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9月 102016
 

2016 09 10 01

先週末に発生した、エスのスロットル不調。
正直、放っておいても直るような感じではなかったので、原因追求のため土曜朝イチで、イーグルショップURAWAに持ち込みました。

症状と考えられる原因を報告すると、やはりスロットル廻りが怪しいとのこと。
診てもらうと、スロットルボディのバタフライに原因がありそうでした。

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インテークパイプを外してバタフライを観察すると、カーボンとアルミ錆が若干堆積しています。(ちょっと見えづらいですが)
目くじら立てるほどの量ではないように見えますが、まずはこれを清掃するのが近道。

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ブレーキクリーナーで、しこしこと掃除してもらってます。

ウェスは一瞬で真っ黒に。ブローバイによって汚れる場所なので、カーボンが付着すること自体は正常ですが、それが溜まると影響があってもおかしくはない。
一方、白い粉がこびり着いたようなアルミ錆は、何が原因かは不明。
ブローバイにも水分は多少含まれているし、エンジンを停止した状況によっては、そうなることもあるのかもしれません。

清掃後、アクセルペダルが引っかかるような症状は、まったく過去のものとなりました。
結果的には、スロットルのバタフライが、堆積したカーボンにひっかかるという、比較的よく聞かれるトラブルだったわけで、それがペダルの感触変化という症状と結びつかなかっただけということになります。
症状がなぜ急に発生したかについては、フィルター清掃したことが、カーボン堆積に対して何らかのキッカケになったからかもしれません。 

スロットルボディは、ASMのビッグスロットルに換装されていますが、もう相当前(2009年末)のこと。
ある程度距離を走ったら清掃するという習慣が必要ですね。良い勉強になりました。

 

また、いつものように急なトラブルでも快く対応してくれる、イーグルショップURAWAの皆様にも感謝。
昨年末のスタッドレス空気漏れ事件の際にも、助けていただいてます。(しかも営業時間外に)
いつでもすぐに相談できるお店とお付き合いすることは、充実したカーライフを送る上で重要ですね。

今後もタイヤは貴店で買わせていただきます(笑

 Posted by at 1:09 PM
9月 082016
 

先週末にヘッドライトコーティングした際に、同時に長年放置していたボディの凹みをデントリペアしました。
その様子が、依頼したお店のブログに載っているので、興味のある方はコチラにどうぞ。

さて、今年の夏休みは里帰り(墓参り)のため久しぶりに帰省したわけですが、その際にブラブラした写真を載せておきます。
場所は金沢ですが、ここは本当に何度行ってもソソられる。自分にとっては「住んだことのない故郷」であり、昔から知った土地なのですが、いまだに魅了されます。

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金沢の交通の要所、武蔵ヶ辻交差点角にある北國銀行武蔵ヶ辻支店。設計は、あの村野藤吾。
金沢の旅は、中心市街地から始まるのが常です。

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武蔵ヶ辻から橋場に向かう途中にある三田商店。昭和初期の建物は、現役の骨董品店。
戦災を逃れた金沢の街には、いまだにこういった建物が多く残されています。

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歴史的な建造物に、モダンな意匠が混在しているのも魅力的。

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最近の金沢でのランチは、決まってココです。
いわゆる高級寿司店ではないですが、驚くほど美味い。ある意味、金沢の食文化の真髄。
近江町市場のすぐ近くにある穴場中の穴場。市場の中で海鮮丼食べるより、ずっと満足できること間違いなしです。

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金沢の寿司を堪能した後は、近くの純喫茶「東出珈琲店」で一服。もはやゴールデンルート。

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橋場から浅野川大橋へと足を伸ばしてみましょう。
国道157号でもあるこの橋を渡れば、有名な「ひがし茶屋街」まではすぐ。
ただしクルマを停める場所はほぼ無いので、尾張町や博労町のコインパーキングにデポして歩くのがオススメです。

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「ひがし」はメイン通りは人が多過ぎて辟易としますが、周囲の路地に入り込んでいくと、印象的な景色にきっと出会えます。

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金沢の食文化に、麸は外せない。金沢に来たら、車麩とすだれ麩は絶対に買っていきます。
ひがし茶屋街には、ここ「加賀麸司 宮田」と「加賀麩 不室屋」が店を出しています。
お土産を選ぶなら不室屋、自宅用なら宮田がオススメ、かな。

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茶屋街もいいのですが、どちらかというと縦横無尽に歩き回るのが楽しいですね、東山界隈は。
個人的にもここら一帯には、お気に入りの街角、路地、建物がいくつも存在します。

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「ひがし」は金沢観光には外せないスポットではありますが、、本当のオススメは「主計町茶屋街」です。
浅野川の景観と同化した金沢町家の家並みは、昔からまったく変わることがありません。

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飾り気のない、生活と一体化した路地空間がいい。それでいて、小粋な芸術感性を湛えた空間構成を見ることができるわけです。
こんな場所、日本全国を探してもそうそう体感できるものではない。

金沢の街路空間の美が、グッと詰まった街。それが主計町界隈です。

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・・・・・・・

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最近ハマっている金沢の楽しみ方として、雑貨屋(骨董屋)巡りがあります。
毎度お気に入りの店を覗いて、掘り出しモノがないか探索するのが楽しい。
京都でも同様の楽しみ方ができますが、金沢のそれはもっと庶民的(笑)なので、ずっと気軽ですね。

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また、金沢は「夜」の楽しみも忘れてはならず。。。その辺りは、また機会を改めて、ということにしましょうかね(笑

ベタな風景ではありましたが、金沢。
街歩きするにも、美味しいものを食べるにも、とっても良い所ですので、ツーリングの目的地として、ぜひ。

2016 09 07 20

 Posted by at 12:27 AM
9月 042016
 

2016 09 04 13

今でこそ屋内ガレージに収納されているエスですが、それまでは露天保管。アパートの駐車場で、紫外線をたっぷりと浴びて過ごしていました。
その影響はいたるところにあり、特にヘッドライトの表面劣化は激しく、これまで磨いてはコーティングを繰り返していましたが、今ひとつキレイにはなっていませんでした。

ここはひとつ、思い切ってプロにまかせてみようと、信頼できそうな専門店に依頼。
研磨からコーティングの一連の作業で、表面の汚れ、黄ばみはすっかりと落ちましたが、曇ったように見えるヒビ割れは残ってしまいました。

素材自体の劣化によって、内部でひび割れを起こしているようで、磨きでも除去できない様子。
これ以上の輝きを求めるなら新品交換しかないですね。
ただヘッドライトAssyは、それこそ目の飛び出るような部品価格なので非現実的。
今回頼んだ専門店の施工料は思ってたよりもリーズナブルだったので、劣化が気になる度に頼んじゃうのも一つの手かもしれません。

・・・・・・・

ところで、今日久しぶりにエスを動かそうとしたら、アクセルペダルが異様に渋くて(引っかかるような感じ)、最初マトモに動かせませんでした。
ギクシャクしながら発進を繰り返してたら、アイドリング時の回転数が低過ぎて、遂にはストール・・・
走ってるうちに段々と収まってきましたが、踏み始めの引っ掛かりはまだ多少残っています。

最初はアクセルペダルのグリス切れかと思って、潤滑剤を吹き付けましたが変わらず。アクセルワイヤーも同様です。
原因を探るうちに、エンジンが動いている時だけ引っかかりが出ることに気が付きました。
エンジンが動作していない時は、いつもの通り。ということはスロットルか、吸気関連か??

ひとつ思い当たるのが、先日エアクリ清掃をしたということ。それ以来初めて動かしたんですね。
エアクリの状態が清掃することで変わったというほど、汚れてはいなかったはず・・・
でも最初にストールしたことから、何らかの変化でECUが学習しきれていなかったというのは考えられます。
清掃する前が完全にフィルターオイル切れで、その変化を繊細に拾ったということも・・・

また、そんなことがあるのかどうかはわかりませんが、スロットルボディに不具合が出ているのかも? 

その先は、自分の知識ではわからない・・・
走ることには支障はないですが、気持ちが良い状態ではない。
もし本当にECU関連であれば、しばらく走っていれば直る気もしますが。。。うーん。

 Posted by at 6:27 PM
9月 042016
 

2016 09 04 01

【道道305号/紋別市上藻別】

鴻之舞のかつての繁栄と、数十年で廃墟から元の山林へと姿を変えてしまった風景に、重層する近代産業史を垣間見た。
いまのこの国の存在が、過去の人々の営みに支えられていることを忘れていならない。
北海道の奥地とも言えるこの場所で、改めてそれを認識するとは思わなかった。鴻之舞鉱山、実に来てよかったと思う。

道道305号を戻る。たったいま上藻別の駅逓所で歴史を学んだ鴻之舞を再び通過する。
やはり、かつてこの場所に1万人以上の人が密集して住んだ街があったなんて信じられない。
僅かに小学校跡を示す石碑なんかがあるくらいで、何も知らなければほとんど気付かずに通過してしまいそうな森の道。
過去に鉄筋コンクリート造の病院や映画館(!)が建っていたなんて、とても信じられなかった。

2016 09 04 02

道道137号に戻り、再び西の方角を目指す。
相変わらずの交通量皆無なワインディング。美味し過ぎる。
遠軽から滝上を経由して西興部まで続く山中の短絡路的なルートだが、そんなルートを利用しようなどというのは、よほどマニアックなツアラーか物好きしかいないのかもしれない。

滝上の道の駅にて、ソフトクリームでクールダウン。既に昼メシの時間だが、走る時間が勿体無い。
何しろ2日目の日高地方以来の青空だ。とにかく走らにゃソンソン。

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D137で札久留峠を越えると、やや風景が変わる。
牧草地が少しづつ増えて、ワイドなドライビングビューが主体になっていく。
気持ちいいなぁ。毎日これだったら最高なんだけど、、こればっかりは時の運だからね。

西興部村からは国道239号。
小さな小さな西興部の街を通過し、一度道の駅に寄ってから、海側の興部町に向かってルートを取った。
さすがに国道だけあって、周囲にクルマはいる状態だったけれど、さほどペースが乱れることはなかった。

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この区間が、今回の旅で一番の青空だったかもしれない。
眩しい青と緑に包まれて快走。ただ、少々暑い。同じオホーツク海側なのに、昨日の知床の海上とは、軽く20℃は違うという現実。
幸い体調はほぼ戻っていたので、この気温差でもへこたれることはなかったが。

興部からは国道238号で雄武。街中の道の駅で、この先のルートに悩む。
既に道東エリアから外れつつあり、ほとんど道北に足を踏み入れていた。というのも、道東の天気は相変わらずで、好転の兆しが見えない。
天気予報を見ると、道内は道東を除いてほぼ良い天気。もはや道東ツーリングは諦めろってことか(笑

どうせなら今のこの天気が続くエリアを狙って走りたい。
西側の方が好天の様子なので、道央経由で日本海側に出ようかとも思ったが、そうなると本当に今回のテーマから大外れしてしまう。
迷った末、いったん北上することにした。道北は天気が多少はマシな雰囲気だったからだ。
しばらく北の方を巡って、様子を見て道東に戻ればいいかな。そんな結論だった。

北に行くと行っても、オホーツク国道を真っ直ぐでは芸がない。しっかりワインディングを楽しみたい。
道北は隠れワインディングの宝庫だったりするので、密かに楽しみだったりする。
乙忠部(おちゅうべ)から道道1023号。途中から道道120号に入って、歌登に向かう方角に舵を切る。

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この道は、2010年の利尻礼文ツーリングの帰り道に通ったルートだ。骨のある長距離ワインディングロードでとても印象が良い。
当時とは反対向きなので、そのまま中頓別までD120を楽しもうと思ったが、歌登〜中頓別間はなぜか通行止めだった。
仕方なくルート再設定。道道12号でいったん国道275号に出る迂回ルートを設定する。

R275は交通量こそほとんど無きに等しいけれど、そこは国道で、造りが高規格で道道とは雰囲気がまるで違う。
今回の旅は、ひたすら道道な気分。すぐさま道道785号へとスイッチする。

このD785が素晴らしかった。走り始めからヒルクライムで、その勾配はどんどん増していく。深いコーナーが次々現れ、アウト側の荷重が大きくなっていく。
エンジンの回転を保ったまま、次々とコーナーをクリア。F20Cが発する精緻な金属音と、エキゾーストの咆哮が、道北の山々に鳴り響く。

北海道では大変珍しい、コンパクトで急勾配の峠道。
もう一度地図で確認すると、標高529mの知駒岳という山の、ほぼ頂上部をかすめて東西にレイアウトされる山道だ。

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頂上部では遥か彼方まで見渡すことができるほど高所感がある。
走りながらその様子を写真に収めようとすると、レンズの前を横切るハチが激写されるという珍現象のオマケ付き(笑

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峠を越えると、なんと日本海までが遠望できた。
その海上には端正な独立峰が。。
利尻富士。 2010年に登った、最北端の百名山との再会である。

残念ながらこの時間だと逆光で、せっかくの利尻富士もマトモな写真がまったく撮れなかった。
ならば停まって撮影に勤しもうと思ったが、何しろ楽しくて、一気に走り切ってしまうことに。
少々惜しかったが、ツーリングには流れもあるので、ワンチャンスを的確に走り切ることを優先したということにしよう。

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山を下りた後も、D785を行く。
途中、道道583号、645号と重複するのでわかりにくい。まったく重宝されていない道道で、青看が出ていない分岐もある。
そんな時には、野生の勘で対応(笑
1冊の地図だけで全国を走り回ることで鍛えられた感覚が生きるのを、こんな場面で実感するのだ。 

それよりこの区間、路面がとっても悪いのが印象的。
アスファルトが剥げてるとか、時々ダートになるとかじゃなくて、路面がゆがんで凸凹になっているのだ。
大きな路面の起伏では、ジャンプしちゃいそうになるほど。WRCじゃないんだから。

それでも。激しいアンジュレーションにも対応できる足回り。それがツーリングスペシャル、R style S2000の真骨頂。
楽しませていただきました。 

2016 09 04 09

既に陽は大きく傾き、山影に隠れる所では薄闇に近いほどの時間になってきた。
こういう時間帯は、動物の飛び出しが怖い。(特にシカ)
視界が制限され、多少判断が遅れることも加味して、注意深く駆け抜けていく。

道道84号に出て豊富温泉。こちらのふれあいセンターで、入浴タイム。
この豊富温泉は、石油臭の濃い超個性的な泉質にて、温泉好きの間ではとても有名。前回2010年のツーリング時にも立ち寄っている。
「油風呂」は健在で、相変わらずの濃厚さ。短時間の入浴でもクラクラしてくる。

石油臭でムラムラになった身体を、オープン走行でクールダウン。道道121号で幌延市街へ。
ここの街中にある、ふるさとの森森林公園というキャンプ場を、本日の寝床として設定したためだ。

訪れてみると、思いっ切り街中にあった。見た目ただの公園で、目の前に住宅地、裏手に中学校(笑
本当にここでキャンプしていいの?しかも誰も居ないよ?と思いつつ偵察。一応、列記としたキャンプ場のようだった。管理人などいない無料のキャンプ場である。

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実に寂しい。でも振り返れば、そこは住宅地(笑

テントを張るが、蚊の多さに辟易。蚊取り線香で結界を作ってガードする。
北海道の蚊は本州のそれとは違うらしく、刺されるとなかなか治らない。今回の旅でも、腕脚に多くの痕を残してしまうことになる。

昨晩に引き続き、そうまでしてキャンプするか!?というところだが、今晩は秘密兵器?があるのだ。

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極上ジンギスカン!
キャンプ場に向かう前に立ち寄った幌延のスーパーで、なぜか長沼の生ジンギスカンが売っていたのだ。
こういう出会いは、キャンプでなければ活かせない。北海道の名の付いた缶ビールを片手に、極上ラム肉をじゅうじゅうやるのは、北海道キャンプツーリングならではの楽しみだ。

2016 09 04 12

いやぁ、こんなに美味いラム肉は久しぶりでした。たっぶりのタレがまた最高。
今回の旅で、ザンタレと並んで最高の食事となった。安上がりな胃袋だなぁ。

そんな感じで、6日目が終了。残すところ実質あと3日。
道東ツーリングだったはずが、なぜか道北入りし、さらに以後のルートもまだ未決。
すべては明日の気分次第なのだ。

 Posted by at 1:35 PM
9月 012016
 

2016 08 28 01

陸空の戦闘機、夢の饗宴、揃い踏み!!

・・・などと興奮しつつ始まった6日目。
激走の幕開け?に相応しいこの絵は、美幌町の網走川沿い(道道217号)を走っていた時、偶然見つけた場所。
田園地帯の堤防の上に、突如現れた空のカリスマたち。

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2016 08 28 02

2016 08 28 03

まったくもってして普段の生活では関わることのない乗り物だが、同じ乗り物として、移動するための機械として、とっても興味深い。
オトコノコなら、こういうのに血肉沸き踊るのは当然だよね!?(立派な中年ですが)

2016 08 28 05

そんな早朝の一幕を経て、向かうは北見市。D217で峠越えをして、国道39号のGSにて給油。
んでもってセイコーマートで今日も筋子おにぎり・・・と思ったのだが品切れで、別の具にて意気消沈。
更にはメールチェックすると、仕事の微妙なトラブル発覚。いや、トラブルってこともないのだが、預けてきた仕事がざわついているような様子で、ひたすらメールを飛ばしまくって火消しするハメに。。

一気に現実に戻されて、ブルーな朝に。。
いや、まぁ、こう見えても普段は組織に属する人間なので、一週間もあけるといろいろ生じるわけで。
若いころならそれでも許されたけれど、さすがに最近はそうもいかない。悲しいかな、それが現実。

2016 08 28 06

モヤモヤしながら、R39を西へ。(給油前のR39でNSXと遭遇。おそらく網走のビジホで見た浜松ナンバーのNSX)
留辺蘂で国道242号。金華峠を越えるワインディングだが、途中の駐車帯で再びメールタイム。
iPhoneでどこでもメール受け取れるようになったのも、良し悪しだなぁ。こんな道東の辺鄙な峠でも、余裕で現実に引き戻してくれるんだもの。

2016 08 28 07

何となくカタがついて、俗世を振り切るかのようにリスタート。
R242の走り出しは、結構いいワインディングだった気がするが、気持ちは乗らずじまいだったので、あんまり覚えていない。
生田原、遠軽と繋いで、道道137号にスイッチする。

2016 08 28 08

ぬおおおお、これは素晴らしいです。久々に気合いの入るワインディングロード。
さっきまでのブルーな気分を思いっ切り振り払うがごとく、アクセルとブレーキを踏みしめて快走。

2016 08 28 09

上原峠を越えて、遠軽から紋別に入る。入っているクルマなど皆無。誰もいない。

・・・誰もいないってのは嘘だ。道端でひょっこり顔を出すキタキツネを、そこかしこで見かける。
頼むから、飛び出してきたりなんてしないでくれよ。

峠を越えると寂しいT字路。
このままD137を走り続けるつもりだったが、ちょっと気になるスポットがあったので、反対側に伸びる道道305号へ寄り道。 

2016 08 28 10

D305を駆け抜けていると、正面に謎のコンクリート製の煙突が見えてきた。
人里などまったくありそうにもないこんな所に、一体何が?

2016 08 28 11

旧上藻別駅逓所

山あいの道から視界が開けた先に、一軒の古い建物が目に入った。
手前に真新しいパーキングスペースがあったので、直感的に停車する。
すると中からオジサンが出てきて、(頼んでもいないのに)親しげに案内を始めた。

この建物は「駅逓(えきてい)」と言って、何てゆうか、郵便局兼宿泊所みたいな北海道開拓時代独特の施設である。
郵送配送の交通手段のベース基地、って言ったら理解しやすいだろうか。戦後すぐに駅逓システムの制度は廃止されてしまったので、必然的に戦前の建物ということになる。

そんな話を、オジサンが簡潔に説明してくれた。
どうぞどうぞとかつての駅逓所内に招かれる。古い建物は大好物なので、ここは遠慮無く。
中の案内は、想定外にバトンタッチ。 オジサンが台所から呼び寄せた、かなり高齢のご老人が、新たにガイドを始めたのだった。

2016 08 28 12

話し始めたのは、駅逓の話ではなかった。鉱山の話である。
建物の奥に案内されて進んでいくと、鉱山の街の生活道具や鉱石が所狭しと展示されているではないか。
その量たるやハンパない。完全に博物館である。圧巻は、鉱石を集めた部屋。おじいさんガイドが長年に渡って収集したものも多いとか。

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実は、この駅逓のあった場所から今通ってきた山間の一帯は、かつて東洋一と言われた金鉱山鴻之舞と呼ばれた場所なのである。
戦前の産金量は、国内ナンバーワン。財閥系の鉱山会社が運営し、鉱山で賑わった街には、1万人を軽く超える住民が住んでいたそうだ。

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そんな栄華を誇った鉱山も、1973年に閉山。それとともに街からは人がいなくなり、現在の人口はゼロ。
かつての建物が僅かに放置されているのみで、街は森に還って、かつての姿を想像することすら難しくなっている。
先程走りながら発見した森の中の煙突。ある程度の形で残っている鉱山施設はこのくらいだろうか。
この煙突は、鉱石から目的の金属を産出するために必要だった、かつての精錬所の遺構だったのだ。

たった今、目の前で情熱的に説明をしてくれているご老人も、この鴻之舞の住民だったという。
公害が世の中で問題になる以前だったこともあり、様々な病気を患い満身創痍ながらも、当時を知る貴重な人材として、語り部を買って出ているらしい。
鉱山で過ごした後遺症を抱えながらも、この鴻之舞を愛して止まない、懸命なガイドに胸を打たれてしまった。

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小一時間はガイドを受けていただろうか。
意外にももう一組見学客が来たので、丁寧にお礼を言って外に出る。いつのまにか、眩しいほどの青空が辺りを包んでいた。

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産業遺産としての鴻之舞金山。
ここに来るまでは、正直その存在すら知らなかったのだが、かつての巨大な鉱山街の資料を目の当たりにして、一瞬の栄華とその儚さに衝撃を受けた。
閉山から約40年余り。街という存在は、住むものが消えればこうもたやすく世の中から消え去ってしまうものだろうか。

人生を賭け、懸命に生きた数多くの人々の魂が、オホーツクの海にほど近いこの山間に、今もひっそりと眠っているかのようだった。

2016 08 28 19

 Posted by at 1:51 AM