4月 152015
 

2015 04 15 01前の週になりますが、コチラもオイル交換しております。

前の交換時(オイルパン破損事件時)から3,000km程しか走ってないですが、GTの場合、オイルは即真っ黒になるし、減りも早い。
気にし過ぎたら、それこそ四六時中オイル交換するハメになってしまいます(汗

でもですね、エンジン回しまくるエスが6,000km以上持つのに、GTはチョイノリが多いとはいえ3,000km交換て納得いかんでしょう。(偏愛)
このタイミングなら、継ぎ足しで済ませるとこ、なんですが、春先だしGWはロングが控えてるし、今回は全交換の大サービスです。

化学合成油で心持ち硬めを入れるようにしてますが、銘柄は特にこだわりなく、近所の用品店で換えるのみ。
この日は開店直後に交換に行きましたが、何かのキャンペーン中で既に2時間待ち。
そんな時間の浪費は許せないので、2軒目に移動したところ、おおよそ1時間待ち。
仕方ない待ってやるかとお願いしたら、作業終了まで結局2時間かかってしまったという・・・

待ち時間超暇。
最近の用品店は、商品棚見てても面白くないです。
昔はチューニングパーツとか、欲しいものがいっぱい並んでたのになぁ。

こんなことなら、GTも最初から浦和のお店で換えたらいいんだと気が付く。
4リッター缶の一般の合成油だったら、値段も変わんないではないか。
うん、今度からそうしよう。

 Posted by at 4:50 PM
1月 272015
 

アルファGT(通称:愛人)に装着されている、個人的には初めてのこの機能。 

2015 01 26 02

シートヒーターです。
これが寒さが沁みるこの時期に大活躍。GTは水温が温まるまで強制的に暖房が止まるんですが、シートヒーターは別。
立ち上がり鋭く、凍える身体をすぐさま解してくれます。これがマジでキモチイイ。 

初代Rossoはグレード違いのため、この極上サービスを経験することはできませんでした。
同じ車種だけど、ちょっとオシャレなDaytona blueの彼女は、身を預けた瞬間、優しく温かく抱擁してくれます。

ダメになりそ。(笑

2015 01 26 01

 Posted by at 12:23 AM
11月 162014
 

題名の時に限って、天気が良いのは一体- -;

久しぶりにdukeに乗って、朝イチから出掛けようと思ってましたが、ここ最近の仕事の影響が思いのほか酷く、休養に費やしています。
こんなこと、年間通してもそんなにない。けれど再び明日から始まる激務に備えることも、趣味人の前に社会人である者の使命なので仕方ありません。

2014 11 16 01

アルファGTもキレイにお化粧が済みました。

おそらくこの間の悲劇の際に、同じくHitしたと思われるフロントスポイラーを再固定。
なんちゃってカーボン柄のFRP製なので、擦りまくりで表面がバキバキに割れてます。
バンパーガードのつもりで着けてる意味もあるので、別にいいんですけどね。 

上の写真でホイールが写ってますが、センターキャンプのエンブレムはモノクロに交換済み。
それから、スチールのホイールボルトが錆びまくります。あまりにみっともないので黒にペイント。ただ、外す度に剥がれます(当たり前)。安価な社外品があれば替えたい。。
ブレーキパッド換えた時に、フルードもそのうち、って放ったらかしのまんまで忘れかけ。忘れないように今書きました(笑

2014 11 16 02

エスがいないので、いつもはあまり見ない2ショット。
イイですね。アルファロメオのクーペに、中排気量のスポーツバイク。我ながら秀逸な組み合わせです。
どんなスカしたヤツがオーナーなんだろうと思ってしまいますが、否。かなり泥臭いのが現実です(笑

 Posted by at 12:50 PM
10月 132014
 

2014 10 13 01

アルファGTが、我が手元に帰ってきました。
先日の山レポの最後でちょろっと記述しましたが、出先で自走不能になり、復活できるかどうか不透明な状態で、遠く離れた諏訪の修理工場に預けていたのでした。

八ヶ岳の登山口の林道は何度も走ったことがありましたが、久しぶりに行ってみると、荒れ放題の凸凹道に変貌を遂げており。。
林道から舗装路に出るまであと少しというところで、突き出た岩に腹部をヒット。これが致命傷に。

2014 10 13 02

悪夢のオイルパン破損。

オイルレベルの低下を示す警告灯が鳴り、腹下から白煙を上がるのを確認。
車外に出てみると、黒い液体を垂れ流しながら数十m移動した跡が。。
エンジン下部からは、それこそシャワーの様にエンジンオイルがジャバジャバ流れ出していました。

破損ていうか、ほぼ破壊に近いじゃないかこれは(汗

当然エンジンは停止。ここから一切火を入れることはできません。
惰性で移動して止めた時点でまだオイルが残っていたので、焼付きという最悪の事態は免れているとは思っていましたが、この時は確信は持てませんでした。

JAFの救援により諏訪市内の修理工場へと運ばれ、(金額的に)直せるかどうかわからないまま、連れのクルマに乗せてもらってその日は帰京。
2週間の入院生活で、結果的にはオイルパンの交換だけで済み、本日引取りとなったわけです。
諏訪から東京まで自走で帰ってきましたが、今のところエンジン音が大きくなったりとか、これといった異常は感じていません。

 

今回の一件、大きな不運の後に、小さな幸運が重なったために大事に至らず済んだ点があります。

・オイルパンを割ったのが、林道終点直前だった。
林道は2〜3kmあって、その途中で割ってたら最悪でした。すれ違いできないほど狭いので退避することもできないし、救援車も入ってこれなかったわけで。
救援が無理となると、そこで朽ち果てる運命だったかもしれません。(実際には不法投棄になるからありえないだろうけど、実際どうやって引っ張りだすのか想像できない)
これは本当に不幸中の幸いだったなぁ。

・素晴らしかったJAFの救援。
私、クルマ乗り始めたころから会員ですが、これほどヘビーな救援は初めてです(笑
山奥にもかかわらず、JAFの到着は早く、救援も丁寧で手際が良かった。諏訪まで運ぶとなると本来は超過料金がかかるけれど、いろいろあって無料にしてくれました。年間4,000円払っている価値はあります。
地元密着のJAFドライバーはいろんな工場を知っていて、その中から紹介してくれた諏訪の工場は、対応のしっかりした大きな修理工場で、外車も普通に扱っているナイスな工場でした。

・同僚と一緒に山に登った帰りだった。
他の同僚が別のクルマで来てたので、重い荷物背負って電車で帰らず済みました。ご迷惑をお掛けしました。

 

更に、今回の件を通してわかったこと。
参考にしたくないかもしれませんが、いざという時はいつ起こるかわかりませんので、できれば参考に(笑

・任意保険のロードサービスは、頼りにならない。
これは自分の加入してるとこだけかもしれませんが、持ち込む修理工場を指定しないと救援しに来てくれさえしません。
出先に馴染みの工場なんてあるわけないでしょう?って食い下がっても、「ディーラーにでも聞いて、近いとこ探してください」などと宣う。
想定してるのが、ディーラー網が充実している国産車で、かつ街中の救援なんでしょう。そもそもディーラーと付き合いのない場合はどうしろというのか。
東京まで持って行くと陸送費10万円以上取られるし、ハッキリ言ってまったく使えませんでした。

・アルファロメオのパーツ代!!どうしてこんなに高いのか。
いやーこれが初めての修理じゃないので知ってはいるんですが、いちいち衝撃的です。
オイルパンがですね、なんと78,000円ですよ。ちなみにエスのオイルパンは15,000円。ざっと5倍です5倍。まぁそのリスク含みで所有してるんでいいんですが。
アルファは中古価格は手頃ですが、その後の維持費に覚悟が必要というのは本当です。(評価額の低い車両保険はアホらしくて入れません)

 

数々の教訓を残して、GTは帰ってきました。
ちょうど1年前に初代Rossoを手放してるので、今回は何としてでも復活させてやろうと思って頑張りました。 
GTはノーマルでも車高がかなり低いので、二度と林道は走りません。これがなくても山はもうヤメようと思ってたので、今回の件で本当に縁遠くなるかもです。

2014 10 13 03

再びこの重厚なレザーシートに身を任せることができるヨロコビ。

今回の件で、いろいろと気を回してくれた東京の馴染みの修理工場の社長様(逆に販売店は全く何もしてくれず・・)、自損から諏訪経由で自宅まで付き合ってくれた同僚の皆様に、感謝感謝です。
ここしばらく仕事が忙しい関係で、あまり思い悩むこともなく時間が過ぎたことも大きいですが、いろんな人のおかげでGTは帰ってきました。

アルファに関しては何かとトラブルが多く、メゲそうになることもありますが、、今となってはかなり思い入れもあるので、出来る限り面倒見ようと思っています。

 Posted by at 6:22 PM
10月 012014
 

イタリアの交通事情(?)についてのレポの途中ではありますが、、、
ここで急遽、先週末のことを書きます。

かねてから同僚のAさんから山に連れて行って欲しいとの話があり、久しぶりのテント泊で計画していました。

行き先は、僕のススメで長野県の某所。

前日の夜、同僚AをアルファGTに乗せて出発し、深夜に登山口に到着。
早朝、別の同僚Bと合流して出発。予定では、途中のテン場でテントをデポし、正午前に登頂する予定でした。

予定通りテン場に着きましたが、テン泊初体験の同僚Aは、膝が悲鳴をあげてここでリタイア。
同僚Aをテントに残し、経験豊富な同僚Bと共に、予定通り頂上へと向かいました。

急坂、階段、そして岩場を登ること1時間半、予定通り頂上へ 。

この時、時刻は正午前。

 

・・

 

・・・

 

2014 10 01 01

そこは見事な青空。

長く細々と登山を続けてますが、360°見渡す限りこれほど晴れ渡った景色は初めてかもしれません。

しかし、ある方角に、ドス黒い雲が塊となって浮かんでいます。
それは、この世のものとは思えないほど、異様な光景でした。

御嶽山の方角であることは気付いていましたが、なぜか言ってはいけない気がして、口にはしませんでした。
ただ、それが噴火直後の噴煙だったということは、その時は全く想像だにしませんでした。写真に収めることすらしていません。 

2014 10 01 02

先週の土曜日正午、僕が登頂したのは、八ヶ岳最高峰、赤岳です。
僕も同僚Bも含めて、そこに登頂した人々は、この上ない最高の景色に歓声を上げ見惚れているだけで、誰一人あの雲が死の噴煙であることに気付いていませんでした。

登山に最適な秋、それも9月最終週の土曜日。2000m超は紅葉が色づき始め、一番景色が映える最高の週末。
しかも天気は、低気圧が過ぎ去った直後の快晴、どピーカン。ヤマ屋なら誰もが早朝に麓を出発し、昼前に登頂を計画し実行します。
その週末は、自分もその一人でした。ただ、行き先が長野県の高峰でも、行き慣れた八ヶ岳でした。

ほんの少しの差だったと思います。
同僚Aのリクエストが、「泊まりで山に行きたい」ではなく「3000mに登りたい」だったとしたら、かなりの確率で御岳を選んでいたと思います。
距離にして100km程度は離れていると思いますが、まったく同じ時刻に同じような標高に登っていたことを考えると、、、命を落とした方々には大変申し訳ないですが、運が良かったと思わずにはいられません。

 

年に数回も登らないヘタレヤマ屋ではありますが、今回の惨事は、まったく人事には思えません。
正直、入山規制でもされていない限り、火山だからといって登らないという感覚は持ち合わせていませんでした。
その週末も多くの登山者の笑顔と歓声に囲まれながら、最高の景色に至福の時を過ごしていたので、御嶽山頂の景色が暗転するその時の様子がリアルに想像できてしまいます。

噴火というほぼ予測不可能な自然の脅威の前に、命を落とさざるをえなかった同じ登山者に、深く、深く冥福を祈るしか、今の僕にはできません。
本当に、本当にみんな、大好きだったヤマで、どうか安らかに眠ってほしい。祈りを捧げるばかりです。

 

・・・・・・・

 

そんな大惨事になっているとは露知らず、次の日の朝、下山しました。
噴火で命を落とした人、恐怖の現場から生還した人に比べれば、こんな不幸、まったくどうってことないでしょう。

悲劇は、帰りの林道から出る直前に起こりました。

 

2014 10 01 03

彼女との蜜月の終焉は、想像以上に早く訪れることになるのかもしれません。

 Posted by at 12:34 AM