の旅情は最高潮。
昼間は走りに走り、走り尽くして、夜は素朴で人情ある温泉街で過ごす。

それ以上の休日は、おそらくこの世には存在しないのだ。

 Posted by at 5:27 PM