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2月 252017
 

2017 02 25 01

知らぬ間にもう2週間も過去のことになってしまった駿河路の旅。はよ終わらせねば。

蓬萊橋を訪れた後、県道381号でさらに西へ。
ちょっとしたワインディングだったけれど、愛人様でどうこうするつもりはなく、ヘラヘラと走って国道1号に合流。掛川の道の駅を覗いてみる。 

2017 02 25 02

何気なく写した写真にS2000がいた。
同じベルリナブラック。数は少なくないはずなのに、滅多に出会わない。幻ならぬ、不思議な色だ。

掛川の西郷ICで市街地へ。既にいい時間になりつつあったけど、もひとつ寄り道してみよう。

2017 02 25 03

掛川城天守閣

掛川には城がある。
正確には、城があった所に街がある、ということになる。

新幹線も停まる(「こだま」だけだけど)JR掛川駅の北側正面に、威風堂々と立つ姿はこの街のシンボルとなっているが、実のところは再建である。
他とちょっと違うのは、木造で復元された天守閣であること。
築20年少々と新しいのだが、各地の再建城が軒並み鉄筋コンクリート造であるのに対し、木造復元は唯一の事例だとか。
昨年、名古屋城が今のを壊して木造で再建というニュースがあったが、掛川城は一歩先を行っている。

入館料を払うと中に入れるが、3層のこじんまりとした内容だった。まぁデカければいいってもんではないのだが。
建物自体に特徴的なところがあるわけではなく、山内一豊が治めていた時代の天守閣をできるだけ忠実に復元した、その事実に価値があるのだろう。

掛川城は「雲霧城」という別名があるが、戦国時代に徳川家康がこの城を攻めた際に、井戸から立ち込めた霧が城を守ったという伝説からその名がついたとか。
ご丁寧にその井戸まで復元されている。

2017 02 25 04

天守からの眺め。こじんまりとした掛川の街と、天守閣の影。
街の向こうに広がるのは、掛川茶のお茶畑かな。高圧線の鉄塔だらけだけど。

2017 02 25 05

天守閣の後は、麓にある掛川城御殿にも立ち寄った。
床下修理中だったけれど、却って普段は見られない構造を見られてラッキー。

こちらは江戸時代の再建。
天守閣は安政の東海大地震で倒壊して以来、平成の再建まで再建されることはなかったのだが、御殿は地震後に再建されている。
内戦のなかった江戸時代、城郭の存在価値はなかったわけで再建されず、藩主が通常の執務を行う御殿だけが再建されたというわけだ。

2017 02 25 06

歌川広重「東海道五十三次/掛川宿」

掛川城のある場所からやや西に行った大池橋という所が描かれている掛川宿の絵。
江戸時代の掛川城は、東海道随一の美しさ讃えられたという。

広重が浮世絵を世に出したのは、天守閣が倒壊した安政の東海大地震の約20年前。
広重が東海道の風景をスケッチしながら旅した時には、掛川城の姿があったにもかかわらず、城どころか城下町すら描かれていないのは興味深い。

・・・・・・・

掛川城を後にして、国1を袋井バイパス、磐田バイパスと繋ぐ。
東名もビックリの幅広バイパス群を疾走して浜松入り。本日は浜松泊。事前に予約しておいた繁華街至近のビジネスホテルにチェックイン。

ホテルには機械式立体駐車場が完備されていたが、車高が低過ぎるとのことでNG。近くの自走式駐車場へと回送となった。
エスならわかるけど、アルファGTでダメとは。。聞けば最低地上高13cm以上だとか。それって輸入車は軒並みNGじゃない?
事実、自走式駐車場はさながら高級輸入車の展示場と化していた。(ここビジネスホテルですが?)

2017 02 25 07

浜松の夜!

最近、都市型ツーリング?のもうひとつの楽しみは、夜の街徘徊である。
昨年のGWに、松江の夜を楽しんで以来「全国県庁所在地の旅」と称し、ツーリストがまさか好んでは行かないであろう都市に敢えて宿泊して、その街の夜を楽しんでしまうという不埒なコンセプトが自分の中で幅を利かせている(何箇所か実行済みだがレポになっていない。残念!)のだが、浜松は残念ながら県庁所在地ではない。
だが、いいことを思い付いたのだ。「全国都道府県第2の都市の旅」を、別途企画すればいいではないか。これはかなりマニアックな旅になるに違いない。(ただ出掛ける口実を作っているだけです(汗)

2017 02 25 08

浜松といえば、通常ウナギであろうけれども、何かにつけてB級な自分的には、まず餃子である。
円状になって焼かれてるのが本来の浜松餃子かもしれないけれど、居酒屋なのでそこは大目に見ることにする。
大目に見たけれど、これは実に美味かった。思わずオカワリしちゃおうかと思ったが、まだ先は長いのでここは我慢。

2017 02 25 09

2軒目。今度は地魚海鮮系居酒屋。ここは何頼んでも美味かった。
浜松は港のイメージがないけれど、御前崎辺りで上がった新鮮魚介類はなかなかのもの。もちろん焼津や清水という飛び道具もある。
そして地酒も充実。藤枝の初亀に舌鼓。もうたまらん。
さすがに人気があるようで、かろうじてカウンターを確保できたが、それなりの時間だと予約なしでは難しいと見える。

トドメに、今流行りのバル形態の居酒屋のワインで仕上げ。
ただこれは蛇足だったかな。ボトルワインが軒並み安かったのはgoodだったけど。

2017 02 25 10

歌川広重「東海道五十三次/浜松宿」

浜松は、東海道のちょうど中間に位置する場所である。
今でこそ政令指定都市で、バイクの生産だったら日本一どころか世界一なんじゃないかという大都市だが、浮世絵には何とも寂しい風景が描かれている。
遠くに城下町っぽい風景はあるものの、1本松の袂で焚き火にあたって暖を取る旅人の姿がメインに描かれていて、今の大都市浜松の賑わいはこれっぽっちも感じられない。

ただ、当時の宿場町はそれなりの規模があったらしく、それは現在の繁華街辺りにあったとかなかったとか。
あったとすれば、当時東海道を歩いた旅人たちと、時代を越えて酒を飲み交わしたと思えば感慨深くもなるってもんである。(なんじゃそりゃ)

 Posted by at 6:46 PM
2月 212017
 

2017 02 20 01

S2000、アルファGTばっかですが、コイツも忘れてはいません。
ただこの時期になると、さすがに寒くて積極的に乗りたいとは・・・

まったく動かさないのは良くないので、たまにエンジンくらいはかけるようにはしています。
エスのブレーキ交換が終わった後に、いつものようにエンジン始動しようとすると、スターターは回るもののエンジンが着火しない。
何度か試してみるものの、症状は改善されず。メーターには「JG.1.7.4」という意味不明のエラーコードが表示されるだけ。

バッテリー上がりか。。。

プラグのカブってる可能性も考えたため、念の為、症状をKTMのお店に確認したところ、この時期はよく発生するような感じで説明してくれました。
要は単純に、寒さでバッテリーが弱り、メーター表示やスターター回転はできても、エンジンを始動するだけの余力がなくなっているとのこと。
エラーコードは、ECUの再起動か何かをしたという意味ということだけらしいです。 

シート下に寝かせて固定してあるバッテリーは、小型ではあるものの、12Vでクルマと同じ。
昨年のアルファGTバッテリー突然死の際に用意した、携帯バッテリーを繋いで再度始動ボタンを押すと、なんとか目覚めてくれました。
しばらくエンジンをかけっ放しにしましたが、この先も寒さが続くようだったら、また余力がなくなってしまうかもしれません。

クルマにしろバイクにしろ、本来は動作する機械なので、動かさない状態が続いたら調子が悪くなって当然です。
複数台持つと、こういう悩みが出てくるんですね。2台だとそんなことはなかったのですが、3台以上となるとさすがに。。贅沢な悩みだ(笑

 Posted by at 11:39 PM
2月 192017
 

2017 02 19 03

宇津ノ谷峠を越えたら、国道1号藤枝バイパスで島田まで。ここでまたも寄り道。
大井川に架かる「蓬萊橋」へと来てみた。

世界最長の木造歩道橋との触れ込みのこの橋。堤防沿いの道を走ってきても、近寄るまでその存在に気が付かないほど”小さな”橋だ。
ただ、最長というだけあって全長は900m近くあるらしい。明治時代に架橋されたが、幅2.7mの木製橋ということで、歩行者専用となっている。
法律上は「農道」に分類されるらしいが、実態はそんな使われ方は全くされていない。通行料まで徴収している、見事な観光道路である。

2017 02 19 04

何しろ片道900mである。ただでさえ広い大井川、果てしなく続く1本道は、向こうが見えないほどとにかく長い。
しかも吹きっ晒しで、強風に煽られて転落する人もいるんじゃないかという過酷さ。
欄干の高さが現代の基準ではないので、妙な不安感があり、ちょっとしたアトラクションみたいな感覚だ。

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相当歩いたと思ったら、こんな落書き表示が。
ひたすら真っすぐ歩いて渡るだけで、特に何があるわけでもない。

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しかも途中で工事通行止。橋の機能を果たしていないじゃないか(笑
(料金所で「向こうまで行けませんがいいですか?」と言われてはいたけれど)
当然ここからは折り返しとなる。どちらにしろクルマの所まで戻らなければならないので、往復することにはなるわけだけど。

2017 02 19 07

木造橋ということで、流されないのか?という率直な疑問が湧いてくるところだが、昔は流されたら架け直すのが唯一の手立てだったはず。
実際にこの橋も大井川の氾濫によって何度も被害を受けてきたが、その度に復旧して現存しているらしい。
昭和時代に橋脚がコンクリート化され(そういった意味では、純粋な木造橋ではないのだが)た後も、台風で増水する度に被害を受けているようだ。
それでも地元がこの橋を諦めないのは、歴史遺産であると共に、ギネス認定を受けているほどの重要な観光資源だからだろう。

2017 02 19 08

歌川広重「東海道五十三次/島田宿」

蓬萊橋の架橋は明治12年であり、それまで大井川には橋どころか、渡し船すらなかった。
江戸時代、幕府は江戸を防衛するために、橋も船も許可しなかったという。
広重の絵にあるように、江戸時代は庶民だろうが大名だろうが、川越(かわごし)と呼ばれる人足を雇って、街道を旅していたのである。

「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」という東海道屈指の難所を詠んだ名文句は、この蓬萊橋によってようやく解消されたのだ(と思う)

 Posted by at 4:11 PM
2月 192017
 

2017 02 19 01

エスのブレーキに続き、本日はアルファGTのエンジンオイル交換。
朝イチで都筑にあるいつもの整備工場に持ち込んで、交換してもらいました。

タイミングベルト交換時から数えて、おおよそ5,000kmでの交換。その間、500mlほど継ぎ足しています。
汚れは直噴のJTSエンジンみたいに酷くないし、オイル漏れの対処をしたことで、オイルの減りもアルファV6としては完全に許容範囲。
チョイ乗りが多く、エンジンにとっては厳しい環境にありますが、長距離時にはそれなりに歌わせているので、比較的健康な状態を保てているのではないかと。

2017 02 19 02

オイルは今回も「TOTAL QUARTZ 7000 15W-50」です。
時代錯誤な粘度数値ですが、冬場の始動でも問題はありません。むしろこのくらいでないと、厳しい排熱に耐えられない気がします。
エンジンの精度やオイル漏れのリスクからしても、硬めの部分合成油はマッチしてますね。 

 Posted by at 11:51 AM
2月 182017
 

2017 02 18 01

駿河路ツーレポの途中ですが、エスの話題。
ブレーキパッドを交換したので、その記録です。

サーキットでタイムアタックをしている巷のS2000と異なって、公道を流すのがほとんどの我がエスは、ブレーキに極度の負担がかかっているわけではありません。
ただ、乗っていれば消耗するのがブレーキパッド&ローターで、特にパッドはブレーキを踏む度に摩材をすり減らして運動エネルギーを吸収しているので、それなりの頻度でメンテナンスが必要です。
今回は、そんなにパッドが磨り減ってたわけではなかったのですが、以下の理由によって交換することにしました。 

・ローターにパッドが均一に接していない。(偏摩耗)
・摩材の厚みが減ったことで断熱性能が落ち、走り込んだ際の耐久性の減少を感じるようになった。

つまりはフィーリングがイマイチになってきた、というのが交換の動機。
バラしてみてもまだ摩材は残っている状況(5mm程度)でしたが、それでも変化はあるんですよね。

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実際、ピストン側と反対側のパッドの減り方には明確な差がありましたし、パッドによっては均一に減っているわけではなく、傾斜して減っているものもありました。
絶対的にストッピングパワーが減退するというものではないですが、五感を研ぎすませてドライビングを楽しもうとすると、こういう事象によるフィーリングの変化が気になってくるわけで。 

2017 02 18 02

パッドは結構前からZONEを使っています。
エスに乗り始めた当初はFERODOでしたが、いまはコッチに落ち着いてます。
摩材の選択肢が恐ろしく多く、それでいて安価なのがいい。所詮、消耗品ですから、ぱっと換えられて、合わなかったら即次を試せる気軽さは重要。
もちろん、求める性能に対して高レベルで応えてくれる機能性も気に入っています。

2017 02 18 03

パッド交換はもう大昔から自分でやっています。
部位が部位なのでオススメはしませんが、やってみると単純な作業なので、手順を覚えておくことに越したことはないと思います。
作業を効率化する専用工具のアップグレードを進めてきたおかげで、最大の難関であるピストン戻しもスムーズにクリアできるようになりました。

2017 02 18 06

ま、せっかくタイヤを外しての整備なので、いろんな箇所を点検しつつってやってたら、結構時間がかかりましたが。
でも、こういう機会をつくることで、愛車の状態を観察・把握できるというのは、非常に大きな副次的メリットです。
洗車する際にも同じことが言えますが、いつもは見えない部分を点検できるという機会は非常に重要です。何より、好きなクルマを触っていられる時間が楽しい、っいうのはありますが(笑

ブレーキを自ら触る触らないは別にして、こういう機会を多く持ち続けることも、長生きの秘訣なのかもしれませんね。 

 Posted by at 6:35 PM