1月 202019
 

2019 01 20 01

新年早々、ドック入りしていたエスが帰ってきました。
昨年から入退院を繰り返している老兵。でも、2019年一発目の今回は、走りに直接関係するものではありません。
題名にも書いた通り、幌の交換が目的でした。

幌については、2010年に一度交換しています。
その時の走行距離は、およそ80,000km。12万km以上を走行しての、2回目の交換です。
ただ、幌の劣化に距離はあんまり関係がなく、主な要素としては次の3点かと。

  1. 開閉頻度
  2. 保管状況
  3. メンテナンス頻度

1に関しては、幌の開閉回数が多ければ多いほど、摩擦による劣化が進むと考えられます。
2に関しては、主に紫外線や雨水成分による劣化。日光や風雨に晒される環境にあるほど、厳しい状態にあると言えます。
3に関しては、ボディ同様、定期的に洗浄して、しなやかさを保つことが長持ちの秘訣と思います。

上記を理解しているつもりで気を使っていましたが、やはり経年劣化には逆らえず・・・
摩擦で穴が空きそうな部分には内側から補強していましたが、その努力も虚しく、補強していなかった箇所がぱっくり割れて万事休す。
たったこれだけでも高速走行時の風切り音は凄まじく、何と言っても見た目にみすぼらしいので、遂に交換を決意した次第です。

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1枚目の時は運転席側の縫い目の後ろ側だったが、2枚目の今回は助手席側の縫い目の前側
経験上、裂けそうなところは補強するのだが、それをあざ笑うかのように他の部分が裂けてしまう
 

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穴が空きそうな箇所を内側からダクトテープで補強している
最終的には室内側天井はテープだらけに・・・やっとこの状況とオサラバできるのか・・
 

今回の交換では、社外品を選択しました。2回目の時は純正交換だったので、初の社外幌です。
純正ビニール幌は純正だけに信頼性はあるのでしょうが、年数が経つにつれて固化して裂けやすくなるし、ビニール製ということで見た目にも今ひとつ美しくない。
不満点の多い純正幌には、もう十分付き合った。ここは心機一転、社外品でいってみよう!ってノリです。

実はこの決断には伏線があって、実はビートの幌が前オーナーによって社外キャンバス製に変更されており、これがなかなかの品質。
これと同じキャンバス製ならしなやかで強度もあって、加えてちょっとばかり高級感もありそう。
実際にビートで触れて経験したのが、大きな後押しになったわけです。

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イエローのボディにダークブルーのキャンバス幌は、軽らしからぬ高級感があり、大変上品な佇まい
これを実際に見て触って扱わなかったとしたら、社外品には踏み切れなかっただろう 
 

選択したのは、ビートに取り付けられていたのと同じ、米国ロビンス社のキャンバス幌。これのブラックを選択。 
個人的には幌はあんまり目立たせる部位とは思っていないので、敢えてこれまでと同色にしました。
ダークグレーがあったらそれも選択肢に入れたと思いますが、、いずれにしろ、ボディのカラーとボリューム感にマッチさせることを重視したカラー選択です。

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交換作業は、いつもお世話になっている浦和のお店にお願いしました。
交換には特にノウハウが必要な幌交換。経験豊富なショップにお願いするべし!というのは、2回目の交換時にディーラーにて交換した際に、痛いほどよくわかったので(汗
その点こちらは、エスを得意とする老舗でもあることから、幌の交換実績は群を抜いて多い。安心してお任せできます。(R style S2000の個体状況も、よく把握していただいているので更に安心)

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交換は、一週間ほど時間をかけてじっくりと。
今回は2回目の幌交換ということもあり、前回交換時には換えなかったウェザーストリップやリアモールなど、幌交換時に併せて交換すると有効な部分も一新。
ゴムやプラスチック部品が新しくなると、これまた気分も一新で清々しくなります。

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神は細部に宿る(笑
 

今はまだ交換直後で、テンションをかけて張っている状態なので、オープンにするのはもうちょっと先。しばらくはクローズドのままガレージ保管です。
オープン後の状況は、またいずれ。(全体像も(笑)
2枚の純正幌を経験し、次に社外品のキャンバス幌を経験するという状況となったので、実証と経験による比較は、おいおいレポートできればと思います。

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 Posted by at 6:50 PM
1月 142019
 

2019 01 14 39

【鹿児島県指宿市 開聞崎付近】

旅は4日目。鹿児島市中心部からのスタート。
昨日同様、世間は普通の平日なので、朝の道路は通勤の自家用車で溢れていた。

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鹿児島ICからバイパス経由で、指宿スカイラインを目指す。
バイパスまでは交通量が多かったが、スカイラインは有料観光道路なので、平日の今日はほぼ交通量なし。
朝イチのワインディング走行を楽しむこととする。

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指宿スカイライン

ここ、久しぶりだなぁ。エスで走ったことあったかな??
スカイラインと言いながら、伊豆スカイラインのような走りながらの展望はほとんど望めない。
各種コーナーもそれほどアグレッシブなものではなく、途中工事区間なんかもあったりしたので、のんびり走行に終始した。

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海沿いの国道226号の短絡路として有用な気がするのだが、実際に鹿児島〜指宿間の海沿いを走行したことがないのでわからない。
でもワインディング好きなら、選択するのはまず間違いなくコッチだろう。

指宿スカイラインそのものの印象はさほどでもないのだが、どちらかというとその先の県道17号の方がインパクトがある。
有料道路区間が終わった後、通常の県道区間が指宿へ向かうワインディングの白眉だ。

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付加車線が延々と続く幅広の道路。スケールの大きな展望の中を、一直線に貫く高速コース。
むしろコッチがスカイラインだろうと、誰もが思うであろうレイアウトだ。
果てしなく続くストレート区間に、スピードは乗りっぱなしになる。自制心を持ちながら一気に距離を稼いでいく。

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県道28号に合流したら、池田湖に到達。湖の向こうに、開聞岳の姿が見えた。
ここからこんなふうに見えるなんて知らなかったが、なかなかに絶景。瀟洒な円錐型の開聞岳は、飽きずに眺められる。

K28を進むと、開聞岳の麓、R226に出る。
枕崎方面に向かう予定だが、開聞岳にはなぜかいつも気になって走る道がある。今回もそちらに寄り道。

東シナ海に突き出すようにそびえる開聞岳は、桜島のように洋上から突き出た火山のような地形で、南側の山裾はそのまま海中へと落ち込んでいるので周回できなさそうではあるが、実は周回可能な道が1本通っている。
名もなき周遊道は、本当に周回するだけで、他に何もない。開聞岳と大洋に挟まれた空間に、ただただ静寂が広がっている。

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心細い道だが走りにくいということはない。ただ、ワインディング的に走るような道ではなく、異世界に入り込んだような雰囲気を楽しみながら進む道だ。

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山の西側から時計回りに走る。
開聞岳に訪れる度に走ってはいるのだが、相変わらずの心細さ。遭難したんじゃないかと思うほどに人の気配が薄い。
そしてこの道、山の東側で突然その姿を変えるのだ。

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真っ暗な防空壕のようなトンネル。
道幅は極端に狭く、1台通るのがやっと。すれ違いは不可能。
所々、上部に開口部があって光が注ぎ込んでいるのだが、気休めに過ぎない。中は真っ暗。

なぜここのトンネルがあって、なぜこんな構造をしているのかは知らない。
距離は短いが冒険的な開聞岳周遊道のハイライトは、実はこのトンネルなのではないかと思ったりもする。

しかし、こんなに路面悪かったっけ?
かなりボコボコで、ちょっとエスで走るのを躊躇うほどに荒れていた。
ほとんど通るクルマもいないのだろう。すれ違いを心配する必要もない。数年後には朽ちて、通り抜けるのは難しくなるかも知れない。

公園ゲートの脇に出たら、冒険は終了。現実世界に戻ってきた気がする。なんとなく、安堵感。でも、何度走ってもおもしろい道だ。

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R226で、改めて枕崎方面へ。途中から、南薩広域農道にスイッチする。
素晴らしいパノラマが広がる直線路。適度にアップダウンもあり、高台では南薩摩の農耕地と東シナ海の展望が楽しめた。

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昼前に枕崎に到着。出発が遅かったこともあるが、ここまで意外と時間がかかっている。
ひとまずお魚センターに寄ったら、ちょうど2階レストランの開店前だったので、珍しくちゃんとしたランチを頂くことにした。

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枕崎と言えば、カツオ。レストランの名前にもなっている「ぶえん鰹」のお刺身をいただく。

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「ぶえん鰹」とは、一本釣りした鰹を活き締めして冷凍した、枕崎オリジナル開発の鰹だそうな。
「ぶえん」は「無塩」から流用した言葉らしく、遠洋一般釣り鰹の新鮮さを保つ技術らしい。
 鰹の風味が濃くて甘く、大変美味しい。値段もそれなりだが、せっかく枕崎まで足を伸ばすなら、味わってみるのもオススメだ。

ランチ中に仕事のメールが多数舞い込んできていることに気が付き、仕方なく電話連絡。
それがしばらく続いて時間ロス。緊急対応は大抵トラブル的な内容に近いので、テンションはダダ下がり。

まぁ仕方ないことではあるが、、ここまでも結構メールの確認ややり取りに時間を費やした。
これじゃあ旅を楽しんでることにならない。本当に必要なこと以外は無視して、今この時間を楽しもう!
ここから先は、敢えて別世界の人間になることを勝手に決意した。

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枕崎から先は、走ったことのない国道270号を選択したが、なんてことない普通の道だった。
時間はかかるが野間岬をまわるか、知覧に行った方がいい。

県道22号で鹿児島市方面に戻り、バイパス&九州道で薩摩吉田ICまでショートカット。
そこから錦江湾に向かって下りたところで、昨日に引き続き、じっくり歴史探索することにした。

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仙巌園&尚古集成館

薩摩藩主島津氏の歴代当主別邸「仙巌園」。その敷地内にある、第28代島津斉彬が始めた「集成館」事業の遺構。
これら史跡が、桜島を望む鹿児島市北端部に残されている。
特に幕末期の日本の歴史の中で、ある意味中心的なポジションにいた薩摩藩の先進性を体感できるスポット。
・・・ていうのは来てみるまで詳しくは知らなかったのだが、結構感動してしまった。

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敷地内に入って、最初に目に飛び込んでくるのは、反射炉の石垣。集成館事業の中でも、シンボル的な存在だ。
「集成館」事業というのは、島津斉彬が1851年に始めた一連の洋式産業を指す。
軍事強化に関わる産業は、集成館事業の中でも中心的存在。大砲を鋳造する反射炉は我が国最初のもので、薩摩焼の技術を応用した耐火レンガを積み上げた独自の反射炉装置だったそうだ。

幕末期、相次ぐ西洋列強の進出で、富国強兵とその財政を支える産業振興が急務と考えた第28代島津斉彬公。
攘夷だ何だと日本中が混乱していた幕末期に、国の未来を冷静に判断して、一大事業を興した幕末のカリスマ藩主だ。
仙巌園に隣接する「尚古集成館」では、その斉彬の集成館事業の全容を知ることができた。

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あの時代に、一代でここまでの産業を一気に興した先見性と行動力に驚かされた。
軍事産業を支える各種機械工業、紡績を始めとする国を豊かにする産業機械、異国との貿易を見据えた独自芸術産業の創出(薩摩切子の開発)・・・
その功績は、枚挙にいとまがない。残念ながら斉彬は、維新を迎えることなく志半ばで急死してしまうのだが、明治以降の日本の発展の礎を築いたと言える。

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都から遠く離れたこの薩摩の地で、国の将来を見据えて未来に進もうとした藩主の夢・・・大きく心揺さぶられる歴史の事実。

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仙巌園に戻って進むと、キレイに整備された観光地に様相。しかし、わざとらしさは微塵もなく気持ちのいい設えだ。

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いよいよ別邸内部へ。(激暑なので、早く室内に入りたい)

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中は意外と質素というか、思ったよりも日本家屋そのもの。
所々、洋式の要素があるが、建物本体とは関係のない装飾がメインなので、オリジナルなのかどうかはわからない。

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縁側から眺める景色は素晴らしい。錦江湾越しの桜島は、借景としてこれ以上のものはないほどだ。
薩摩国のシンボルを常に眺めながら生活することができるこの立地は、確かに藩主の別邸地として最適なように思える。

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敷地内は広く、散策が楽しめる。
島津家歴代藩主が、この地で国の未来を思い描いていたと思うと、知りもしないのに様々な場面で想像が膨らむ。

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幕末期、島津の殿様がここでどれだけ過ごしたのかはわからない。
ただ、雄藩として時代を大きく動かした薩摩藩の中心地のひとつであることは間違いがない。
未来のために産業を興し、富国強兵に努めて誰よりも近代化を先取りした斉彬公。幕末の動乱期から維新後の西洋化の時代に、薩摩出身の西郷隆盛、大久保利通といった英傑たちと時代を作った「国父」こと久光公。

仙巌園と集成館跡には、特に150年前のあの時代の空気が色濃く残っている気がした。
ただ変わらない(と思う)のは、この地から眺める桜島の景色。
歴史を作った人物たちと同じ景色を眺め、過去に思いを馳せ、今この時間があることに感謝する。実に有り難い体験をさせてもらった。

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・・・・・・・

 

仙巌園&尚古集成館でじっくりと歴史に向き合っていたら、あっという間に夕刻近くになってしまった。
しかし心配はいらない(?)。今晩も停泊地は鹿児島と決めたのだ。
薩摩の歴史にどっぷりと浸かった夜は、やはり薩摩の中心地で思いを馳せたい。

確保したホテルも前夜と一緒(笑
結果的に連泊になったが、当初そのつもりはなかったので、チェックインし直すことになる。
同じ近隣の駐車場にエスを停めて、部屋に荷物を置いた後、鹿児島の街へと繰り出す。
時間的に飲むには少し早かったので、気になる店なんかを少しだけ散策。

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同僚へのお土産なんかを真剣に選んでいたら、すぐに時間は経ってしまった。旅の時間って、なんでこんなに経つのが早いんだろうか。

今宵の店は、ここ最近すっかり個人的ブームとして定着した大衆酒場。もはやテッパンの選択である。
↑の写真に見える「分家 無邪気」。その佇まいから、入るのに勇気がいる系の店。もちろん入ったことはないので、勇気を振り絞って暖簾を分ける。

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小さな店内は、既に常連客で埋まりつつあった。
辛うじてひとつだけ空いていたテーブル席に案内される。とりあえず瓶ビールだが、鹿児島に来たんだから焼酎飲まなきゃ、だろう。

その焼酎なのだが、実はあまり得意な方ではなく、ほとんど飲むことがなかった。
ただ、ここは薩摩国。コップ酒ならぬコップ焼酎が300円からと、とてつもなく安い。しかも種類が豊富。
当然?ながらほとんどが芋焼酎。これをロックでいただく。

いままで避けていたのを後悔したい気分になった。本当に美味しい焼酎を割らずに飲むと、これほど美味いものなのか・・・!

結果、すっかりハマってしまったのだ。鹿児島焼酎、恐るべし。(食わず嫌いだっただけ?) 

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名物みそおでんも、芋焼酎に合って、とてもうまい

すっかり飲んで食べて、お代も驚くほど安く、大満足してしまった。
やはり地域密着型の居酒屋さんは侮れない。土地の雰囲気も勝手に味わいながら飲む酒、味わう料理は格別だ。
昔のツーリングでは考えられない(キャンプするのが当たり前だったのに)趣向だが、しばらくはこの傾向が続くと思われ。。

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もう満足してしまったのだが、この後、またもや白熊を欲したのは内緒である。(ちなみに今日の居酒屋と昨日の白熊は同名の店だが、たぶん偶然)

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鹿児島名物、クレープの自販機で4日日終了(買わなかったけど)

鹿児島を堪能した日になったわけだが、昨日は大隅半島を回り切れていないし、その他にも見所はたくさんある。
地形的に周遊するのに時間のかかる典型的な県なので、目的地を九州とひとくくりにするとどうしても手薄になってしまう。
いずれしっかりと時間を取って再訪したい、改めてそう認識した日であった。

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 Posted by at 1:57 PM
1月 062019
 

2019 01 06 54

【国道448号 内之浦】

年明けて一発目のレポは、2018年真夏の九州ツーリング、です。
諸事情によりレポートが中断していましたが、まさかの再開。

この寒い時期に、酷暑だった夏のツーリングをレポするという季節感の無さ。加えて記憶も途切れ途切れで、臨場感も薄々。
とはいえ、2018年最大のロングツーリングだったわけで、記録に残しておかないわけにはいきません。
よろしければ、お付き合いください。

・・・前回(2日目)までのレポなんて忘れたわい!って方は、こちらをどうぞ・・・
    1日目 / 一路、九州へ
    2日目 / 大分・宮崎 subtropical road

・・・・・・・

旅は3日目。宮崎市内の奇妙なホテルからスタート。
夜中に結構ちゃんと雨が降ったらしく、エスのボディはびっしょり濡れていた。

国道269号に入って南下を始める。市内に入っていく反対側の車線の交通量が極めて多い。
地方都市では、自家用車通勤が当たり前。クルマの通勤ラッシュだ。

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宮崎から都城へと向かうコチラ側の車線も、反対側ほどではないにせよ交通量は多い。
幹線国道には長居は無用、と思いつつも結構走って、田野で県道28号にスイッチ。
大きく視界の開けたドライビングビューを堪能しながら、緩やかな峠道を登っていく。

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田野の道の駅で小休憩。
宮崎市街から南下する際は、海際(いわゆる「フェニックスロード」)を走るのがツーリストの正常な感覚だと思われる。
何の変哲もない山中のルートなので、どう考えてもシーサイドロードがオススメだが、この後走ることになったワインディングに、少々その考えを修正したい気になった。

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黒潮ロード

K28から広域農道にスイッチ。のっけから、登坂車線が登場する。
広域農道に付加車線があることは非常に稀。この区間だけかな、と思ってたら、次から次へと登場する。

加えて、大きな曲率を伴ったコーナーが次から次へと襲いかかってくる。
通常より車線が多いだけに路幅が極端に広く、ラインの自由度が高い。
自然とスピードレンジは高くなり、高らかなエンジンの雄叫びが、深い杉林の中でこだまする・・!

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素晴らしいワインディング!
路面はボコボコで、ヘタな脚だと跳ねてとっちらかって飛んでいってしまいそうだが、ギャップもすんなりと吸収する脚が備わっていれば、こんなに楽しめるワインディングもそうそうない。
あまりの楽しさに、写真を撮ることも忘れ、次から次へと現れるコーナーにひたすら挑み続ける。

シーサイドロードばかり走っていたら、その存在にずっと気付かなかったであろうマイナーコース。
今回のツーリングでは幾多の広域農道を走ったが、この黒潮ロードがマイ・ベスト。
フェニックスロートも捨てがたい魅力があるが、交通量の多い時間帯は特に、わざわざ山側に入り込んで走る価値は十分にあると思う。

 

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飫肥

極上ワインディングを楽しんだ後は、恒例?の町並み散策。
飫肥は以前から訪れてみたかった町だったが、機会に恵まれず、これが初めての訪問。
とりあえず城跡を目指して、観光用の無料駐車場にエスをデポする。

城跡に向かうまでの道の雰囲気が早速いい。この日もギラギラ夏の陽光に焼け死にそうなほど暑かったはずだが、写真を見る限りは実に清々しい。
木々が生い茂ったかつての飫肥城周辺と城内には人影もまばらで、長い時間放置された廃墟の町を歩くかのよう。

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城跡の中にどんどん入り込んでいくと、城主の居宅があった。
チケットを売っていたおじさんが、飫肥の町並みを簡潔に説明してくれた。

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飫肥藩だった時代、この飫肥城を最上流部にして、下流に向かって階級別に居宅を設けることができるエリアが定められていたという。
町の骨格を形成する通りや路地は、歴代藩主伊東氏の時代から現代までほとんど変わっておらず、当時の町並み空間が色濃く残っていることが最大の特徴だそうだ。

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島津氏の驚異にさらされながらも、当時の町の姿を今日に残すことができたのは、都から遠く離れた宮崎県南部の小さな小さな藩(わずか5万石)だったからこそか。

飫肥城だけでなく、武家町や商人町に見学できる邸宅がいくつかあったので訪れてみた。
どれも素朴な風情にあふれていて、心が落ち着く。日本家屋ながらどこか異国情緒を感じられるのも、辺境の地であるがゆえ。

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飫肥といえば飫肥天!
練り物には目がないので、揚げたてを散策の共にいただく。

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ガッツリ系の練り物揚げで、結構お腹に溜まる系。ツーリング中の補給には十分過ぎるほどだった。

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・・・・・・・

 

飫肥散策を終えた後は、再び黒潮ロード、国道220号経由で南郷。
ここからは九州南部の絶景ワインディング、国道448号。テンションは急上昇!

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南郷の道の駅で小休憩。トロピカルな雰囲気は、もはや南国の島。
飫肥をゆっくり散策したため、既に正午を回ってしまった。容赦ない日差しが降り注ぐ。(当然ルーフはclosed)

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道路工事で絶景区間を一部迂回する形となってしまったが、この先にも南国の海に飛び込むような絶景道は待っている。

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シーサイドラインを堪能したら、今度は断崖絶壁のワインディングを駆け上がる。

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大洋は、南国の日差しを受けてキラキラ輝いている。目映いばかりのドライビングビューに、もうクラクラだ。(暑さで、だろう)

 

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都井岬

宮崎県の最南端、都井岬。九州最南端の佐多岬に至る前哨戦であり、野生馬である「御崎馬」が生息することで有名な地。
これまでも幾度となく訪れているが、やはりここまで来たら外せない。
岬に至る県道36号都井岬線は、入口で牛馬保護協力費の支払いが必要。実質の有料道路だ。

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この日はどっから見てもギラギラの酷暑なので、野生馬もへばっているかと思いきや、人間様とは異なりとても元気そうだった。
フォンフォンと排気音を鳴らす黒い鉄馬を、物珍しそうに見つめる輩も。

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道路上に馬が出ていることは稀だが、注意を払いながらコーナーをクリアしていく。
途中、都井岬名物?の廃墟ホテルを通過し、岬の駐車場へ。
灯台以外、特に何もない岬。それはそれでいいのだが、都井岬の場合、そこに至る途中の道端が好きなのだ。

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暑くてジッとしていられないのが残念(往生際悪くopenにしてみたが、やっぱ無理)だが、これだけ晴れている岬も珍しいので、文句は言うまい。

 

・・・・・・・

 

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R448に戻り、串間で国道220号に再び合流。
このルート取りが若干(かなり?)失敗。R220は全くペースが上がらず、志布志を抜けるまでジリジリ。
この日の日差しは、今回の旅の中でも特に殺人的だった。幹線道路のペースに、エンジンもエアコンも悲鳴とも取れるような唸りを上げている。

大崎でR448に入って、ようやくペースを回復。しかしこの時点で14時を大きく回っていて、この先のルートセッティングに不安を覚える。(気付くの遅いだろ)
だが、ここまで来て大隅半島を走らないという選択はなく、後先考えずに半島の先を目指してノーズを向けていく。

有明橋を渡って、いよいよR448の最深部に突入!
と、ここでエスの距離計に目を向けると、19万km台後半を表示しており、残り数十kmで大台に到達するところまで来ていた。

今回の旅ではスタート時点から、道中で20万kmに到達することは確実であることはわかっていた。
ロングツーリング中に達成というのはいかにもR styleらしいと思っていたのだが、青看の距離表示とよくよく照合すると、どうもR448にある内之浦宇宙空間観測所でピッタリ到達になりそうなのだ。

ますますR style S2000に相応しい!
しかもこの先には、九州のワインディングの中でも指折りの、ワイルド&絶景コースが待っているのだ。
心躍る偶然に、テンションアゲアゲでR448の狭路ワインディングに挑んでいく。

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ところが・・・

内之浦からいよいよ宇宙空間観測所に向かって駆け上がろうというところで、道路上に「通行不能」の看板が立っているではないか。
まさかと思いつつ、バリケードもないので広い峠道を登っていくと、何とあと残り1kmのところで無常のバリケードが ・・・

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20万km目前で、まさかの足止め!!
これもまたR styleらしいと言えば、そうかもしれない・・・出来過ぎな話は、得てして上手くいかないものである。

通行止の情報はまったくなかったのだが、後で調べたら、昨日道路が陥没して急遽通行止めになった模様。
よりによって、昨日である。まぁ陥没した所を知らずに突っ込むよりは全然マシだが。。なんでもうちょっと待ってくれなかったのか)

迂回路がないので、引き返すしかない。
ここまできて、R448内之浦以南を走れないなんてありえない。大ショック。

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ショックを引きずりながらUターンすると、内之浦を見下ろす橋梁の上で200,000kmを刻んだ。
ロングツーリング途中、南九州のワインディング上で到達したことには変わらない。
いかにもR style S2000らしい到達点であることには、間違いないではないか。

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200,000kmに到達した地点で記念撮影。これはこれで印象的だ。

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無念の引き返しではあったが、引き返さなければ見られなかった風景。そういった出会いに感謝するのもまた、旅の一部なのだ。
今回走ることの叶わなかった区間に関しては、また改めてリベンジすることにしよう。

 

内之浦の新しいローソンで、この先のルートを熟考。
ツーリングマップルをよく見てみると、内之浦から県道561号を走れば、短い距離で半島を横断できそうだ。(国見トンネルという長大トンネルができたことによるものと推測)
これで半島中央部に出れば、不通区間をカットできそうだったが、時計を見ると時間が想定よりかなり進んでいて、半島の先端部にこだわるとその先の予定が立たなくなってしまいそうだ。
考えた末、半島の先端、南大隅の佐多岬は諦めて、錦江湾に出て北上することにした。

三たび走行するR220で、錦江湾沿いに垂水方面へ。
眼前に現れる桜島が、どんどんと大きくなっていく。

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円錐状の活火山上部は噴煙に包まれており、至近を走れば大量の降灰を覚悟しなければならなさそうだ。
でも、幸か不幸か、あまりの酷暑にルーフは閉じっぱなし。少なくともドライバーが灰を被ることはない。

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エスには申し訳ないが、酸性の火山灰にまみれながら桜島南部の国道224号を走って桜島港へ。
道の駅の駐車場は大量の砂が積もって、白線もはっきりしないほどだった。こんな環境で生活している鹿児島の人やクルマは、やっぱりすごい。
エアクリーナーも集塵性能重視じゃないと、ボディだけじゃなくエンジンも可愛そうだ。

さて、桜島は時計回りで一周したことはあるのだが、港から鹿児島市側に渡ったことはない。
ここはひとつ、短い船旅をしてみようじゃないか。

桜島フェリーで鹿児島港へ。
生活に密着した渡し船のようなフェリーは、乗用車の乗船はなんとドライブスルー形式。
有料道路同様のゲートで車検証を見せる必要もなく、料金を払えばそのままフェリーの甲板へ誘導される。

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ほぼ15分おきに出港する(夜間は1時間おきだが、なんと24時間営業)ので、待ち時間もほとんどなし。
さすがにフェリー内ではエスからは降りたが、航行時間はたったの15分。

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鹿児島市街をバックに、桜島港行きフェリーとすれ違う
近くにはなぜか潜水艦が浮かんでたりと、賑やかな湾内 

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奄美行きのA-LINEが出港していった
かつて奄美大島に訪れた際に乗船した思い出のフェリー 

常に桜島と鹿児島市街を眺めることができる船旅は、実にあっという間だった。
鹿児島港に着岸したら、そこは鹿児島市街。市電と並走しながら、確保した天文館のビジネスホテルへ。 

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線路緑化が眩しい鹿児島市電

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電車通りの車線が所々タイトで、反対側にバスなんかいると相当スレスレ
電車、バスに挟まれて、3台並んで交差点を曲がるなんて、まさに曲芸(笑 

九州3日目の夜は、鹿児島市。天文館というのは、鹿児島の繁華街中心部。
わざわざそこに泊まるのだから、夜を楽しまない手はない。

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適当に調べて入った店は、遠い鹿児島に来たことに思いを巡らし旅の感慨に耽るにはイマイチだった。
あまりその土地の名物に拘る方ではない(むしろ、全然関係のない方向の店に入ることを楽しみにしている)のだが、この日は2018年の酷暑を象徴するほど強烈に暑かったため、2軒目は普段なら絶対行かないような店に足が向いてしまった。

それは、コイツだ!

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これが本家の迫力

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「天文館むじゃき」の白熊

さすが鹿児島、本場はでかい。なぜにこんなにでかいのか。
しかし、それほど飽きずに平らげることができた。素直に美味い。この季節は特に格別だ。

 

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すっかり満足して街を歩いていると、気になる暖簾を見つけてしまった。ビビビッと来てしまい、3軒目として入店することに。
券売機でシンプルなラーメンを選ぶ。店内には昔ながらの赤いカウンターが。

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「のり一」のラーメン

出てきたのは、あっさりスープが胃に優しいラーメンだった。
メインで食べるというより、〆専用みたいなラーメン。何の奇をてらったところもないのがまたいい。

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カウンター上の無造作感が、なぜかアーティスティックで惚れ惚れ

カウンター内で調理しているのも給仕をしているのも、全員おばちゃん。昭和20年代の創業らしく、メニューもシンプルな構成。
こういうお店がずっと残っている街はいい。いいに決まっている。鹿児島の株がどんと上がった夜だった。

 

盛り沢山だった3日目は、以上にて終了。
この先のルートもあまり真剣に考えておらず、行き当たりばったりで密度に欠ける日が続きますが、その行き当たりばったりが原因で、この時には思いもしなかったイベントが終盤に待ち受けてます。ご期待ください。 

 Posted by at 1:40 PM
1月 012019
 

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あけまして、おめでとうございます。
本年も、宜しくお願い申し上げます。

 

2001年の暮れから始めたR styleも、HPからブログに形式を移しつつ、気がつけば17年の歳月が経過しました。
その間にメインとなった愛機は、たったの2台。
EK9こと初代シビックタイプR(2001〜2006)と、言わずと知れたS2000(2006〜現在)です。

現行機のS2000ですら発売から20年が経つわけで、Webで発信する情報としての目新しさは正直ほとんどないと思います。
それでも細々と続けるのは、R styleという発信源が、自らのカーライフの充実に寄与しているからにほかなりません。自己中心的で大変恐縮ですが、これが事実。
特にメインテーマであるツーリングについては、一度きりの旅でもレポートすることで何度も楽しめるようになり、それが濃密なカーライフの継続につながっている、そう感じています。(中座している九州ツーレポ、半年以上経ち年も変わっているにもかかわらず再開の予定)

そのツーリングのスタイルも、数年周期で変化しているようなところがあり、いまのスタイルがいつまで続くかはわかりません。
意図的に変えている感覚はなく、自然とそうなっているだけですが、それが楽しみでもあったり。。
未知の変化もまた楽しみのひとつだし、頻度はともかく、今年もクルマ旅は楽しんでいきます。

S2000は走行距離20万kmを超え、個人的には完全に未知の世界に突入しています。
さすがに乗りっ放しというわけにはいかず、予防整備を含めた部品交換や補修を進めているところ。
所有しているからには現役で、いつでもどこでも思いっ切り楽しめるコンディションを維持することが最低限の課題です。

いずれにせよ、今年も元気に走り回ることができれば、これ以上の幸せはありません。
充実したカーライフを続けるために、今年もいろいろと頑張っていこうと思います。

 Posted by at 4:08 PM