柔らかな朝日に包まれて目が覚める。
闇夜に包まれていた湖畔の景色は、漆黒の時間など無かったかのように煌めいていた。
津別町西部に位置するチミケップ湖。湖面はどこまでも穏やかで、爽やかな朝風によってわずかに揺らめいている。
湖畔には今回の宿の他にキャンプ場があるくらいで、全くと言っていいほど人工的な気配を感じない。
決して大きな湖ではないが、目に入る景色はどこまでも自然のままで、小さなこの島国で人工物に慣れた身には違和感しかない。
ただひたすら、無音の時が流れる。
澄んだ空気に身も心もすっかり快くなった。
柔らかな朝の光に包まれながら、朝食も美味しくいただいた。
北の大地をただひたすらに走り続けるツーリングの中における、一時の休息。
「何も無い」が「ある」周囲の環境と、過ぎることのない宿の風情、そしてどこまでも心の籠もったもてなし。
ある年の夏の長旅という記憶の一片の中において、確実に刻まれるであろう余韻を感じつつ、宿を後にした。
昨日の道道494号を戻る。
チミケップ湖へはいくつかのアプローチ路があるが、湖に至るまでにはいずれのルートでも未舗装路区間を走る必要がある。
今回走ったD494は、おそらくダート区間が一番短いであろうという予測で選択している。
天候が良く路面状態はほぼ問題がなかったが、雨天などではまた異なった状況が生まれることが予想できる。
少なくとも自分にとっては、様々な条件が揃わないと訪れることができない秘境の湖。
エスで訪れ、一晩を過ごすことができた経験は、かつて利尻・礼文島に訪れた時と同様に、永く記憶に刻まれることだろう。
国道に戻ったら、すぐに道道51号にスイッチして陸別方面へ。
津別と陸別という名も似て区別がつきにくい2つの町を結ぶD51は短絡路として有用と思われるが、考えることは皆同じようで、意外なほどトラックが多かった。
陸別と言えば、日本一寒い町、というイメージがある。
実際に昨冬もマイナス30℃程度まで記録したことが道の駅に掲示されていたが、本日の気温は既に30℃を裕に超えている。
年間を通して気温差が60℃以上にもなる場所は、日本全国探してもそうあるものでない。
チミケップにて朝の時間をゆったりと過ごしたので、この時点で昼前。
今日は淡々と移動する日になってしまいそうだ。
陸別からはR242で足寄方面へ。
高速で次々に追い越しをかけていくトレーラーに感心しながら、後ろをついていく。
足寄からR241にスイッチし、芽登で道道468号に入る。
起伏は無いが所々狭くなるD468は、舗装に横溝が入っていて走り心地が悪い。
ただし上士幌をショートカットするには有効で、スムーズにR273へと入線することができた。
R273は打って変わって、どこまでもアクセルを開けていけるようなスーパーハイウェイ。
糠平温泉を過ぎたら、ますますその傾向は強くなり、自制心が問われる。
前走車についたり追い越しをかけるより、前後車間を十分に取って、開放的なドライビングビューを楽しみたい。
広大な原生林を抜けると、三国峠に到達する。道内で最も高所にある峠だ。
1,000m超というだけあって、わずかながらに涼しい。
峠から見る大樹海の景観を堪能した後は、駐車場にある山小屋風の小さなカフェで一休み。
自家焙煎のハンドドリップを、道内最高所のこの環境で味わうことができる。
席数は僅かだが、平日ということもあり、難なく腰を下ろすことができた。
窓から差し込む柔らかな陽光と風が心地良い。
ゆったりと流れる時間を、味わい深いコーヒーとともに楽しむ。
峠の小さなカフェの一角には、地元作家による多種多様な雑貨が販売されている。
以前訪れた際に、ひと目見て気に入ったアイアンアートは、今でも大切なコレクションだ。
数年ぶりの今回も、同じ作家の作品がないか探してみると、、発見。しかも、なかなかの大物。
長旅のエスのトランクを圧迫する恐れががあったが、今回も気に入ってしまったのは仕方ない。
旅の荷物の隙間に、念入りに保護してしまい込んだ。
・・・・・・・
北海道の屋根である大雪山系を間近にしながら、大雪湖方面へ。
R39に合流し、層雲峡、上川と進んでいく。
西側へと移動するには、大雪山を大きく迂回する必要があり、ルートが限られている。
各都市を結ぶ幹線道路で交通量が多いとわかっていても、どうしてもこのR39は避けて通れない。
案の定、先に進むに連れて交通量が多くなり、ペースは大きく鈍る。絶妙に中途半端なスピードの直線路が続き、この日の眠気もピークに差し掛かる。
無料供用中の旭川紋別道と並行する区間となれば、交通量は減少して事態は打開されると思っていたが、さして状況は変わらず。
仕方なく道道140号に逸れることとする。結局、前走車には阻まれたが、眠気覚ましにはそれなりの効果を発揮した。
旭川市街に入る前に、給油を済ませておく。
市街地に入れば、格段にシフト操作の機会が増える。北海道の郊外と比較すれば尚更のこと。
ずっとマニュアル・トランスミッションばかり乗っているから、シフト操作は無意識の動作ではあるのだが、ここのところその操作に若干の違和感を感じている。
今回のツーリングで、というわけでなく、年単位で徐々に操作感が変わってきた、という程度で、調子が悪いというほどのものではない。
ただ、常に操作し触れる機会が多い部位だけに、そのフィーリングの良し悪しは、ドライビング・プレジャーに直結する。
官能的なフィーリング、とはよくエンジンに使用される形容だが、ミッションにもその表現は当てはまると思っている。
しかも手という触覚の敏感な身体の部位で操作するわけだから、変化には余計に敏感で、少しの違和感も増長される傾向にある。
各ギヤの入りがやや引っかかる、またはゲートに入れるのに力を要する感じで、特に高いギヤでその傾向が強い。
S2000では典型的なミッションの疲労症状のようだ。
一般的に言えば気にする程度の症状でもないのだが、先に書いたように、常に触っている部分であるから、軽視はできない。
27万km超を特段の不具合もなくNon O/Hで駆け抜けることができたのであれば、上出来だろう。
より症状が悪化する前に手を打つことも重要なこと。
北海道から帰還後に、予定通りミッションを下ろしている。
交換でなくO/Hであり、再使用が相応しくない部品のみ交換し、再使用できる部品は洗浄し、部分的に手を入れて組み直す。
Assy交換では得られない、極上のフィーリングが今から待ち遠しい。
・・・・・・・
さて、旭川だ。
旭川は、言わずと知れた北海道第二の都市だが、どういうわけか、これまでほとんど訪れたことがなかった。
ましてや停泊したことも当然無く、記念に旭橋を渡った後に、駅前のホテルの駐車場にエスを滑り込ませる。
買物公園を歩き始めたのは、まだ夕刻になりかけたばかりの時間帯だった。
初めての旭川では、どうしても行ってみたい店があった。
旭川ジンギスカンの名店「大黒屋」。
エキシージに乗るスポーツカー・ライフの大先輩であるハリソンさんのツーリング・レポートで教えていただき、いつか訪問したいと思っていた店だ。
人気店であるため、いつ回ってくるか想像できないほどの順番待ちが形成されている。
何時間レベルの待ち時間を覚悟したが、幸い夜はまだ。などと考えていたら、思いのほかすぐに順番が回ってきた。
入店してわかったが、ジンギスカン専門店だけに、メニューがあっさりしているので、回転が早いらしい。
食レポではないので、写真の掲載は控えるが、なるほど人気店だけのことはあり、肉質が段違い。これは並ぶ価値がある。
ぜひその目と舌で確かめてほしい。
ジンギスカンの後の、ラードが決め手の獣臭いラーメン(これがまた美味い)で、脂質の過剰摂取を敢行。
昨日朝の体調不良疑惑はどこへやら。
散歩がてら、夜の旭川の街をぶらついた後、ホテルへと帰還。
これが今回のツーリングでの、最後の北海道の夜。
あっという間だった旅の日々を早くも懐かしみ反芻しながら、道内最終日のルートを検討しつつ、深い眠りについた。