5月 142024
 

2024 05 12_01.

3日目の早朝、愛しの島、奄美大島近くを航行中
19年前のこの島へのツーリングが、自分を島旅の虜にした

2024 05 12_02.

出港前の乗船時風景。
今回のフェリーはそれほど大型ではないことから、乗用車と大型車、コンテナ(貨物)の積み込み口が1ヶ所に集中し、内部で階層に分かれるタイプだった。
S2000はその他の乗用車とともに、最上段の3層目へ。ロフト構造とともに、外部に開放された明るい車両甲板というのも新鮮だ。

この構造が、帰路で波飛沫の餌食となる原因だとは、この時点では露知らず。

2024 05 12_03.

鹿児島新港から錦江湾を抜ければ、奄美大島に寄港するまで漆黒の海原を進んでいくだけなので、船内ロビーにて酒盛りタイム。
絶妙に混み合った2等船室は、寝心地が良いとは言えなかったが、19年前の2005年に乗船した奄美行きフェリーの2等船室の惨状を思えば天国のようなもの。

目覚めた時には、既に奄美大島、名瀬港に入港した後だった。
日の昇った海原越しに、加計呂麻島を見る。

平成から令和に変わったその時に訪れたカケロマが、これまで自走で訪れた最南端の地となる。
それを越えた。いよいよ、未知の領域に足を踏み入れていく。

2024 05 12_04.

奄美大島以降、奄美群島の島々に次々と寄港していく。
まずは徳之島。もちろん実際に目にするのは初めて。思いのほか大きな島で、ここだけでも立派な島旅ができそうだ。

2024 05 12_05.

次に沖永良部島。徳之島に比べると、島が平べったく、圧倒的に小さな世界。
奄美群島の島々からは、中高生の団体が乗っては降りていく。部活の試合は隣島まで船で行くのが日常らしい。

また、停泊中はコンテナの積み下ろしが手際よく行われている。
旅客船ではあるが、その実は、島への重要な補給船であるというのが本来の姿なのかもしれない。

2024 05 12_06.

寄港する中で、一番小さいのが、次の与論島。鹿児島県最南端の島である。
次は沖縄本島なので、本島のすぐ北の与論島までは鹿児島県なのだ。
とても小さな島の港は、まるでサンゴ礁の上に造られたかのような、唐突感満載の景色の中の構造物だった。

2024 05 12_07.

船の甲板上から眺める景色は、既にコレである。早くも楽園感満喫。

港に停泊する度に外に出て、段々と鮮やかさを増幅させる景色を楽しんでいたが、目的とする沖縄本島の本部港の到着は夕方。
乗船から約23時間の船旅。洋上なので、携帯の電波は届かない。船内には一応Wi-Fiはあるが、ほぼ使い物にならないので、航行中は外部から遮断される。
船内のアメニティは皆無に等しく、何も対策がなければ、なかなかに暇である。

睡眠で時間を潰すことができる人であれば支障はないかもしれないが、あいにくそういった体質の持ち主ではない。
ただ、船旅には多少慣れているつもりなので、事前の対策は施している。今回はポルシェの雑誌がMVP。定番モノと普段触れない紙面を携えるのがR style流なのだ。

2024 05 12_08.

与論島を出港すると、次はいよいよ沖縄本島だ。
沖縄本島までは、ほぼ丸1日を船上で過ごすことになる。それすらも楽しみに変えて、未知の島の上陸に備える。

16:30頃、沖縄本島中部の本部港に入港。
車両甲板に戻ると、すぐに下船案内が始まった。船はこの後、最終目的地の那覇港に向けて出港する。本部港での停泊時間はほんの僅かなのだ。

本部港に降り立つと、上陸の感慨もそこそこに、真っ白な路面の国道449号を走り出す。

2024 05 12_09.

シーサイドハイウェイを軽やかに走っていると、やがて名護市街に入っていく。
信号待ちの眼の前には、同じ船内で異彩を放っていた沼津ナンバーのベントレーが。

2024 05 12_10.

下船が既に夕刻だったので、この日のホテルは本部港にほど近い名護市内に確保しておいた。
本土でもお馴染みルートイン。その佇まいと内部の設えは、沖縄らしさなど微塵もない。(謎の屋上露天風呂は異様だが)
沖縄らしさの堪能は明日以降と割り切ったうえでの、敢えての選択である。

2024 05 12_11.

上陸して間もない沖縄だが、その違いを身を持って知る。
雨が降っていたわけではないと思うが、空気のまとわりつき感が本州のそれとは全く異なる。
この日の名護の最低気温は25℃。昨日出てきた九州での最高気温と同じくらいである。体感が全く異なるのは当然だろう。

2024 05 12_12.

ホテルにチェックインしたら、近所のレストランへ。初日から、沖縄名物のステーキ!
沖縄に来たら、本場?のステーキと沖縄そばは絶対に堪能したいと思っていた。
人通りのない海岸堤防沿いのステーキハウスが至近距離にあるからこそ、敢えてのルートイン選択だったとも言える。

2024 05 12_13.

名護市に工場があるオリオンビールで喉を潤し、塊肉のステーキを食す。
ミディアム・レアに仕上げられたビッグサイズの肉塊は、食べごたえたっぷり。沖縄の人はこんなものを日常的に腹に蓄えているのだろうか。

とはいえ、赤身のヒレ肉はまったく油っ濃さがなく、意外とペロリと平らげてしまった。
飲んだ後のシメに、ラーメンではなくステーキを食べる文化があるのは那覇周辺だけと聞く。
沖縄本島最北端の市である名護市においても、レベルの高いステーキに巡り合うことができて、初日から大満足。

2024 05 12_14.

ステーキに満たされた後に立ち寄ったホテル隣のコンビニ。
コンビニ自体は本州のそれとまったく同じだが、入っている建物が一風変わっている。

店や道路は本州のそれと変わらないのに、建物ひとつひとつが独特の特徴を携えている。
多くはコンクリートでできていて、軒が異様なほどに深い。それが密集した街路景観は、日本で見慣れたそれとはまったく異なっている。
むしろ、かつてマレーシアをはじめとするアジアの各国で見た風景に近いと感じた。

2024 05 12_15.

更に隣のハンバーガーショップに至っては、ガソリンスタンドの如き複数台対応のドライブスルーと大きな駐車場。その風景は、むしろアメリカのようでもある。
アメリカの風景とアジアの風景が降り混ざり、そこに日本のクルマが往来しているという得体の知れない景観。熱帯を思わせる空気感が、それを助長する。

あまりの異景に、感覚中枢が刺激されまくり。
初日から、この味の濃さ。いったい明日からはどうなることやら。

2024 05 12_16.

 Posted by at 1:13 AM
5月 102024
 

2024 05 07_01.

初日は恒例の大移動。
前日、気合を入れ過ぎたのか、予定より早く目覚めてそのまま出発。夜中の東名高速道路を西進する。
長期の連休につきものの渋滞に遭うこともなく、予定通り新名神高速道路/土山SAにて最初の給油&休憩を実施する。

その後も至極スムーズに距離を重ね、昼前には第二給油ポイントである中国自動車道の広島県内陸部の区間に到達した。
GW初日とは思えないスムーズな工程。このままだと、予定していた停泊地に想定外に早く到着しそうだ。
走りながら作戦を練った結果、通常の給油ポイントである七塚原SAを通過し、次の安佐SAにて給油を行うこととした。

九州に上陸後、九州自動車道/北九州JCTで東九州自動車道にスイッチする。
当初の予定では、九州道を直進するつもりだったが、予定変更。時間を読みながら、走りつつ頭の中でルートが組み上げるのも、ツーリングの楽しみの一つ。
濃霧の可能性ほぼ100%の大分自動車道合流地点は本日も濃霧で、これを初めて東へ行くルートを取り、湯布院ICで高速を降りる。

湯布院からはお馴染み、やまなみハイウェイ。ツーリング初日から、贅沢ツーリングルートを選択したわけだが、残念ながら降雨で路面はヘビーウェット。
しっとりと濡れる森が美しく、雨天でもそれなりに楽しめるワインディングではあるが、やはり晴天であることに越したことはない。
淡々と走り続け、阿蘇の外輪山でミルクロードへ。

2024 05 07_02.

真っ白で何も見えない外輪山の尾根を行く。

おっかなびっくり走るクルマの餌食となって、ゆるゆると麓へ降り、大津で国道57号に合流する。
この日最後の給油を済ませて、熊本の街へ。この日の停泊は、数年前の九州ツーリングでも利用した熊本城近くのホテルだ。
初日から1,300kmの距離を走り切ったS2000を地下の駐車場に駐車したら、夜の繁華街へ。

熊本の街は、どうも相性が悪いらしい。1,300km走破を慰労する店がどうしても見つからないのは、この日が初めてではないからだ。
地方都市のGWは空いた席を見つけるだけでも難しいのはいつものことではあるが、この日は徹底して難しかった。
1時間彷徨い歩いて、ようやく入った店もテンションが上がる要素はなく、早々に退散。観念して寝床で体力回復に務めることとした。

・・・・・・・

2024 05 07_03.

2日目は、国道3号を南へ。
氷川で国道443号にスイッチし、すぐに県道25号に入る。
五木村へと続く峠道であるK25は、昨年の種子島ツーリングでも走った道。九州の中でもお気に入りの長大ワインディングのひとつ。
九州自動車道が並行しているため交通量は少なく、コーナーの種類も多岐に渡って走って楽しい良道である。

五木村からは国道445号で大きな谷間を南下し、人吉市街へ。
コンビニ休憩を挟んだ後、国道221号で宮崎県へ。えびの市街からは、広域農道「みやまきりしまロード」を行く。
いつもなら県道30号で霧島超えを図るが、毎度同じルートになるので、今回はバリエーションルート。

国道223号で霧島温泉郷。これを南下すれば、ここ最近毎年のように訪れている定宿がある妙見温泉だが、今回は触れずに鹿児島空港方面へ。
溝辺鹿児島空港ICからは、九州自動車道。フェリーの乗船受付時間が近付いてきたからだ。

鹿児島ICまで走れば、混雑する鹿児島市街までの道をショートカットすることができる。
沖縄航路のフェリーターミナルがある鹿児島新港までは、実にあっという間だった。

2024 05 07_04.

桜島を望むターミナルで、乗船手続きを行う。
18:00出港であるにもかかわらず、乗船受付は15:00まで。沖縄航路は、途中いくつもの寄港地があるため、下船する港によってクルマの積み込み順序があるようで、受付時間が早めに設定されているようだ。
貴重なツーリング時間を浪費する待ち時間が長くなりがちなのがカーフェリーだが、他に手段がないのだから仕方がない。

2024 05 07_05.

受付が済んでも時間はたっぷりあるが、大きく羽根を伸ばすほどの時間ではない。
鹿児島市街を軽くドライブし、コンビニで買い出しを行った後に、再びフェリーターミナルへ。
ちょうど車両の積み込みが始まる時間となっていた。

鹿児島発の沖縄航路は、マリックスラインと、今回乗船するマルエーフェリー(A”LINE)の二社が運航している。
いずれの会社も1日おきに出港しており、二社で互い違いに運行しているため、結果的に毎日船が出ていることになる。
予定を検討する際、これに気付くまで、自由に行程が組めずに難儀した。

今回の日程では、往復ともマルエーフェリーに乗船することとなった。
さすがにクルマごと沖縄に行くような輩は、GWとは言えどそんなにいないだろうと高を括っていたが、思いのほか大勢・・・
しかも車旅というよりは普通のクルマが大半。かかる時間もコストも日本一、と言っても過言ではない沖縄航路に、これほどの需要があったのは意外だった。

2024 05 07_06.

低床車としてトラック同等の扱いを受けるのが常だが、今回のフェリーではまったくその素振りもなく、乗用車としての扱いを受けることができた。
客席は2等であるが、指定席で安心感がある。なにせ、23時間もの船旅である。船室環境は重要だ。

かくして本土を離れ、沖縄の島へ。
S2000で走る沖縄。いったいどんな体験が待っているのだろうか。

 Posted by at 11:32 PM
5月 062024
 

全国各地のワインディングを楽しみながら旅をする。
R styleではそれをツーリングと称して、早20年以上が経ちます。
日本全国の様々な場所に自走で訪れ、その場所にしか無い地形とワインディングで、数々の感動を味わってきました。

数多くの地域に訪れ、もはや足跡を残していない場所はない、と思われることもしばしば。(実際はそんなことないですが)

ただ自分の中では、どうしてもやりたくてもできなかったツーリングがひとつだけ、ずっとひとつだけありました。
それは夢見るだけで、どうしても叶わない夢のよう。
時間とコストという現実的なハードルを考えると、いつも夢は覚め、正気に戻ってしまう。

 

このまま、夢のままで終わらせてしまうのか。

もしかすると、気力と体力が紙一重で両立している、かつ時間のコントロールができる、今しかないのでは・・・

 

2024 05 06_01.

 

2024GW OKINAWA Touring

 

夢のTouringは、遂に現実のものとなる。

R style開始から20年以上の時を経て、最後のピースである「47番目」に足跡を残す旅を、いくつかの写真と共に記録します。

 Posted by at 9:58 PM
12月 102023
 

2023 12 10 12

風情豊かなゲストハウスの一室で夜を明かし、再び島風に吹かれる旅路をゆく。

メジャーな幹線を避け、田畑を分け入っていく。地図は頼りにならない。
網目のように張り巡らされている道端に、時折現れる案内板が唯一の道標だ。

男岳の山頂近くにある、同名の神社に行き着く。

2023 12 10 01

参道からの絶景を拝むことができるのは、秘境に分け入る者のみに限られる。

2023 12 10 03

山を降りて、再び海岸線へ。

芦辺という島内では大きな町の港を迂回し、左京鼻という岬を巡る道をゆく。

2023 12 10 04

海に向かって祈りを捧げる「はらほげ地蔵」は、誰がいつ何のために造ったのか、わかっていないという。
一体ごとに異なる六体のお地蔵様は、満潮になれば海水に没してしまう。

島と海に関わる者の安全と幸せを、海にその身を捧げながら、祈り続けているかのようだ。

2023 12 10 05

壱岐の海を守り続けているスポットがもうひとつ、お地蔵様の居る港のすぐ近くにあった。
小島神社と呼ばれ、内海に浮かぶ小さな島全体が神域となっている。

2023 12 10 06

普段は海中の小島だが、潮が引くと海が割れ、島に通じる道が現れる。
北フランスの有名なお城を彷彿とさせる、神秘的な領域。

潮水が染み込んだ海底の道が、神域に続く参道だ。

2023 12 10 07

足元を気にしつつ岩場を島の裏側まで行くと、社があった。

2023 12 10 08

簡素な社だが、厳かな空気が流れている。
参拝すると、それまで薄雲に覆われていた島に、陽光が差した。

直接参拝できるのは、干潮時の一日二回。恋愛成就のご利益があるという。

2023 12 10 10

小島神社から細い山中の道を辿って南下する。
今回の島旅随一のスペシャルステージ。アップダウンを繰り返す狭小な道に気を取られ、目的とした場所を通り過ぎてしまった。

行き過ぎた道をやや戻って訪れたのは、市営の博物館。
弥生時代に大陸との交易の窓口として繁栄した壱岐の歴史を知る体験型ミュージアム。
「魏志倭人伝」に記載があり、壱岐の島名の由来ともなった「一支国(いきこく)」博物館というのが正式な施設名称だ。

展示内容は、ジオラマを中心として、古代の壱岐がどのような様子であったかを丁寧に紹介しており、壱岐随一の観光スポットとして人気があるのも頷ける。
大陸との交易がもっとも盛んだった二千年前の弥生時代に栄えた「原の辻」遺跡を見下ろす丘にある。
展望台から見下ろす島の平野に、大陸と交わる弥生文化の栄枯のロマンが重なって見える。

歴史と文化の移り変わりを体感することは、旅の醍醐味として大切な要素のひとつとして捉えている。

2023 12 10 11

博物館で多くの時間を過ごし、郷ノ浦にいったん立ち寄った後、再び島の東端へ。
博物館の東側の海岸には、美しい砂浜を湛える海辺がいくつもある。

2023 12 10 13

印通寺港を経由し、島南端の海豚鼻へ。
険しい岬の道路のドライビングを楽しんでいると、またしても目的地を見失っていた。

引き返してでも訪れたい、地形の先端。
S2000を道端に停め、草木が生い茂る岬への道を歩いていく。

2023 12 10 14

島の南端ということは、九州本土の方角を遠方に眺める方角になる。
本土と島々の隙間を抜ける潮の流れは速く、かつてこの海を往来した人々の苦難を垣間見る。

壱岐と言えば、鎌倉時代の二度に渡る元寇の舞台にもなった場所。
地理的に真っ先に元軍との戦になった壱岐の守護は、奮闘虚しく全滅。本土への上陸を許すことになるのだが、元軍は二度とも自然の脅威によって壊滅。
二度までも神風が吹いたことは誰もが知る歴史だが、その脅威にさらされ、荒野に帰した島があったことも忘れてはならない。

2023 12 10 15

島の南側の海岸線を時計回りに周回。郷ノ浦港に行き着く前に、島中心部の岳の辻展望台へと寄り道する。

2023 12 10 16

夕刻が近づく島の最後の景色。
古代の息吹と現代社会の生活が降り混ざった独特の景観を、瞼に焼き付ける。

2023 12 10 17

岳の辻を下りて、R382を使って郷ノ浦の町へ。
商業的な中心部にあったゲストハウスのような施設の一角にあるハンバーガー店で、腹ごしらえをする。

2023 12 10 18

外国人観光客向けのボリュームたっぷりのハンバーガー。
どういった理由かは不明だが、島の規模に対する外国人の旅行者の数は多い。

2023 12 10 19

郷ノ浦港を夕刻に出港するフェリーに、予定通り乗船した。

2023 12 10 20

博多港到着は、20時頃。
この日は土曜日ということもあり、博多、天神とも宿は高額で、市街地から外れた埋立地の中にあるホテルにチェックイン。
ここでも多くの外国人観光客と遭遇することになったが、既に島で空腹を満たしていたので、部屋飲みで島旅の余韻に浸る。

2日間の壱岐の旅。
小さな島には、多くの人々の生業と、古代の息吹が共存していた。
島であるがゆえに凝縮された文化と、二つと同じものはない独特の地形が、車旅の旅情を掻き立てる。

また来年も、どこかの島に走りに行く。
新しい発見と、感動を求めて。

2023 12 10 09

 Posted by at 5:56 PM
12月 032023
 

2023 12 03 12

冬の足音近づく晩秋。玄界灘に浮かぶ壱岐の島に、S2000で訪れた。
郷ノ浦の港に着岸した後、観光シーズンの過ぎ去ったクルマもまばらな島内を道を、のんびりと走っていく。

2023 12 03 01

最初に訪れたのは、牧崎公園。青い海に突き出た、壱岐西部の岬。

2023 12 03 02

強い風が縦横無尽に舞う地形だからか、樹木の植生がない見通しの良い岬。
紺碧の海の向こうには、対馬がはっきりと見えている。

2023 12 03 03

対馬海流が島の岸壁に打ちつける。生々しく表出した地層が、容赦のない潮の力を物語る。
海流の真っ直中にある壱岐の島は、いずれどこかに流れていってしまいそうなほど、小さく心細い島だ。

ただその心配とは裏腹に、長い歴史と文化に彩られた島でもある。
「古事記」「日本書紀」では5番目にできた島とされ、長い時の流れを伝える数多くの痕跡が、この島の永続性を物語っている。

2023 12 03 04

次の目的地まで、長崎県道59号を走っていく。
フェリーは福岡、または佐賀県唐津からの便となるが、行政区域としては長崎県に属する壱岐。
その繋がりは希薄で、島内を走る車両のナンバープレートでのみ、その事実を知るに過ぎない。

2023 12 03 05

県外ナンバーの車両は皆無。
小さな島であるがゆえ、レンタカーでの観光が主流だ。

島内には縦横無尽に道路が走っている。
起伏はあるが険しくない。どこに行っても集落や農地があり、人の営みが島の至る所に張り巡らされている。

2023 12 03 07

壱岐には、八本柱という伝説がある。
太古の昔、壱岐の島はあちこちに動き回ってしまう「生きの島」だったために、動き回らないようにと神様が八本の柱で繋ぎ止めたとか。
その八本の柱が島の周囲に今も残っている。

そのうちのひとつが、この猿岩。
濃紺の海原を背景にそそり立つ、その名の通りの巨岩だ。

2023 12 03 06

澄やかに晴れ渡った空の下、周囲にいるのは、島猫一匹のみ。

2023 12 03 08

壱岐湯本は、自然湧出の源泉で全国的に名の知れた温泉。
温泉宿が立ち並ぶ中心から外れた場所に、鄙びた立ち寄り湯を見つけた。

2023 12 03 09

鉱物成分と塩分豊かな濃厚な源泉を、そのまま溜めた湯船。
壱岐の自然の産物に浸かり、島成分を体内に染み入らせる。

2023 12 03 10

長湯で芯まで温まった身体で風を切って走ると、格別な心地良さ。
しばし県道231号を北上し、本宮八幡神社へと向かう。

小さな島にも関わらず、登録されているだけでも150もの神社が存在する壱岐。
古代からの時の流れが息づく島内の空気は、どこか神聖なものとさえ感じることがある。

2023 12 03 11

決して大きな社ではない。むしろ小さくて、自然と一体化しているような。
神域とはそういったものだから、そう感じるのか。

夕刻が迫り、神域は一層厳かに来る者を見定めている。

2023 12 03 13

壱岐北端の町、勝本。
漁で栄えた古くからの港町で、入り組んだ港の岸壁には、無数の漁船が停泊している。
そこから一本内陸に入り込んだ通りの風情が素晴らしい。港の形に沿って大きく湾曲した通りが視線を遮り、歩く楽しみを誘い出す。
島の宿は、この町並みの一角にあった。

2023 12 03 14

朝市も立つ通りを挟んだ目の前には、酒造を改装したブルワリーが。
S2000を宿の駐車場に停泊させ、醸造所の一角に設けられたタップルームで島ビールを楽しむ。

2023 12 03 15

白麹で醸した麦酒は、ゴールデンエールもIPAも味わい深く、すっかり虜になってしまった。

2023 12 03 16

夕食は、宿の隣にある酒蔵を改装した居酒屋へ。
島の食材を利用した創作料理の数々に舌鼓を打つ。
そして壱岐と言えば、麦焼酎。ひんやりとした外の空気を土壁越しに感じながら味わう壱岐焼酎は格別だった。

食と酒を堪能して、木造三階建の古建築を改修したゲストハウスへと戻る。
今宵の宿と食と酒が、島旅の風情をより豊かなものへと昇華してくれた。

2023 12 03 17

 Posted by at 6:39 PM