県道を走った先には、小さな温泉街がある。
「有福温泉」
山陰には知る人ぞ知る秘湯だけでなく、歴史ある温泉街が所々にあるが、ここもそのひとつ。
かつては賑わったであろう形跡を残す、小さな小さな温泉街だ。
飾り気のない鉄筋コンクリートの建物が本日の宿「小川屋旅館」。
温泉街の旅館なのに、内湯がない。風呂に入るなら歴史ある外湯(共同湯)でどうぞ、というスタイルなのだ。
実はこれ、変わったことではなく、有福温泉の近くにある温泉街、温泉津温泉の古い旅館にもこの形式が多いと聞く。
歴史を遡れば、全国どこの温泉街でも、風呂は外湯でというのがごく一般的だった。それが各宿で内湯を持つようになったのはごく最近のことであり、決して珍しいことではないのだ。
旅館の部屋(和室♪)に荷物を置いたら、早速外湯へ。
・・・というつもりだったが、昼飯も食べずに走り回った後だったので、急激に空腹を覚える。
温泉街と言っても非常に狭く、飲み食いできる店はほとんどない。
唯一目立って目に入ったのがここ。
有福温泉で唯一と言っていいであろう食事処は、都会のゆるゆる系カフェのそれで、なかなか落ち着ける。
生ビールで乾杯した後、運ばれてきたのはこの逸品。
「炎のおろち丼」なる謎の料理。
写真がヘタクソでイマイチに見えるけれど、スプーンでホロホロと崩せる肉塊は、見た目以上にさっぱりしていて美味しい。
地元島根の窯元による器のセレクトも素晴らしい。
こちらのカフェ、雰囲気もよくゆったりとした時間が過ごせる。開放的な設えによって、温泉街の独特の雰囲気を取り入れることになっているのも要因だ。
これなら旅館でわざわざ夕食を食べなくても満足できる。
そして本題の風呂。
有福Cafeより歩いてすぐ。温泉街の高台に位置するこの共同湯の存在感は圧巻。
御前湯
真正面から撮りづらかったので。。。
歴史ある外観は、大正レトロな雰囲気に溢れている。
浴室はシンプルで、中央に浴槽がででんと置かれるタイプ。
注がれる温泉は無色透明だが、その透き通り方がハンパない。当然の源泉掛け流しゆえ、温泉の新鮮度は抜群に素晴らしいのだ。
やっぱり共同湯の情緒はいい。
有福温泉の御前湯で澄んだ湯に浸かりながら、東北の共同湯を思い出した。
遠く離れた地のそれぞれの温泉文化だが、とても似ていると思ったからだ。
風呂から上がると、辺りは薄暗くなりつつあった。
ここからが、有福温泉街のハイライト。
急激に光を失いつつある温泉街の風情は、それまでとはまったく異なり、儚げな表情を色濃くしていく。
狭い温泉街を、湯冷めするくらい行ったり来たり。
石見銀山との関係性から世界遺産の一部となってしまった温泉津温泉と比べて地味ーーな有福温泉だが、鄙びまくったこの空気感がたまらない。
思いのほか記憶に残る、いい温泉街だった。
宿の部屋に戻り、夜更かしした後に、いつの間にか眠りに落ちる。
次の日は荒天が予想されていた。